青年の同修と分かち合いたい体験(一)
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   文/中国の大法弟子

 明慧日本)私は法輪功を修煉してすでに14経ち、人生の半分を大法の佛光を浴びてきました。長年の修煉過程を振り返ってみると、最も修煉者の心を苦しめるのは「情」と情から派生した「色欲」だと思います。特に情欲が溢れる近年の人間社会に身を置青年である私が、俗世間の汚染と誘惑に抵抗するのは容易ではありませんでした。幸運にも大法弟子になって、師父の保護と大法の指導のもとで、一生懸命内に向けて探し執着を除去して、やっと「情欲に満ちた人から「清静なる真人」になりました。ここで過去10数年間において情と色を除去した感想を話したいと思います。

 一、常人の文芸作品を見ない

 私は中学生の時に大法の修煉を始めました。あの当時まだ幼くて、精進していなかったものの「情」に対して何の感覚も持っていませんでした。しかし私は流行を追って次第に恋愛小説を読み始め、単純な頭に「情」の要素注入されました。これらの本を読んでから、私は妄想して、王子様とお姫様の幻想で頭が一杯でした。

 高校に入ってから、学友がとても低俗でエロチックな小説を2冊私に貸してくれ、知らず知らずの内に読んでしまい、それから色欲の心が生じ始めました。低下した社会気風若者に対する誘惑と危害の現状は考えればわかります。中学校のときに読んだこれらのものは、大学に入ってからその危害に気付きましたが、中々忘れることができず、長年人為的に頭のに有毒なものれてしまい、自分の修煉にどれほど多くの害をもたらしたでしょうか。青少年の同修に、くれぐれもこのような悪い書物に触れないように忠告したいのです。いったん触れてしまえば止めようと思ってもとても難しいので、このような面倒なことを招かないようにしてください。

 大学に入った後、ちょうど中国でインターネットが流行り始め、私はよくネットカフェに映画を見に行ました。幸い大法弟子としての自覚があって、私は自分をしっかり制御し、流行を追ってエロチックな映画を見ないようにしました。現在、中国の大学で、大学生寮で一緒にエロ映画を見る事が普通になっています。女子学生はまだましですが、男子学生でエロ映画を見たことのない人はほとんどいません。今時の中国の大学はここまで堕落しているのです!

 私は少し孤高な性格で、レベルの低い連続ドラマが嫌いでしたが、アメリカハリウッドの映画が好きで、またそれを一種の風雅だと自惚れていました。

 ハリウッド映画はエロ映画ではありませんが、エロチックな場面時々あります。一例を挙げます。私は映画鑑賞の授業を選んだことがあり、初めての授業で先生は「映画の評価はその内容よりも、あなたがそをどう見るかによる」ともっともらしく言って、とてもエロチックな映画を生徒に見せました。その映画は名監督の名作でしたが、露骨なシーンでは全クラスの生徒顔が真っ赤になるほどで、私は吐き気がしました。あの授業に行ったのはそれきりで、学期終了時に小論文を出してごまかしました。そのような環境にいて「情」と「色」に動かされないためには、大法の指導がなければ全くできないことです。私は比較的単純な人間ですが、大学に進学してから学法を時々怠ったので、やはりとても大きく影響されてしまいました。ただその影響は知らず知らずのうちに私を侵食するので気づきにくく、また自分は他の人より純情だと自惚れて、自分が大法の要求基準から遥かに遠いという事実を自覚していませんでした。

 卒業後、自宅から近い会社に入社し、母も同修であるため、私は比較的良い修煉環境に恵まれていました。ハリウッド映画もたくさんの良くない信息を帯びていると分かっていたので、比較的「健康的」な映画を選んで見ていましたしかし見てからは頭の中いっぱいに雑念が満ちて、学法発正念の際に落ち着きませんでした。自分で進んで見ていたため、見た後に頭から雑念を除去しようと思っても容易ではありませんでした。その道理分かってから私は一大決心をしてようやく映画を見たいという執着を断ち切りましたが、何か見ないとつまらないと感じ、アニメに目を移しました。最近のアニメは映画と同じように色情と暴力が溢れていると思、私は70年代の日本の古いアニメを見ることにしました。一時期、比較的に映像作品(映画とアニメの類)から受け妨害以前より少なくなりました。同僚は皆子供っぽいと笑いました。しかし、次第にアニメにも濃い情が存在していることを発見しました。表面上アニメは健康で明快なようですが、作者本人の信息を多く帯びており、しかもその信息もきれいではありません。私にこの点を理解させるため、師父は慈悲なる啓示をしてくださり、アニメを見るとすぐパソコンが故障するようになり、段々とアニメを見たい執着も薄くなって、パソコンも次第に正常になりました。

 常人の文化には流行歌、文学作品、絵画なども含まれていますが、映画と同じことなので、ここで詳しく述べないことにします。怖い境地まで堕落してい常人のものにはまってしまうことは良いことではありません。常人の環境に身を置かされている大法弟子はただ多く法を学正念を保てば、辛うじて常人の影響を受けないでいられますが、なぜ自ら進んでそれを求めるのでしょうか? それらのものを見れば頭の中が煩わしくなってしまうと、同修の皆さんも恐らく実感したことがあるでしょう。更に深刻な問題は、見てしまうと自分の「色」と「情」が強化されてしまうということです。関を突破することは難しく、人為的にその難しさを増やしてはなりません。一つの喩えをすると、シャワーを浴びながら体に汚い水をかけていますが、いつになればきれいに洗い落とせますか? だから常人の小説や映画やアニメなどに対する愛着を、早めに捨てたほうが良いと思います。

