文/台湾の大法弟子
【明慧日本2019年12月13日】
尊敬する師父、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!
私は文蓮と言います。2005年に修煉を始めました。現在は「新唐人」のプロジェクトに携わっています。ほぼ年中無休で毎日15時間くらい業務に使い、時には神韻の広報や常人に向けての講座など、他のプロジェクトにも参加しています。修煉の道を振り返り、忘れられない経歴や心に残ったことを、この修煉文を通して皆さんと交流したいと思います。
一、美を追求して修煉の道へ進む
修煉する前、夫が病因も分からず治療もできない病にかかり、病院の薬を飲んでも効果がなかったので、漢方薬を試そうと知り合いの漢方医のところに行きました。そこで1人の男性が煉功していて、とても格好よく若く見えましたが、実は70歳になると知りました。院長に彼がやっていた気功と関係あるかと尋ねると、院長は「そうです、彼が修煉しているのは法輪功です」と教えてくれました。
法輪功を修煉すると若さを保てる、なんと不思議な気功なんだろう! その晩家に帰ってすぐ、2年前にある女性からもらった『轉法輪』を読み始めました。当時彼女は「『轉法輪』はこの世で最も貴重な宝です」と言っていましたが、縁がなかったのか、後日にまた法を得る按排があったのか、その時は本の内容が全く理解できず、何ページか読んで諦めてしまいました。
再度『轉法輪』を手にすると、一文一句が心に入り、数多くの分からなかったことの答えを見つけました。まさに長い間探していたものでした。善の縁が整い、修煉の道が開き、それから私は真の大法弟子になりました。夫も修煉して間もなく、薬もなく病気が完治し、大法の素晴らしさを見届けました。
二、「新唐人」に参加し、幸せを得る
法を得てから「神韻」のプロジェクトで広報と業務の窓口にいました。ある日「法輪周天法」[1]の最中、師父の合図を聞いた途端、「今年の『神韻』が終わった後、新唐人の広告チームに行くとよい、あなたならきっとできる」という声が頭の中で響きました。法を得てからいつもある見えない力に支えられていると感じ、そのおかげでプロジェクトの中で精進することができました。その時、これから「新唐人」での業務が始まると分かりました。
職場での経験はありましたが、マスコミの業務は難易度が高い専門領域なので、まずは勉強して専門知識を増やしました。そして間もなく、新唐人のメリットを紹介する1枚の資料を通して、幸運にも一つの契約を結ぶことができました。それから二つ、三つと次々に進めていきました。
マスコミの広告業務への理解が深まるにつれ、広告はテレビのマスコミで最も重要な収入源と知り、目標を立てました。ある社長の同修を通して、大手の企業家と面談することができました。プロ並みの態度のおかげなのか、決心と勢いのためなのか、紹介後その企業家はその場で契約を結んでくれました。当時、その契約は皆の意欲を高め、希望を与えてくれました!
三、難関を乗り越える過程で自分の不足と人心を認識
以前職場で長年の経験があったので、多くの人から業務の達人と呼ばれていて、「新唐人」に入ってからもずっと主要管理者として他の同僚と共に、マスコミにもっと多くの資源を持ってこられるよう努力しました。その過程には当然ながら、多くの試練と摩擦がありました。ある時、部門人事の調整で、本部長から驚きの言葉を聞きました。「多くの同僚があなたに不満を感じている」と彼女は言ったのです。悲しみと悔しさで涙が止まりませんでした。毎日真面目に仕事に没頭して、親族や友人と関わる時間も少なく、同僚と接する時も自分の知っていることや学んだ経験をすべて共有していても、自分はそんなに悪かったというのでしょうか?
その時、内に向けて探すことを意識しました。そこから原因を探した結果、とても恥ずかしくなりました。私はいつも、業務成績のトップクラスで、一見自分の真面目さと努力の成果に見えますが、実は人を救いたいという心のおかげでした。法理にあっていたので、法が実証されたのですが、他の所でも修煉者の基準に達していたわけではないのです。
皆の賛美ばかりを聞いていて、自分は人間関係がうまくいっていると思っていたのに、どうしてそこまで落差があるのでしょうか?
