文/中国の青年弟子
【明慧日本2023年4月5日】私は中国の高校で教師をしています。 子供の頃から絵を学び、高校、大学、大学院で絵や平面図設計を学びました。
私たちプロの絵描きは、ほとんどの人が頚椎が悪いという職業病を持っています。 筆とマウスを持つ腕が痛く、肩も、背中の右側も痛くなります。首の痛みにつれて頭も痛く、 あまりの痛さに夜も眠れず、素材も形も違う枕を次から次へと買い求めました。 それから、グアシャ(水牛角または翡翠ヘラで全身を経絡に沿って優しく擦り流す方法)、マッサージ、湿布など、必要な方法はすべて試しましたが、どれも完治には至りませんでした。
2014年の年末、身体を鍛えるために何か申し込んでみようと思ったのです! 同僚に聞いたところ、「ヨガを練ってみたらどうですか?」と言われ、「頚椎症は治りますか?」と聞くと、その同僚は、「治らない」と答えました。 ヨガでも治らないのですか?! その時、母がいつも家で煉功していて、どこも痛いところがなく、坐禅している姿をいつも見ていたことを思い出したのです。 ネットで坐禅について調べてみると、坐禅がいかに心身に良いか書かれていて、漠然ではありますが坐禅を習ったらどうだろうか、と思いつきました。
その頃の私は大学で教鞭をとっていました。 間もなく冬休みに入り家に帰ると、いつもの休みのように、まずクリニックを経営している施術者のところへ行き、グアシャ治療をしてもらいました。 この施術者は母の友人で、大法弟子でもあります。 以前は、クリニックでグアシャ治療すれば、痛みが和らぎ、肩や首がとても楽になっていました。今までは1クール治療すれば1年は楽になり、その後の数回の治療でも半年は楽になっていました。しかし今回の治療では1年半どころか、1日も楽にならず、治療した後、少しも楽にならなかったのです。 医師は「あなたの背中の筋が腫れている、この筋はどんどん緩んでいくだけで、これは逆らうことができず、直すこともできない、せいぜい痛みが和らぐ程度ぐらいしかできない」と言われました。 私はがっかりしてグアシャ治療も無駄だと思いました。
あるとき、この施術者が私を治療するとき、プレーヤーを持ってきて「神伝文化」を聞かせてくれました。 ゆっくりとした優しい声がプレーヤーから流れ、アナウンサーが語る中国の伝統的な故事を聞いているうちに、気分がリラックスして体が軽くなりました。
ある日、新唐人テレビの「古今の東洋医学を語る」という番組を見ていたら、乳がん予防のために女性ができる自己チェックについて話していたので、私は好奇心でテレビで話されたように、左胸を触ってみると親指の関節ほどの大きさのしこりがあり、硬くて前後に動くのを感じました。 そのことを母に話しました。母に連れられて市内でも大きな病院へ行き、医師に診察してもらったところ、左胸に脂肪腫がある可能性があり、悪性の可能性も否定できない、病理検査ではっきりさせるためには切除手術が必要で、手術の切開は1センチ程度と言われました。 仕方なく、医師の勧めを受け入れ、手術代と入院保証金を支払いました。
手術する前は超音波検査が必要で、担当した医師は長い時間検査し、「左側のしこりは一つではなく二つあり、切開して取り除くには少し離れている。右側の乳房には小さなしこりがたくさん密集しており、手で感じるには小さすぎる」と説明してくれました。結果を聞いた私は呆然としてしまいました。 フィルムを持って医師を待っている間、病棟では髪の毛がなく、帽子をかぶって、ベッドの上で苦しそうに寝ている人、ベッドの下にそれぞれ洗面器が置いてある人、吐いている人などがたくさんいて、見れば見るほど怖くなりました。母は私に、「余計なことを考えず、ただ『法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」と唱えるように言い、母は医師に呼ばれるまで、ずっと唱えていました。 医師は、「まず左の二つしか取り出せないので、右側はとりあえず観察しましょう。 手術後、左側には新たなものが生じる可能性があり、右側の小さいものは成長し続けるかもしれず、なんとも言えない」と言いました。