 ついでにゲームについても話しましょう。私は女性なのでゲームに対してそれほど執着していませでしたが、完全に止めるにはけっこう時間がかかりました。以前、ゲームは色欲と関係がないと思っていましたが、ある日、私はパソコンのオペレーションシステムに元々入っているカードゲーム(わざわざゲームを入れたわけでない)で少し遊びました。この時、色欲がぐっとうごめいて、私はすぐそれを消去しました。なぜ色欲の心が浮かんだのかとても不思議に思いましたが、ゲームをしたせいだと悟りました。画面上、官能的な刺激ないカードゲームで、どうして人間の色欲の心を誘発できるのでしょうか? ゲームをすると、他の空間に存在する悪い物の妨害を触発しやすいからだろうと考えました。だからゲームも映画と同じく、いずれにしても触れないほうが良いと思います。

二、衣服に対する執着を捨てる

 学生時代から、私はお洒落をする人は学業を疎かにしていると思い込み、お洒落をすることを本能的に拒んでいました。就職してから衣服がしゃれていないためよく同僚から嘲笑され、それ以来着こなしを重視し始めました。私の体型は太くてスタイルも良くなかったため、着こなしに努力しても多くの服を着られませんでしたが、自然煉功が体に変化をもたらし、師父私の胃腸を調整してくださったため、3カ月で私は10キロ以上痩せて、色々な服を着られるようになりました。

 ついでに体形について少し話したいと思います。私は女性であるため、以前自分の体形に悩んでいました。常人から勧誘されダイエット商品を使ったこともありましたが、何の効果もありませんでした。私は食いしん坊で食事を制限してダイエットをする方法を続けられなかったため、段々とダイエットをしたいという執着心が薄くなりました。先日、原因はわからないのですが食欲が激減し、体重が急激に下が、歩く時目眩と息切れがしました。これは良いことですが、目眩と息切れが現れるべきでないと考えました。結局、それきり全てが正常になりました。その後、あまり肉を食べられなくなり、多く食べると吐き気がするようになりました。以前、胃の不調で口の中は異臭がしていましたが、それきり異臭もしなくなりました。実は修煉は私達の体を最も健康で最も正しい状態にさせることができるので、私たちが執着して無理に何かをしなければ、面倒なことを招きません。学習者がダイエットに固執したため癌の症状が現れた事例が明慧ネットに載ったことがありますが、私達はこれらの事に注意すべきです。

 痩せてから、私は露出の多い服装を好んでよく着ました。比較的遅れている故郷ではとりわけ注目されて、私は軽い女性だと見られました。痩せたため、以前の多くの服はサイズが大きくなったので、私は新しい衣服を買い入れることに執着し始めました。映画やゲームの類を止めたため、私はインターネットにアクセスするといつもネットショッピングをして、それにはまっていましたが、自分ではまだ自覚しませんでした。私はあまりにも悟性が低く、ある日師父の慈悲なる啓示がありました。 

 その日、会社のパソコンでインターネットを使っていると、気に入った洋服が半額になっているに気付き、すぐに買おうと思いましたが、同僚先にそのパソコンを使って仕事をすると言ったので、彼女の作業が終わってから買おうと思いました。しかし、彼女は仕事を終えてからずっとゲームをして、結局定時まで私はパソコンに触れることできませんでした。これは本当に今までなかったことで、きっと師父からのご啓示だと意識しました。帰宅後、家にもパソコンがあるので、その洋服をもう一度見たいと思いましたが、師父が啓示してくださったので、目覚めないと本当にあまりにも図々しいと自覚して、見ないように自分に言い聞かせました。

 あの洋服を探したいという気持ちを無理に抑えただけで、私はその執着を放下していませんでした。翌日、買わない見るだけなら執着でないだろうと思って、気に入ったネットショップの商品をちょっと見ました。しばらくして私は目が痛くなり、横たわって休憩すると急に色欲の心が出てきました。猛烈な色欲の念が頭の中に湧いてきました。これはどうしたことでしょうか? ここ2日間のことを思い出すと、洋服を買いたいという執着が色欲の心を引き起こしたのだと突然悟りました。師父が私に半額の洋服を見る機会を与えないのは私のためなのに、私はどうして納得せずにずっと師父のごお告げを不平に思い、邪悪に隙に乗じられてからやっと悟るのでしょうか! このように悟ると、色欲の心も自然になくなって、それから私は衣服に固執しなくなりました。

 外見に執着することはこの空間の有形の物質に執着することですので、色欲の心を助長するのです。私達はふだん清潔で素朴な身なりをすれば良いのですが、今の正法時期に衆生済度する時間はこれほど大切で、衣服などに時間を浪費するのはとても良くないことです。

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/7/11/243772.html)     更新日:2011年12月22日
 
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