内に向けて修煉者の基準に照らしてみたら、自分にはたくさんの不足がありました。長年常人社会で育った観念で効率的に見える指導は、実は強引な主導でした。また自覚のないまま他人の考えを自分に合わせようとしていたのも共産党文化の表れでした。成功事例を共有する時も、自分の才能を見せたい顕示心がありました。また同僚が契約を結んだ時も、運が良かったからだと考えてしまう時がありました。これは嫉妬心と同僚を甘く見る心でした。
そのため同僚たちは私の能力は高く見ても、いつも「あなたのやり方は私たちに合わない」と言っていたのです。私の数多くの人心が、お互いの距離を遠くしてしまっていたのです。原因が分かって私は本部長にとても申し訳ない気がしました。彼女はチームを私に任せたのに、私は「他人を先に、自分を後に」するという修煉者の精神を忘れ、師父に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
私は泣きながら師父の写真の前で懺悔しました。すると師父の目線から慈愛を感じ、まるで私に「本気で謝まればそれで良くなる」とお告げをして下さっているようでした。そうです、私は必ず師父のお教えの通り直せるのです。まさに「佛光が普く照らせば、礼義は圓明となる」[2] でした。私は修煉でもっと精進しようと決めました。
四、堅持は不可能を可能にし、堅持すれば達成できる
修煉と共に、2017年の年初、私は自分に1500万円の年度目標を立てましたが、11月になっても目標にはまだまだ距離があり、残り1カ月で達成できるかとても不安でした。12月に入り私はお客様と共に1人のVIPを訪ねました。まだ時間があったので先に近くの「太平小学校」に行きました。校門に入った途端、石碑に刻まれた「不可能を可能に」という文字が目に入り、これは師父からの励ましだと分かりました。師を信じて法を信じればできないことはない、そこから1カ月で目標を達成することができました。
業務上の堅持は、新たな可能性を広げることができます。ある食品業者を同僚が何度か訪ねましたが、契約はずっと結べませんでした。私はこれに協力して、契約を結ぼうと決めました。その念が伝わり、師父は縁のあるその衆生を私のところに連れてきてくださいました。ある展示会でそのお客さんと偶然に会い、挨拶後、会社を訪問したいと言うと、歓迎すると言われました。しかしその後、電話で予約を取ろうとしたら、彼は冷たい態度で「わざわざ来なくてもいい」と言い、電話を切りました。
私はそれでも不快にならず、絶対に彼を救い、契約を成功させようと思いました。その後の展示会でまた会い、対面する時は親切な態度ですが、次の日の電話ではやはり前回と同様でした。
絶対に彼を救おうと決めた私は、3回目にようやく訪問の約束をとり、同日に2時間運転してその会社につきました。しかし彼はいませんでした。その時「法は確かに衆生に慈悲深いのですが、しかし威厳のあるものでもあります」[3] が頭の中に浮かびました。私は彼に電話して「私たちを断わるつもりでいても、電話を切ったり約束を無視する必要はありません。それは立派な企業家のあるべき姿ではありません」と言いました。すると彼は急に態度を変えて詫び、自ら次回の約束をしました。
その後の面談で彼は今年の予算はもう他の広告代理店に使ったため、私たちを断わったのだと言いました。また「あなたのように真面目な人は初めてだ、このような従業員がいる会社は必ず成功するだろう」とも言ってくれました。
私は彼に「新唐人」創立の理由や立場、社会への貢献、「法輪功」が中国でどのような迫害を受けているか等の真相を伝え「これは私が真面目な理由です」と言いました。彼は真相を知りとても感動して、続々と数百万の契約を結んでくれました。「新唐人」のマスコミ効果により、彼の企業は更に知名度を上げ、新たな商機を掴むことができました。彼は感激で目を赤くして「見捨てないでくれてありがとう」と私に言いました。そのお客さんの選択に私はとても感動しました。
五、「新唐人」は衆生を新生に導く
一つ目の契約を結んだ時から私は、できるだけお客さんたちを大法弟子に導こうと考えていました。彼らの中には「新唐人」を聞いたことはないが、真相を知り私たちを応援してくれた人や、そのため中国共産党の迫害を受けた人もいます。もし彼らが法を得ることができたら、それはまさに新生の道です。
「自分を良く修めることは法を実証すること」です。お客さんとの接触中、何事も先に他人を優先し修煉者の善を見せたことで信頼を得ただけでなく、大法弟子の意味も伝えました。師父が導いてくださった縁のある「新唐人」のお客さんは、多くは優しく誠実な企業家たちです。たまに私の元気に驚きを感じる人がいて、私はいつも「これは毎日煉功しているおかげです」と答えました。更にはチームの精神に感動したので、私たちは皆「真・善・忍」を修煉する大法弟子なのだと教えました。修煉者の姿に感動し、大法弟子になった人も少なくありません。
「修は己にありて、功は師にあり」[4] なのです。今年の夏、企業家向けの「九日間講習会」を開きました。最後の日、十数人の新たに法を得た同修たちが一斉に「法輪大法は素晴らしい」、「真・善・忍は素晴らしい」と声を出した場面はとても感動しました。慈悲なる師父に感謝します!
