明慧法会|難の中にあっても 使命を忘れない
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文/河北省の大法弟子

 【明慧日本2020年5月19日】

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は田舎に住む年配の大法弟子で、20年間に渡りデコボコの修煉の道を歩んできました。以下は、寝たきりの夫を16年間看病する中で、自分の使命を忘れずに大法の真相を伝え続け、人を救ってきた修煉の過程を師父にご報告申し上げ、同修の皆さんと交流したいと思います。

 大法の奇跡が現れ、夫が死の淵から蘇る

 2000年8月に、地元の公安局から3年間の労働教養を強いられました。2003年の正月19日の夕方に、夫は道端でバスを待っていた時に、飲酒運転のバイクの運転手にはねられて、飛び上がった後、頭から真っ逆さまに落ちました。当時、出血して地面が真っ赤になり、夫は呼吸困難に陥り、その場にいる人により県内のある病院に運ばれました。思いも寄らなかったのは、事故を起こした運転手は一切治療の費用を出してくれないだけではなく、3人の覆面をかぶった者を病院につかわして、夫を地面に引きずり落とし、頭を地面に叩きつけ、足で踏みつけて殺そうとしたのです。病院の関係者が「110番」に通報したため、彼らは逃げ去りました。

 病院は直ちに「危篤の通知書」を出して、もう治療のしようがないと断言しました。夫の事故から3日目に私は出所し、帰って来ました。家族が迎へに来てくれた時、労働教養所側はあの手この手で困らせ、最終的に8000元(およそ12万円)をゆすり取られてから、家に帰ることが出来ました。意識を失い、識別できないほど姿が変わった夫を見て、私は涙が抑えきれず泣き通しました。ある同修が1冊の本を渡され、その本を見てみると『轉法輪』の本でした。 あれから2年以上も刑務所の中で酷い迫害を受けてきた自分が、一番懐かしく思っていたのは師父でした。大法があるから刑務所内の残忍な拷問を乗り越えることが出来ました。私はすぐに冷静になり、自分が大法弟子であることを思い出しました。

 私は「生きなきゃ絶対にダメよ、自分の目で法がこの世を正す日を見なければ!」と夫に話しかけました。5日目に夫は呼吸困難のために、気管を切開する手術をせざるを得なくなり、脳内の脳脊髄液も酷いため、頭の両側に穴をあけて管を通し、全身の体の下に氷を敷きました。そしてしばらくすると、その氷を交換しなければなりませんでした。その当時、夫の心臓がよく止まり、極めて危険な状態でした。 私は師父の説法を毎日午前と午後に合わせて4時間ほど夫に聴かせ、それ以外の時間に「法輪大法は素晴らしい、善・真・忍は素晴らしい」と夫に向けて念じ、時には物語を言い聞かせていました。ある患者に「彼は何も分からないのに、あなたは一日中話しかけていますが、本当に効き目がありますか?」と聞かれ、私は「効き目があります、彼はきっと治ります」と答えました。

 最も危険な16日間が過ぎました。ある日、同修は大法のお守りを持って来ました。夫は奇跡的に手を上げ、お守りを受け取って上着のポケットに入れました。それを目にした皆が歓声をあげました。その日から、夫は日に日に良くなっていきました。医師や看護師もわざわざ見に来て、「不思議だ、今後、私も法輪功を見てみたいものだ。脳幹に障害があって、生き残った人をこれまで見たことがない。これは奇跡だ!」と担当医は話しました。

 夫に楽にさせて身体を傷つけないようにするため、夜間でも私はベッドに横になることはありませんでした。いつも椅子に座り、眠くなったらベッドの縁に伏せて少し寝ます。夫は全身が動けないので、一つずつ動きが回復するように、師父にお願いしました。食事を飲み込むことができないため、一口の食べ物を一日中口に入れたままの時もありました。1回のくしゃみで、口の中の食べ物を全て吹き飛ばしてしまい、布団や私の顔や体に飛び散りました。夫がご飯を食べられない3年の間、私は先に食事をしたことはなく、いつも夫に食べさせた後に食事をしていました。

