遼寧省錦州市で開催された師父の講習会に出席して
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年4月7日】私は幸運にも、1994年4月5日~12日まで遼寧省錦州市で行われた李洪志師父の講習会に参加することができました。これが私の修煉の原点でした。

 その頃は、私の人生の中で、最も困難な時期でした。私は長年、子宮出血や乾癬など、いくつかの病気に悩まされてきましたが、北京や上海の有名な病院で治療を受けても、効果はありませんでした。あまりの苦しさに、もう死んでしまいたいと思ったほどです。

 そんな時、同僚が李洪志師父の講習会があると教えてくれました。しかし、30年以上無神論に洗脳されてきた私に、修煉を信じることは困難でした。同僚は私に「法輪功は佛家の功法です。私も法輪功の入門書を読んで、とても良いものだと感じました。あなたの健康にもきっと効果があるはずです。試してみてはどうですか?」といいました。彼女の誠意と自分自身の体調の悪さから、私は師父の講義を受けることにしました。

 講習会の初日、私は早めに八一劇場に行き、『轉法輪』を買いました。まだ早い時間でしたが、多くの人が席に着いており全国各地の方言が聞こえてきました。私は席に着いて本を開きました。師父の写真を見た途端、「師父はこんなにお若いのか!」と驚きました。

 師父は壇上に上がり、自己紹介をされました。そして、「もし、あなたが、功能を追求するとか、病気の治療を求めるとか、理論を聞いてみたいとか、あるいは、さまざまな良くない考えを抱いてここに来たのであれば、これはすべて、求める心であり、執着心の現れです。 これらの心をすべて捨てて、私の話を聞いてください。あまり悟りを低くしてはいけません」と説かれました。私は、「自分が病気治療を求めてここに来たことを、師父はご存じだ。師父の話に従って、執着心を捨て、師父の教えに集中したほうがいい」と思いました。

 師父の話を聞いているとき、私は師父の講義に深く感銘を受けました。その時の説法の内容は、師父の著作『轉法輪』とほぼ同じでした。師父はこう説かれました。「気功は先史文化であり、気功は修煉にほかなりません。功が伸びない根本的な原因は、『修・煉』の二文字の中で、人々がその煉しか重視せず、修をおろそかにしていることにあります。人は、以前に悪事を働いたために生じた業力のせいで病気になったり、魔難に遭ったりしています。苦しみを味わうことはほかでもない『業』を返すことなので、いかなる人といえども勝手にそれを変えるわけにはいきません。人間の生命は人間になるためのものではなく、返本帰真して、元に戻るためのものなのです」

 今まで聞いたことのない話ばかりで、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。師父は、私が長年にわたって疑問に思っていたことに、たくさん答えてくださいました。

 家に帰ってからすぐに眠り、朝6時過ぎまで目が覚めませんでした。長年味わうことのなかった熟睡の感覚です。私は、婦人科系の病気による慢性的な出血が原因で、貧血と不眠症に悩まされ続けていました。初日の講義を受けただけで、不眠症が解消されるとは思ってもみませんでした。それ以来、よく眠れるようになりました。

 翌日、2日目の講習会に参加しました。会場に入った途端、額が張って、腫れているような感じがしました。師父はこう説かれました。「今、天目のことをお話ししている間、皆さんの額のところでぎゅっと肉が中心により、内側に入り込もうという感じがしたでしょう」

 私は「ああ! どうりで額に圧迫感があって、違和感があるわけだ」と納得しました。師父は、天目の問題に続いて、遠隔透視功能、宿命通功能などを教えてくださいました。時間が経つのは早いもので、2日目の講義はあっという間に終わってしまいました。

 その夜はベッドに入るとすぐに寝てしまいました。夜中に目が覚めたので、しばらく体を起こして目を閉じていました。すると、小さな光の点が近づいてくるのが見えました。それは私に近づくにつれ、より明るくなりました。金色の佛が、金色の放射状の輪の中にいるのが見えました。顔ははっきり見えませんでしたが、きっと師父に違いないと思いました。『法輪功』という本を読んで、師父が法身を持っておられることを知っていたからです。

 私は師父の法身を静かに見つめ、「ああ! 佛は本当に存在するんだ!」と思いました。30年間、私の心の中に植え付けられていた無神論の考えが消え去りました。

 しばらくして金色の佛が消えた瞬間、急に昼間のような明るさになりました。その日は4月上旬の肌寒い夜でしたが、まるで暖かい日差しに包まれたように、全身が温かくなりました。澄み切った空と白い雲の下、暖かい空気に包まれているような感覚がして、とても素晴らしく、心地良かったのです。

