文/中国の大法弟子 清馨
【明慧日本2012年6月5日】1990年代半ば、社会は利己主義に傾きつつあり、人はますます金銭主義に走るようになりました。このような時、私は大学の建築学科を卒業し、省立の大規模研究所に入り、社会人になりました。
一、真理との出会い
私が配属された部門に、ベテランのエンジニアがいました。私は彼の指導の下で研修を受けました。彼は体があまり良くありませんが、技術力が非常に優れており、私の疑問をいつも根気よく答えてくれました。社会人2年目のとき、印象深いことが起きました。彼はもともと足の調子がよくなかったのですが、なぜか急に良くなりました。しかも日に日に元気になり、人にますます親切に接しました。ある日、彼は私に一冊の本を渡し、暇があればその本を読むように薦めました。その本にざっと目を通しました。本の内容は修煉についてのものであり、面白かったです。彼の精神面の変化はおそらく、この本のおかげだろうとなんとなくわかりました。ただ、これまで私の人生は順風満帆でしたし、技術力を磨き、より多く稼ぐことしか頭になかったので、翌日にその本を返しました。
ある日、仕事が終わり家に帰ったとき、本棚に法輪功の書籍が何冊か置かれていることに気付きました。しかもその一冊はベテランエンジニアが紹介した、法輪功の書籍である『転法輪』でした。『転法輪』を読んでみたら、中身に魅了されました。なぜ道徳を重んじなければならないか、なぜ好い人にならなければならないかなど、古今東西、人々がずっと考えても答えが出なかった疑問の解答が『転法輪』の中にあります。しかも解説は、とてもわかりやすいです。また、これまで誰も思い付かなかった発想もたくさん載っています。たとえば、地球が太陽の周りを回っていることは、電子が原子核の周りを回っていることと非常に似ています。『転法輪』はまさに百科事典です。
過去に「中国青年報」という新聞に記載された記事によると、現在の科学が見つけた数多くの事実によって、ダーウィンが提唱した進化論の信憑性が大きく揺るがされているそうです。また、多くの化石と生物現象は、進化論が間違っていることを証明したそうです。これまで命の起源をめぐって、創造論と進化論の2つの説があります。進化論が間違っているならば、残りの創造論が正しいと考えるしかないでしょう。
ちょうどその時に、社会のあちこちに法輪功学習者がいました。法輪功の書籍は母が持ってきたものでした。母は別の研究部門に勤めており、法輪功を習い始めました。私を指導してくれたベテランエンジニアはもともと愛煙家でしたが、法輪功を習ってから禁煙に成功しました。昔、彼は様々な病に冒されていましたが、法輪功を習ってから体が良くなりました。「お金のために品質をおろそかにしてはならない」と彼はいつも言っています。また、私の職場の若いリーダー達も法輪功を習っています。同僚たちはみな彼らを尊敬しています。道徳心が強く、名利に無関心で、仕事を完璧にこなしています。誰に対しても親切で、これは同僚たちの彼らに対する印象です。いったい何が、彼らを完璧な人に変えてしまったでしょうか? きっと宇宙の真理に違いないと思います。
宇宙の一員として、私は何を基準に生きていけばよいでしょうか? これまで真理と出会えませんでしたが、今やっと出会いました。このチャンスを決して逃がしてはなりません。1998年5月、私も法輪功を習い始めました。
二、自分のものなら、無くなることはない
修煉をしてから、私は「物質と精神は同一のものです」(『転法輪』)という理がわかりました。ベテランエンジニアが健康になった原因もわかりました。彼は「真・善・忍」の基準に照らし、自分を律しているので、精神面が強くなり、その影響で体が良くなったのです。
ある日、私は旦那と一緒にスーパーに赤ちゃん用品を買いに行きました。ついでにチョコレートを2枚買いました。レジでお会計するときに、レジの方が間違ってチョコレートを1枚しかカウントしませんでした。帰るときにこのことに気付き、すぐにスーパーに引き返して残り1枚のチョコレートの代金を支払いました。これは小さな出来事かもしれないし、1枚のチョコレートの値段はわずか10.3人民元(約130円)でしたが、「真・善・忍」の基準に照らし、自分を律すると、心が明るくなるのが実感できました。これまで様々な科学知識を習いましたが、道徳心が低かったです。昔は無神論者だったせいもありますが、今は違います。「善い行いは幸福をもたらし、悪い行いは不幸をもたらす」という理がわかりました。ですから、人に見られていないときでも悪いことをしません。これからは本当の善人になります。他人の役に立つことをします。