 退院して帰宅後のある晩、夫は突然「師父! 師父!」と叫びました。私はすぐに電気をつけて、「誰を見たの?」と聞くと、「師父」と答えました。 「師父は何をおっしゃっていたの?」と聞くと、「師父は『本を読むように』と言われた」と夫は話しました。私は急いで『轉法輪』を持ってきて、「何と読むか分かる?」と聞くと、「『轉法輪』」と答えました。一つ一つの動作を一から学び直し、過去の記憶を何も覚えていなかった夫でしたが、『轉法輪』を読めるようになり、また一つの言葉をしゃべるようになりました。今までは一文字だけしゃべっても、すぐに息を切らしていました。私は感激しました。私は師父が助けて下さったのを知っています。その日から、夫は毎日大法の本を読み、師父の説法を聴き、説法のDVDを見るようになり、日毎に回復に向かいました。

 2015年の春、夫の様子を見に来た夫の勤務先の責任者は、夫の体が改善していることを見て、非常に感心しました。その責任者は席から立ち上がって、「無私に〇〇さんの世話をしてくれてありがとうございます。これからはあなたがいくら法輪功を学んでも何も言いません。法輪功を勉強したからこそ、あなたはこのような善の心を持つようになり、そして、辛抱強くなり苦しみに耐えられるようになりました」と私に礼を言いました。私は「ありがとうございます。 実は、主人が生き返ったのは大法の超常さの現れで、師父が助けて下さったおかげです。私はただやるべきことをやっただけです」と話した後、引き続き大法のことを伝え、「三退」をさせました。

 夫が交通事故に遭ったため、3年間の労働教養の刑期を満期にならずに早めに家に帰りましたが、地元の610弁公室や公安局、国家安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)の関係者らは、家族に私を監視させ、他の修煉者と接触させず、大法修煉者のやるべきことをさせないように制限し、さもなければ、労働教養所に送還すると言いました。

 家族は病院の救急室の入口で大法修煉者が入らないように塞ぎ、同修が持って来てくれた『轉法輪』を隠しました。私は真剣な顔で家族に言いました。「私のことを心配しなくても大丈夫よ、しっかり夫の看病をするから。私の宝の『轉法輪』を返して下さい。もし、労働教養よりも厳しく制限し、修煉をさせなければ、明日、病院を出て行くわ」。すると、家族は『轉法輪』の本を返してくれました。誰も私のことを干渉しなくなりました。息子に「なぜ、私を監視しなくなったの?」と聞くと、息子は微笑みながら「大法修煉者ほど、良い人はいないだろう? もうお母さんのことを放おって置くから」と言いました。その後、息子は「三退」しました。

 夫の姉は三度も再婚のことを勧められたことがあり、もう1人男がいるといろいろと手助けしてくれ、看病するのにも便利だし、と言ってくれました。私は 「大法修煉者だから、どんなに苦しく疲れてもそのようなことはしません」と断りました。姉はいつも「法輪大法は本当に良いものだわ、弟の嫁が法輪功を修めていなかったら、弟はとっくにこの世にいないわ」と他の人に言っていました。その後、姉の家族全員も「三退」をしました。

 夫が奇跡のように生き返ったので、村のすべての人が大法の不思議さ、師父の偉大さを目にして、ほとんどの村民が加入していた中国共産党の組織から、脱退しました。

 小さな店を開き、人を救う

 夫が交通事故に遭った原因は多くあり、その中の一つは夫への情があるため、旧勢力に隙きに乗じられたことです。旧勢力はそれを利用して私の修煉を妨害し、最後に私を駄目にしようとしていることがはっきりと認識できました。旧勢力の策略を成功させるわけにはいかず、師父が按排して下さった修煉の道を歩まねばならないと思いました。まず、今まで経営していた大きな卸売の商店を閉めて、小さな店を開き、夫の看病をしながら大法の真相を伝える環境を作り、家計を維持すると同時に真相を伝えることもでき、一挙両得でした。

 2004年の春、2部屋の店頭を借りて、奥の部屋で生活し、外の部屋で売店を構えようと考えました。明確な目的があって開店したので、師父にも助けて頂きました。オープンして間もなく、師父が来られて、この小さな店のスポンサーになって下さった夢を見ました。目が覚めた自分は大変感激し、しっかりとこの店を経営していこうと思いました。