六、修煉者に三つのことは欠かせない
学法と煉功、真相伝え、発正念は大法弟子にとってとても重要なことです。仕事が忙しいので時間を節約する目的で私は自分の家で煉功していました。数カ月前、全身の関節が痛くなる症状が現れました。三つのこともやっているのに、どうしてこうなったのだろう? これでは仕事も難しくなるのに、問題はどこにあるのでしょうか?
ある日耐えられないくらいまでひどくなり、師父に助けを求めました。次の日、明慧ラジオである同修の交流を聞きました。彼女の状況は私とほぼ同じで、苦しんでいる時に師父から集団煉功場に行くように告げられました。彼女はいくつかのプロジェクトに参加していて、いつも夜1時、2時くらいまで仕事をやっているので、もし朝4時の集団煉功に参加したいなら、2、3時間の睡眠しか取れなくなります。それは無理だと思っていましたが、痛みが止まらなかったので、煉功場に行くことを決心したそうです。すると当日、奇跡的に痛みが治りました。彼女が人の観念を突破したとき、修煉者は常人を超えるのだと悟りました。
私も同じ観念に捕らわれていたので、これからは煉功場に行こうと決めました。すると同じく奇跡的に身体も大半治り、今まで約束が取れなかった2人のお客さんも自ら電話してきました。修煉の向上と共に、衆生も自ら自分の位置に戻っているのだと悟りました。
煉功場に行くと決心した後、責任者に電話したら、その煉功場はいろいろな原因で今は誰も行っていないと言われました。二十数年も続けてきた煉功場がそうなったと聞き、私はとても悲しかったのです。すると責任者は、もし私が行くのであれば、自分も一緒に行くと言ってくれました。
数日後、この煉功場を使用していた同修たちが皆戻ってきて、精進するようになりました。責任者も時には夜遅くまで仕事していたので、次の日少し休もうと思ったそうですが、「新唐人」で忙しい私も朝煉に来ているので自分も頑張る気になったそうです。その精進したい念が、他の同修にも作用したのです。「法を学びて法を得る 比べて学び比べて修す 事々対照し 做すところ到るは是れ修なり」[5]
七、自分の使命を忘れず
2013年8月から「新唐人」の業務に携わり、現在74カ月になりますが、毎月新規契約があり、6年間業績がトップクラスになりました。なぜこのような成績が出たのかというと、私の答えは「命がけで新唐人をやっているから」です。どんなに難しくても無限の感激ばかりです。なぜならそれはすべて師父が大法弟子に与えてくださった衆生を救う機縁だからです。
私は法のためにきた命で、神の道を歩んでいる大法弟子であり、さらには法を正す時期の大法弟子です。もっと自分の修煉を高め、意志や使命を忘れてはいけません。大法弟子は師父のご期待を忘れてはいけません。私たちは衆生が助かる希望なのです。師父がおっしゃった通りでした。「それほど困難な歳月を乗り越え、今日まで至り、なんと大変だったのでしょう! 大切にしないのですか? 私まであなたを大切にしているのです! 神まであなたを大切にしているのです! ですから、なおさら自分自身を大切にすべきです」[6]
最後に、師父の慈悲なる救いに感謝します。同修の皆さんに感謝します。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『大圓満法』
[2] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「二〇〇九年ワシントンDC国際法会での説法」
[3] 李洪志師父の経文:『二〇〇三年元宵節での説法』
[4] 李洪志师父著作:『轉法輪』
[5] 李洪志師父の詩:『洪吟』「着実に修める」
[6] 李洪志師父の経文:『二〇一八年ワシントンDCでの説法』
(2019台湾法会の発表文章)