職場ではさまざまな変革がなされました。すべての人に仕事の目標が与えられ、仕事の完成度によって年収が上下することになりました。また給料も年末に支払われることになりました。同僚たちはボーナスの分け方が不公平だと主張し、上司に直談判しました。私は産休で5カ月間休みましたので、1999年の年収が少なかったです。「産休は国の法律によって定められた有給休暇だから、有給休暇の間の給料を支払わないのは法律違反だ」と私の味方をしてくれる人がいました。しかし、『転法輪』の中に、「修煉者は自然に任せることを重んじるべきです。自分のものなら、無くなることはないし、自分のものでなければ無理に争っても得られません。」と書かれています。この理を思い出したら、年収に執着しないほうが賢明であると思いました。しばらくして、上司が私のところに来て、きまりが悪そうな顔をして、私の産休を忘れたことを謝ってくれました。そして支払わなかった給料を支払ってくれました。
三、静が智慧を生じる
「真・善・忍」の基準に照らし、自分を律していくと、道徳レベルがどんどん上がってきました。私の智慧も大法修煉で開かれ、専門分野の技術力も飛躍しました。
ある公共娯楽施設の施工図を書いたことがあります。今までどの人が施工図を書いても、多かれ少なかれ何らかの問題点が潜在していました。しかし、私が書いたその公共娯楽施設の施工図からは何の問題点も見つけられませんでした。トップのエンジニアも「職場では彼女の施工図が一番きちんとしていて、問題点がない」とほめてくれました。今、私はすでにシニアエンジニアです。
建築士の一級注冊建築師試験に、複雑な施設の設計製図の試験があります。多くの人が何年間もかけても受からないほど、かなり難しいと言われている試験です。私は仕事と家事を両立させなければならないので、復習する時間がありませんでした。ただ、法輪大法を修めているので、心が動じなかったし、忙しくても作業の効率は高かったのです。試験の前日の夜、やっと復習する時間ができて、交通系施設の設計を復習しました。ところが、不思議なことに、試験で出題された内容は交通系施設である旅客輸送施設の設計でした。試験では6時間以内に旅客輸送施設の設計と製図を完成させことと、誤差面積を5%以内に収めることが要求されました。私は製図を書くときに面積の計算を忘れました。ところが、製図を書き終わって面積を計算してみたら、面積はぴったりでした。おかげで高い得点で試験を通過しました。
四、道徳が経済効果を高める
河北省のとある有力な不動産開発会社が、私の街でホテルと住宅を建てる計画を立てました。北京の建築会社に設計を依頼しましたが、満足する外観設計が得られなかったので、私の職場を含め、私の街のいくつかの建築設計事務所に打診してきました。院長は、この案件の契約を取りたがっていました。
師父の美術についての講法を通して、建築設計の正しい方向がわかりました。人の道徳と芸術は互いに影響しあうので、伝統美学の一体感、調和のとり方、色の使い方などに従うべきだとわかりました。細かい部分と技術を重視しながら、全体的な効果を大事にし、現代の変異した流行に流されないようにしなければなりません。設計したものが人に良い影響を与えなければなりません。私はこの方針で設計し、その設計は不動産開発会社に高く評価され、選ばれました。その後、不動産開発会社は私に他の外観設計も依頼しました。
最近、私は1次開発のプロジェクトを担当し、伝統美学を参考に、1つの公共施設を設計しました。お客さんは私の設計を高く評価したので、2次開発を行うときにも私に参加してほしいと依頼しました。しかし、私に他のプロジェクトがあるので、上司と相談した結果、アドバイザーとして参加することになりました。
あるお客さんは、しばしば無理難題を押し付けてきます。同僚たちは彼となかなかうまく行かず、プロジェクトが進みませんでした。そこで私は、そのプロジェクトを引き受けました。師父はどんなことをしても常に人のためを考えなければならないとおっしゃったので、寛容な心をもってそのお客さんの対応に当たりました。不平を言うのではなく、彼の立場に立って物事を考え、できるだけの対応をしました。彼は大法修煉者の善良さと寛容さを感じ、何回も私の部門に電話をかけてきて、褒めてくれました。彼との案件の契約も無事に取れました。
(続く)