 ベッドに座っていると、目の前に別の光景が広がってきました。それは、山と水の水墨画でした。左から右へ、ゆっくりと静かに移動していくそれを、私はずっと見ていました。いつの間にか、翌朝は早起きして出勤しなければならないことに気がつきました。そう思ったとたん、その光景は消えてしまいました。

 私は、職場で師父の講義を思い浮かべながら、一日中幸せを感じていました。毎日、夕方の講義に行くのが楽しみでした。講義中は師父の言葉を一言も聞き逃すまいと集中しました。

 第8日目の講義で、師父は周天について説かれました。その夜、私は半分眠っていたのですが、突然、毛布と自分が浮き上がったような気がしたのです。私は怖くなって、ベッドをつかみました。そのままベッドに横たわり、手を離したとたん、また浮き上がってしまいました。私は自分の大周天が通ったと分かりました。

 講習会の終盤、師父は学習者たちに自分の体験を書き留めるようにおっしゃいました。師父は、すべての体験を読み、読みきれなければ電車の中で読んでおられました。私は、長い体験談を書き、自分の人生で味わった不幸を書き連ねました。私の悲しい話を聞いてくれる家族に語りかけるように、涙ながらに書きました。

 今思い出すと、師父の貴重な時間を無駄にしてしまったと後悔しています。私は、人生観の変化と深い感謝の気持ちを文章にして師父に伝え、最後に「私が見たものは真実なのか、それとも幻なのか」と問いかけました。それは、無神論がいかに私を混乱させ、私が見た光景を疑わせたかを反映した質問でした。

 最後の講義の質疑応答で、師父は質問に答えている途中で立ち止まり、「ある学習者が、自分が見たものは真実なのか、それとも幻なのか、と質問してきました。考えてみてください。なぜ、今まで見たことがなかったのですか? あなたは本当に見たのです」とおっしゃいました。

 私はある時、八一広場で師父を見ました。背が高く、慈愛に満ちて、風格があるように見えました。私は感謝の気持ちで一杯になりました。講演の最終日、八一広場の外に出て空を見上げると、真っ青な空に白い雲が浮かんでいました。私は幸せでいっぱいでした。「私には師父がおられる! 法輪功の修煉を始めた! 私はとても幸せな人間だ!」と思いました。

 それ以来、私は毎日、法を学び、功を煉り、心性を修めています。もう自分を傷つけた人たちに恨みを持つことはありません。私は、すべての人に思いやりをもって接し、充実した気分でのびのびと過ごしています。

 私は修煉を始めてから、薬をすべて捨てました。病業の症状が出た時にも、師父が私の体を浄化し、業を消してくださっていることが分かりました。修煉して3カ月目のある日、動功を煉るときに出血したことがありましたが、私は怖がらず、体を清潔にして、煉功を続けました。

 たまたま職場で女性社員全員を対象とした婦人科検診がありました。私はその検診を受けに行きました。すると、子宮筋腫という子宮の良性腫瘍が子宮頸部から出たために出血していることがわかりました。医者は、動脈クリップで腫瘍を摘出しました。卵黄くらいの大きさの白い腫瘍で、4センチほどの尾を引いていました。

 私は修煉する前に、子宮出血のことで北京の専門医に診てもらいました。専門医は筋腫の疑いがあると言いましたが、小さくて隠れているため超音波検査で確認することはできませんでした。3カ月間法輪大法を修煉した後、手術をしなくても自然に出てくるとは思ってもいませんでした。すごいことです。

 乾癬もなくなりました。私の皮膚はずっときめ細かくなり、長年着ていなかったドレスを再び着ることができるようになりました。長年私を苦しめてきた病気はすべてなくなりました。

 私は、言葉では言い表せないほど師父に感謝しています。親戚や友人達は、私の心身の変化と法輪大法の奇跡を目の当たりにして、多くの人が法輪大法の修煉を始めました。

 私は、普段、明慧ラジオをよく聞いています。私のお気に入りの番組は、『師恩を偲ぶ』です。私は、修煉者の修煉初期の体験談や、師父が法を伝え始められたころの思い出話を聞くのが好きです。彼らの美しく感動的な話は涙を誘い、私が参加した講習会を思い出させてくれました。姉の励ましもあり、ついに私もペンをとり、自分の体験を書きました。私は、これからも初心を忘れず、勇猛邁進して修煉していきたいと思います。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/9/13/429722.html)
 
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