私は、1回切開手術して取り除けば解決するのではないかと思い、切開することをいやいやなが受け入れました。 しかし、医師は手術して取り除いても問題の解決にならないと言い、あと2回手術することになると聞いた母は、少し考えさせてくださいと言いました。
母は私に、「今は二つの方法がある、一つは手術をすること、もう一つは私と一緒に大法を修めることよ」と言いました。 私は修煉というものをよく知りませんでしたが、母が毎日本を読み、煉功をしていることは知っていたので、それが修煉だと思いました。 手術するよりも、修煉したほうがずっといいと思ったのです! その数日は、手術はしないと決め、不安や恐怖はなく、母から煉功を誘われるのを待っていました
翌朝、私たちは病院に行って退院の手続きをしました。その時、小さな女の子が、同じく脂肪腫を取り除くための手術の準備をしているのを見ました。 もし私が修煉を選択しなければ、その日の朝、私もそこで手術室に入るのを待っていたことでしょう。 病院は手術代を返金してくれませんでしたが、しかし私と母は楽しく歩いて帰り、歩けば軽やかに幸福感に満ちていました。
家に帰ると、母と一緒に毎日師父の説法ビデオを一講見て、さらに五式の功法を習いました。 師父は知らず知らずのうちに、私の体を浄化してくださいました。 首の痛み、頭の痛み、腕の痛み、背中の痛みがなくなり、右側の背中の腫れもひきました。
以前から私を悩ませた胃病も治りました。私は子供の頃から二度の胃出血を経験し、硬めのご飯を食べるのが怖かったのですが、今は冷蔵庫から残りのごはんを出してすぐに食べ、牛乳も冷蔵庫から出してすぐに飲んでも、胃痛はありません。
胸のしこりのことは徐々に忘れていったのですが、いつの年か覚えていませんが、突然思い出して手で触ってみたら、しこりは跡形もなくなっていました。 後でその当時を思い出したのですが、しこりがあった左腕がしこりを押してしまうので、左側を向いて寝るのが怖かったのです。 いつの間にかそのような向きで寝るのを気にしなくなり、しこりもなくなっていました。知らず知らずのうちに師父は私の病気を取り除いてくださいました。私は苦しみに耐えることもなく、すべてがとても奇跡でした。
腎臓結石が二つ排出された
2020年の秋頃、突然、お腹と背中に激痛が走ったのです。座っていても、仰向けに寝ても、伏せていても、呼吸しても激痛がありました。 私は遠地で仕事をしていたので、仕事を休んで家に帰り、この痛みが何なのかわかりませんでした。
私は師父のお言葉の「ですから、良いことにあっても、悪いことに遭っても、大法さえ修めていれば、全ては良いことです」[1] を思い出しました。これはきっと良いことだと、怖くありませんでした。
約1日後、朝トイレに行くと、音がして便器に何か落ちました。 手袋をして取り出してみたのですが、見た目は山椒の実のような大きさで、かなり硬かったのです。 そこで思い出したのが、大学時代の健康診断で、両方の腎臓に0.5ミリほどの大きさの石が検出され、 この二つの石は10年以上前から体内にあり、痛みもなかったため、ほとんど忘れていました。 激痛はこの石が原因だったことが判明し、これが片方の腎臓の石だと思い、 その時はあまり気に留めませんでした。
それから半年後、もう片方の結石が排出され、同じようにお腹の痛みや腰痛を伴う体験をしました。 最初の体験があったので、恐怖心はかなり薄れ、師父の言葉通り全て良いことだと信じていました。 お腹が痛くても楽しく過ごしました。 2日ほど痛みに耐えていると、大いなる良いことが訪れ、午後2時頃、やはりトイレに行った時に二つ目の石が排出されました。
以前同僚から、ご主人が腎臓結石になり、大の男が家で痛みに絶叫し、病院に行って結石を割ってもらい、お金もかかり、大変苦しんだという話を聞いたことがあります。 私が排出した二つの結石は、耐え難い痛みもなく、1円もかからなかったのです。
弟子の体を浄化してくださり、病気がなく軽やかな喜びを感じさせてくださった慈悲深い師父に感謝します。
注:
[1] 李洪志師父の経文:『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』