文史放談:庶民に利益を与え、神仙に尊敬される
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文/鄭重

明慧日本2015年9月12日】

 一、庶民に利益を与えて、神仙から尊敬される

 張グァイ崖が成都で公務を務めていたき、夢の中で神仙に召されました。神仙と話をしていたとき、案内の者が神仙に「西門の黄兼済さんがお着きになりました」と告げました。間もなく髪を結った道士が入ってきました。すると神仙はすぐに席から立って彼に恭しく挨拶しました。

 翌朝、張グァイ崖は部下をさしむけ黄兼済と面会をしました。黄兼済と面会した時、彼は確かに夢の中に出てきた髪を結った道士でした。

 張は「あなたはどのような善行をされたのですか。なぜ神仙があなたに尊敬の態度で接したのですか」と尋ねました。

 黄は「特別なことは何もありません。小麦が熟した時、普通の価格で買いました。翌年不作になって食糧が不足したとき、普通の価格で売りました。普通の価格での売り買いで私が損をすることはなく、庶民の困難な状態を解消できました。それだけです」と答えました。

 張公は大変 感心して黄兼済を上座に座らせて、あらためて礼を尽くしました。

 庶民に利益を与えた人は神仙からも尊敬されました。黄兼済の行いは間違いなく称えられるべきではないでしょうか。「良いことをすれば神仙も尊敬する」ということが広く世の中に伝われば、もっと多くの人が良いことをするのではないでしょうか。

 二、碑を壊した者は雷に打たれ 碑を再建した者は息子を贈られた

 唐代の有名な医学者の孫思邈は医学に一生を捧げ、『千金方』や『千金翼方』などの有名な医学書を後世に伝えています。

 孫思邈はかつて偶然に龍を救いました。龍は恩返しに龍宮の処方を孫さんに与えました。孫思邈はこの処方で多くの病人を治療した後、『千金方』を編集し、後世に伝承するために碑に刻みました。

 当時、この事実を知った人が、巨大な利益を得ようと、自分の職権を利用して刻んだばかりの碑を手に入れ、碑文を写したあと、その碑を粉々に砕きました。利益を得ようとした貪欲な人はすぐに雷に撃たれて死亡しました。

 後にある善良な人が元の石碑を刻んだ職人に依頼し自費でもう一度碑を作りました。そのお蔭で『千金方』は後世に伝承されています。

 ある日この善良な人の夢の中に孫思邈があらわれ、「実はあなたは息子が授からない運命ですが、『千金方』を刻んだので、息子を授かることができます」と言いました。その直後に彼の奥さんは男の子を産みました。この子は順調に成長した後、立派な人物になりました。

 碑を壊した者は自己中心的な考えで自分だけが利益を得ようとしました。碑を刻んだ人は世の人々に利益を与えたかったのです。結果はどうだったでしょうか。自分だけ利益を得ようとした人は利益を得たでしょうか。他人に利益を与えたかった人は、自分が利益を得なかったのでしょうか。

 三、失政を取り除いた痕跡を留めない

 明朝の宣徳年間、政府は宦者たちを西洋(当時ジャワの西部のインド洋及び付近の陸地が西洋と呼んだ)の宝探しに派遣しました。費やした金銭と人命は計り知れないほどでした。

 天順年間、ある人が皇帝にもう一度西洋に人を派遣するようにと提言しました。そこで皇帝は兵部主事項忠という人に以前の宝探しの記録を参照して新たな計画を企画するように命じました。

 当時、劉大夏は郎中(官職名 皇帝の護衛)を務めていました。彼は先の宝探しの記録を隠しました。項忠の部下は記録を受け取ることができなかったので、この件は進展しませんでした。

 その後、項忠がこの記録紛失の件で書類管理者の責任を追及した時、劉大夏は「これ(西洋の宝探し)は間違った政治判断でした。ですから間違いを繰り返さないために記録は隠すべきだと判断しました。どうして記録の行方を捜索するのですか」と微笑みました。

 項忠は瞬時に理解し、正々堂々とした態度の劉公に敬意を表し、「あなたの度量と徳の大きさは天も感動するほどです。私の地位は将来あなたに属すべきです」と謝りました。

 後に劉大夏は確かに太保大司馬に昇進し、彼の子孫も代々栄え続けました。。

 劉公のやり方を見習い、世の中のあらゆる有害な書物は消滅すべきではないでしょうか。特に淫と盜を教え佛法を誹謗する書物は、後世の子孫の害にならないように全部消滅すべきです。

 清朝の『安士全書』より

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/4/14/255602.html)
 
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