電子ゲームの中毒から抜け出す
■ 印刷版
 

文/山東省の大法弟子

 【明慧日本2024年3月4日】私は2001年生まれの若い大法弟子です。私は子供の頃から大法を学び始めましたが、長い間の学生生活や常人との接触の中で、電子ゲームをプレイする悪い習慣を身につけてしまいました。そして、私は半年間かけて電子ゲームの中毒から抜け出すことができました。今日はこの過程を書き出し、同修のみなさんと交流したいと思います。

 2020年の下半期、コロナの影響で家でオンライン授業を受けるようになり、それにより自由な時間が増えました。友達の影響で、私はすぐに電子ゲームに夢中になり、一時は抜け出せなくなりました。この状況は約2年間続き、自分でもこれは良くないと気づきつつも、同修の母親とも交流しましたが、ゲームの中毒から抜け出すのは中々難しく、数日しか我慢できずに再び同じ失敗を繰り返していました。

 2022年初め、私は大学院の入試を考えており、これを機に長い間悩まされていた電子ゲームの中毒から抜け出すことを決意し、苦しい戦いを始めました。最初は学習時間が限られていたにもかかわらず、学習タスクが終わった後にゲームを少しプレイしようと考えていました。何度かゲームをダウンロードし直すつもりが、面倒だと分かっていながらも、衝動に駆られてしまい、ついついダウンロードボタンを押してしまうことがありました。当時、家のインターネットは非常に速かったのですが、ゲームのダウンロードには非常に時間がかかり、1時間経ってもゲームをスマートフォンにダウンロードすることができませんでした。この時、私は自分の執着心に気づかずに「くそっ」と言って諦めてしまい、これを何度も繰り返していました。

 ある日『轉法輪』の禁煙に関する問題について読んでいる時、師父はこのように説かれました。「悪いと知りながらやめることができない人がいます。それは正しい考えに導かれていないために、簡単にはやめられません。一人の修煉者として、あなたは今日から、それを執着心として捨ててみてください。やめられるかどうかを試してみてください」。その時「電子ゲーム」が頭に浮かび、師父が自分を点化してくださっていることに気づきました。この前のゲームソフトのダウンロードがうまくいかなかったことや読んでいた法の内容は、全て師父が弟子を助けてくださるためのものでした。

 それ以降、私は徐々にゲームをプレイする執着を切り捨てるようになりました。時折「少しプレイしようか」という考えが頭に浮かぶことがありますが、それが良くないと気づくことができます。執着心に従ってプレイしようと思った時、師父の説かれた法が頭に浮かんだり、ゲームがダウンロードできなかったりします。約半年の時間を経て、私はついに電子ゲームの中毒から解放され、その執着を克服しました。

 今、電子ゲームをやめる過程を振り返ると、一歩一歩できたことは全て師父の助けとお見守りなしには成し遂げられないものでした。この経験から、私はますます大法を修煉する決意を固めました。再び、師父の慈悲深い救済に感謝いたします!

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/3/1/473709.html)
 
関連文章