文/河北の大法弟子
【明慧日本2025年3月6日】師父は弟子に「修煉者は必ず善を修めて、真・善・忍の宇宙の特性に同化しなければいけません」とおっしゃっています(『精進要旨』「善を説く」)。これは本来、修煉者にとって最も基本的な道理ですが、私は善を修める道で多くの紆余曲折を経験しました。なぜなら、私は自分自身を善人であると常に決めつけていて、本質的に善良であると思っていたため、師父の教えを自分の修煉の指針として捉えていなかったからです。
家庭生活の中で「私」を取り除く
私と夫は大学卒業の年に知り合いました。私が夫の家に行った時、彼の家族全員が宝くじに当たったかのように大喜びし、特にお義父さんとお義母さんは笑いが止まりませんでした。お義母さんは会う人ごとに「うちの嫁は世界一だ。村の人たちはみんなうちの家を妬んでいる」と言っていました。
私と夫は県内の職場に勤めており、週末に実家に帰ると、何度か、村の人たちがわざわざ我が家に見に来ました。私は冗談で「まるでパンダみたいに見学されてるみたい」と言いました。夫の実家の村や彼の親戚や友人の間では、一般的に夫はとても幸運で、とても良い嫁をもらったと思われていました。何年も経ってから、彼の親戚や友人は当時の考えをよく口にしていました。彼らは当時、私たち2人は、あらゆる面での差があまりにも大きすぎて、私たちは一緒になることはないだろうと思っていたそうです。その理由は、夫の家柄、学歴、外見などが明らかに私より劣っていたにもかかわらず、私がそれを気にしていなかったからです。私は彼が私に良くしてくれたので、彼を受け入れました。
夫もまた私を宝物のように大切にしてくれました。彼は私のことを何でも良いと思っていて、私が何を言っても非常に真剣に受け止め、細心の注意を払って対処してくれました。美味しいものはいつも最初に私にくれました。彼は「僕が食べたら、この良いものがダメになるような気がするんだ」と言っていました。皮付きや殻付きの食べ物も、彼は全部剥いてくれました。彼は、私をまるで誇り高きお姫様のようにとても高く評価していましたが、それに気づいていませんでした。私は「こんなに良い私を彼が得られたのは、彼がどれほど幸運か。彼はとても感謝している。他の考えがあるはずがない」と思っていました。
私は、私たちの関係がこのまま一生続くと思っていました。しかし、結婚して間もなく、彼は不機嫌になるとすぐに離婚を口にするようになりました。私は自分のことについては全く考えず、彼が子供じみたわがままを言っているのだと思い、この人はあまりにも未熟だ、相手にする必要はないと思っていました。彼は後で謝ることもあり、家のことはほとんど私が決めていました。とにかく、私は自分の方が彼より優れていると思っていて、彼は私なしでは生きていけない、彼が本当に私から離れたいと思っているはずがないと思っていました。ある時、彼の何人かの同級生が私に「彼にもっと優しくしてあげて下さい。さもないと離婚してしまうかもしれないです」と言いました。私は「まさか、彼が私と離婚するはずがないわ」と言いました。彼にとって私は彼自身よりも大切な存在だったのだと思っていました。
私が修煉を始めてから、師父はトラブルがあれば自分自身に原因を探すべきだと教えてくださいました。夫とのトラブルは、私の修煉の中で最も頻繁に直面する問題でした。私が修煉を始めて2年後、邪悪な迫害が始まりました。その日、私は市役所へ陳情に行ったとして、警察に連行され、午後に職場の人に迎えに来てもらいました。夫は私を捜しに市役所へ行き、一日中捜し回り、夜になってようやく家に帰ってきました。彼は「君が帰ってきたのに一言も教えてくれないなんて、僕は一日中君を探し回り、あちこちで頼みごとをして、君がどこにいるのか情報を集めていたんだ」ととても怒っていました。この時、私は本当に彼をないがしろにしていたことに気づきました。職場の人に迎えに来てもらった後も、私は職場に拘束されて家に帰ることができず、職場のリーダーにずっと圧力をかけられていたので、夫にすぐに知らせることができませんでした。
