地獄の入口で入るのを拒否された
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文/四川省の大法弟子

 【明慧日本2022年5月28日】私は70代です。1996年10月から法輪大法を学び始めました。その前は、うつ病を患い、心身が不調で人に会うことができず、常に誰かに陰口を叩かれていると感じて、家に引きこもり、笑ったり泣いたりしていました。家族は私のことをどうしようもないと思っていたそうです。

 隣人の夫婦は多くの病気を患い、ともに流行っている気功を練っていましたが、あまり効果がありませんでした。しかし、その奥さんのほうが法輪大法を学んでから、健康を取り戻しました。彼女は家に来て、私に「あなたは元気がないでしょう。家にきて、法輪大法の師父の説法を聞きませんか」と誘いました。

 それで、私は隣人の家で4日間、法輪大法の師父の説法の九講を全部聞きました。最初の日、私は横になって、目を閉じ、寝ているようで寝ていないような感じで聞いていましたが、全部聞き取れました。

 師父の説法を全部聞いてから、体が軽くなり、元気になりました。そして、夫に「今日から、私は家事など何もしない。集中して『轉法輪』を全部読んでから、いろいろやるわ」と話すと、夫は「いいよ」と返事をしました。私はまた、「以前の私と今の私は全然違い、元気になったでしょう。大法の師父は私の病気を一気に取り除いてくださったのよ。これはただの気功ではなく、師父は一番大きな佛様で、最高の佛様だと思う」と言いました。このようにして、私は法輪大法の修煉の道を歩み始めました。

 しかし、1999年7.20、中国共産党当局が気が狂ったように法輪大法と大法弟子への迫害を開始しました。その後の数年間は、私は同修とともに精進し、いろいろなところへ行き、大法への迫害の実態を伝えるため、大法の資料を配りました。私たちはみな年配の女性ですが、離れた田舎へ行き、村ごとに資料を配りました。新しい資料をもらうと、2回目も配ることにしました。ある日、私は高血圧症のような症状が現れ、顔面の紅潮とめまいで歩けなくなりました。子供たちは心配して、「病院に行って血圧を測ってもらおう」と、強く言われて、病院へ行きました。主任医師に血圧を測ってもらうと、「上の血圧が230mmHgになっている。私だったら血管が破裂している」と言われました。「私は大丈夫です」と言って薬も飲まずに、いつも通り他の同修2人と一緒に田舎へ行き、大法の資料を配りました。その日の午後に家に帰ると、元気になっていました。

 それからまた数年後、北京に住む娘が子供を産んだので、私と夫は北京に行き、2年間、孫の世話をしました。地元の修煉環境から離れた私は、恐怖心で北京にいる間、人に法輪大法が迫害されている実態を伝えることができず、ただ法を学び、功を煉り、発正念しかできませんでした。多くの時間は家事に費やしました。修煉がよくできていないので、徐々に健康に問題が出てきて、ますます悪化していき、歩くのも困難になりました。孫の世話をすることもできず、身の周りのことすら自分でできなくなったので、故郷に戻る決意をしました。私は心から師父に「これから、しっかり修煉して、人を救いたいのです」と言いました。

 しかし、以前の状態になかなか戻れませんでした。3年前、私は脳梗塞と脳萎縮を起こし、正常に歩けず、家から出られなくなりました。さらに、まともに話せなくなり、右手に力が入らず、箸さえ持ち上げられず、一日中フラフラしていました。同修が外に出て、人に大法を伝えるのを見て、一緒に行きたいのですが、体がどうすることもできない状態でした。 私は師父に助けを求めましたが、自分のことにがっかりしていました。しかし、2020年に奇跡が起こり、私は新たな自信を持つことができました。

 2020年6月、私は涼山州の病院に入院し、集中治療室で眠っていたところ、突然、腰痛で目が覚めました。それから、てんかんの発作が起こり、口が歪み始め、口から泡を吹いて、息を吐くばかりで、息を吸うことができず、気を失ってしまいました。

 それを見た私のお手伝いさんは怖くなり、すぐ医者を呼びました。そして、医者はCTスキャンで検査した結果、脳出血だとわかり、「助からないかもしれない。家族を呼ぶように」と言いました。 息子が来たとき、医者は「お母さんの状況から、命が助かったとしても植物人間になってしまうかもしれない」と言いました。息子は「母は今までたくさん苦労したし、優しい人だから、何があっても救ってほしい」と言いました。医者は応急処置をしてくれました。

 私は昏睡状態に陥っているようでした。その時、私は夢を見ているようで、自分が5、6歳の子供のように、跳んだり跳ねたり、ステップを踏んだりしながら、広くて長い大通りを元気に歩いているような気分でした。突然、ある人が目の前の道路の入り口に座っているのが見えました。その前方の道路は暗くて何も見えません。その男は喪服を着ているようで、色は黒でした。その男は私に「ここには君を入れない」といいました。それを聞いた私は「入れてくれないなら、入りたくない」と言いながら、大通りに沿って喜んで歩いて帰りました。その時、医者が「目覚めた!」と言ったのが聞こえたのです。私は助かりました。

 目が覚めて、私は植物人間にならないばかりか、体がすっきりして、元気になりました。口の歪みも正常に戻りました。本当に感激しました。先ほどの夢は夢ではなく、自分の元神が地獄の門まで行きましたが、入口で拒まれたのだと理解しました。師父は「心から修煉したいと思ったその日から、あなたは地獄から除名されました」[1]とおっしゃいました。師父のおっしゃったことはまぎれもなく確かです。私はお手伝いさんと家族に夢の話をしました。私の変化を目の当たりにし、お手伝いさんも家族も「法輪大法は奇跡だ!」と絶賛していました。

 夫は、1999年の前に私が法輪大法を学んで大きな変化をしたことで、大法の修煉を始めていましたが、1999年に大法に対する迫害が始まってから、その圧力に耐えられず、修煉を断念してしまったのです。しかし、夫は「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」という心からの九文字を唱え続け、大法を実証することを手伝いました。師父はいつも夫を守ってくださいました。

 私たち夫婦は北京にいる日の朝、孫娘を幼稚園に送って帰宅した夫が、蒸しパンを二口食べたところで、突然頭部の左側が痛み、右半身の感覚を失いました。心からの九文字を念じようとした夫は、「法輪」と口に出した途端、意識不明になりました。無意識のうちに、夫は、自分が立っていて、地面に倒れている「自分」が吐いたり、排泄したりしている姿を見ましたが、あっという間に病院に到着したと、その後に話してくれました。夫は、診察を受けたところ、医者に脳幹出血であと0.3ml出血していたら命は助からないと言われました。第三軍隊病院に入院し、病室には夫と他に2人の重病人がいましたが、その2人は相次いで亡くなり、夫は運良く生き延びました。私たちは、夫を救ってくださったのは師父であるとわかっています。医者は「奇跡だ」と言いました。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『二〇一八年ワシントンD.C.での説法』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/5/15/443593.html)
 
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