「怨恨心」を認識して取り除き 修め直す
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文/中国の大法弟子 

 【明慧日本2019年11月7日】師父の『洪吟五』がこの5月に発表されました。その中には、「神に対する信仰とは何か 宗教を守る心はあれほど強いか 執着を放下して初めて神の道を歩み 聖人の言葉通り子羊のように善良になれるのだ 聖戦は天神の間の戦いで 人間が信仰の為に闘うのは命を殺害することだ 不善の心が魔性を強め 神は殺意を持つ人を天国に行かせない 神に対する信仰とは何か 人心悪念を放下し 天国は善良の人だけを受け入れるのだ」 [1] という詩がありました。その中から、私は多くのことを理解しました。

 この詩を暗唱した際に、その言葉一つ一つが私の心の奥底まで深く入り込みました。「自分は本当に優しくなかった。今までいつも怨恨心を持ち、自我を守りながら警官に真相を話していた」とひどく反省しました。

 例えば2018年12月4日に、地元の同修・梅さん(仮名)が連行されました。梅さんはどこに連行されたかわからないため、翌日の朝、私は地元の派出所に梅さんの居場所を尋ねに行きました。行く途中で、私はすでに恨みがこみ上げてきました。警官に会うと「梅さんはここにいるでしょう」、「あなた達は連行したでしょう」、「昨夜、彼女はどうでしたか?」と問い詰めました。警官が知らないと答えると、私はさらに恨みがこみ上げて、声も大きくなって善の念がなくなり、言葉にはあの党文化の闘争した要素が大いに帯びていました。警官に法輪功迫害の真相を伝えましたが、言い争うような恰好になり、心の中には警官らを救おうとする慈悲心が全く芽生えていませんでした。このような気持ちでは、良い結果に繋がるはずもなく、その結果、私は何の収穫も得ずに帰って来ました。

 実は、このような怨恨心は、すでに十数年も持ち続けていました。私はそれを認識しており、取り除こうと努力しました。そして、中国共産邪霊は恨みと、宇宙の低い次元の廃物によって構成されていることも分かり、それらを消滅しなければ、邪霊にエネルギーを補充してしまうことも分かっていました。しかし、この怨恨心はいつも私の向上を妨害してきました。師父の『洪吟五』が発表され、「信仰とは何か」の詩を読んで、やっと自分が今まで、特に警官に対する場合、怨恨心を持って法輪功の真相を伝えていたことに気付きました。執着心を持っていれば、自分の慈悲心が不純になり、迫害の真相を伝えても人をなかなか救えません。師父は私にこの怨恨心を認識させてくださり、そして、それを取り除くように導いてくださいました。師父に感謝いたします。なぜならば、この怨恨心はそもそも私ではありません。この怨恨心を取り除かなければ、衆生の救い済度に影響を与えてしまうからです。

 今日、またこの詩を思い出しました。そして、師父が私を救い済度してくださること、私達に多くの衆生を救ってほしいと期待されていること、師父が説かれた「大法弟子の修煉は個人の円満成就だけのためではなく、師に手伝って衆生を救い済度するためです。大法弟子は使命を背負っているのです。これは皆さんが大法弟子になれたことの理由です」[2] などを改めて、思い出しました。

 私は必ず自らの使命を果たし、現在のこの良くない観念と良くない行為を正しく修め直し、もっと多くの衆生を救うようにいたします!

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟五』「信仰とは何か」
 [2] 李洪志師父の経文:『ヨーロッパ法会に参加する大法弟子の皆さん、こんにちは!』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2019/9/23/393655.html)
 
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