彼は「君の心の中に僕はいるのか? 君の心に僕の居場所は少しでもあるのか?」といつも不満そうに私に尋ねました。夫の私に対する態度はますます冷たくなり、頻繁に外で酒を飲んだり、カードゲームをしたりするようになりました。私が電話をかけても彼は不機嫌でした。私が電話をかけないと、彼は「君は僕に電話もしてこない」とまた不満を言いました。
私は心の中でとても不満を感じていましたが、彼が私に対する態度を非難するのなら、それは私が「善」の面でまだ足りないところがあるのかもしれないと思い、もっと努力して良い行いをしようとしました。
ある夜、外は雪が降り始め、夫はまだ外でカードゲームをしていました。私はふと、寒くなったから夫も暖かい靴を履くべきだと思いました。私は夫の革製の綿入りの靴を見つけ、きれいに掃除して靴墨を塗り、靴棚に置きました。その日、夫が帰ってきた時、私は夫の態度が明らかに和らいだのを感じました。きっと彼が家に帰ってその靴を見た時、心に少し温かい気持ちが湧いたのだと思いました。私は初めて、夫とのトラブルに直面した時に、ついに正しいことをしたと感じました。
夫とのトラブルは、私が20年以上の修煉生活の中で常に直面しなければならない問題でした。そのため、私は非常に悩んでいました。ある日、私が法を学んでいた時、心が動いて、何かを悟ったように感じました。法を学ぶことで、私はついに理解しました。今までの夫の行動は、師父が私の業を消し、向上させるために手配してくださったものだったのです。私は夫に感謝しなければなりません!
その後、夫も時々私と一緒に法を学ぶようになりました。ある時、この一節を読んだ時、私は言いました。「あなたは、今まで、いつも私の業を消し、向上させてくれているのね」彼は良い子のようにとても嬉しそうに笑い、力強くうなずいて「うん!」と言いました。今、夫は大法の素晴らしさをますます実感し、大法の真・善・忍の基準で自分自身を律するようになり、私たちの家庭生活はシンプルで温かいものになりました。
「言葉の矢」
師父は何度も党文化の毒害について語り、大法弟子に党文化を取り除くように注意を促しています。しかし、私はこの方面の修煉をどこから始めたら良いのか、ずっと分からずにいました。なぜなら、私にとって党文化はすでに自然なものになっており、全く気づくことができなかったからです。
例えば、ある年配の同修が私の党文化がひどすぎると言ったとき、私は非常に驚きました。なぜなら、私から見ると、その年配の同修は非常に強い党文化を表していたからです。しかし、彼は私の党文化がひどすぎると言いました。年配の同修の言葉は私の思考を促しましたが、私はまだ自分自身の党文化のどのような表現があるのか分からず、ましてやどうすれば党文化を認識し、取り除くことができるのか分かりませんでした。
ある出来事が私に非常に大きな衝撃を与えました。同修Mさんの娘が休暇で帰省し、Mさん親子は私と一緒に法を学びました。私たちは皆、大法の本を持ち、足を組んで法を学ぶ準備をしました。その時、少し話しておきたいことを思い出し、Mさんが話している時に本の持ち方に注意を払わず、本の一角が組んだ足の上に乗ってしまいました。私は「本を足の上に置かないでください!」と注意しました。同修はすぐに本を持っていた手を上にあげました。そして、私たちは交代で法を読み始めました。Mさんの娘の読み方は少し途切れ途切れでした。二回り読み終わってから、再びMさんの娘の順番になった時、彼女は二文章を読んだだけで読むのをやめ、「もう読めない」と言いました。私がどうしたのか尋ねると、彼女は「さっき、あなたから言われた言葉で頭が真っ白になりました」と言いました。私は、若い同修が法を敬うことの厳粛さに衝撃を受けたのだと思いましたが、私の理解とは違いました。次に、Mさんの娘は「怖くてどうしていいか分からなくなり、どうすればいいか分からなくなりました」と言いました。私は非常に驚き、なぜ彼女がこんなに怖がるのか分からず、「え、私の言葉がそんなに強かったですか?」と尋ねました。彼女は母親に「お母さんは感じなかったの?」と尋ねました。彼女は続けて「あなたがその言葉を言った時、たくさんの矢が『シュッシュッシュッ』と飛んできたように感じました」と言いました。
その後も法を学び続けましたが、Mさんの娘はずっと私たちが本読むのを聞いていただけで、二度と読みませんでした。
(続く)