 それ以来、この店は真実を伝え、人を救うプラットフォームとなり、お客さんを1人も漏らさず、真摯な心で彼らを救ってきました。特別に忙しい時には、話ができなくても法輪功の資料を渡し、次回の来店時に説明しました。また、お釣りの紙幣にメッセージを書きます。例えば「あなたと面識がありませんが、本当にあなたのためです。早く『三退』すれば、災難から命を守れます」、「心は蓮の花ように清く、あなたとのご縁を大切にしています。『法輪大法は素晴らしい』を念じれば、無限な福が訪れます」。一部のお客さんは手に取って読み、帰る前に、入口で「どうも、ありがとう」とお礼を言います。私はお客さんと家族のように接し、いつも、慈悲に満ちた笑顔を届けています。そして、多くのお客さんから「法輪功のお姉さん」と呼ばれています。

 私の店の商売はずっと繁盛しています。ある国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)で勤務している人は、私の店の左側に同じく店舗を開きましたが、客が少ないため、店の外で客を引っ張ったりします。そして、私が5元(およそ75円)で売っている商品を彼は4元(およそ60円)で売ります。しかし、お客さんはやはりこっちの店に買いに来ます。私はお客さんに「なぜ隣の店に行かないのですか?」と尋ねました。「あそこの店はこの商品は1元安いけど、別の商品に1元プラスしていて、安いとは言えません。やはり、法輪功のお姉さんのお店がいいのよ。ここに買い物に来ると、まるで家に帰って来たように安心して、楽しく買い物ができるし、私達の知らない事を聞くことが出来るわ」と言って、お客さんは喜んでくれています。

 2009年に店舗の裏に県内最大級のマンション(800世帯以上)が建設されることになり、食堂から色々な工事関係者まで買い物に来てくれ、店のお客さんが急に増えました。そこで、人を救うために、大法弟子を雇って店の手伝いをしてもらいました。私たちはよく協調が取れたので、数日間ごとに1箱の『 共産党についての九つの論評』を配り終えます。2年の間、工事現場の人達は次々と入れ替わり、共産党の組織に入っている人に対して、すべての人に脱退を勧め、ほとんどが「三退」しました。南方から来た3人の作業員だけが、どうしても脱退しませんでした。それでも私は諦めず、彼らに「あなた達は帰る前に、必ず脱退するでしょう」と言い続けました。

 思った通り、仕事を終えた後、出発する前日の夜7時過ぎ頃、3人の作業員がやって来ました。私は「明日、帰るの? あなた達はまだ『三退』していないので、将来、人類に何か劫難がある時に、あなた達のことがとても気になります」と話しかけました。すると、その中の1人が「我々はそのためにここへ来ました。『三退』をお願いします」。私は心の中の重荷が取れたように、ホットしました。私は救われたこの3人の作業員を見て、大きな喜びを感じました。

 国内安全保衛部門の大隊長に真相を伝える

 2010年の冬、他県の同修は大法の真相を伝えるために、携帯電話を買ってくれました。 最初は、自動電話から始めました。夫は自力での生活ができないため、毎日2時間だけしか外出できませんでした。

 2015年の冬のある日、一日中大雪が降り、午後4時前になっても雪がなかなか止みません。雪の日でも人を救わなければならないと思って、夫の身の回りをきちんとしてから、外出しました。

 大粒の雪が空中に舞っていて、地面に20センチほどの雪が積もっていました。1歩前へ進むだけでも困難であり、「車があれば助かるのに」と思っていたら、目の前に本当に環状タクシーがゆっくりと走って来ました。乗車後、運転手から「雪が降っているため、運転を自粛しろと言われ、一日中待機していましたが、彼女(車内に乗っている女性)がどうしても乗せて欲しいと言われましてね」。運転手に「どこに行きますか」と聞かれ、私は「今日は大雪の日だから、一緒に彼女を送りましょうか」と答えると、運転手はとても喜びました。そして、車の中で私は自動電話をかけました。女性が車から降りると、運転手は(およそ226円)を請求しました。それから、私を元の場所に送ってくれました。私は下車した時に1元(およそ15円)しか請求されませんでした。心から師父の苦心の按排に感謝いたします。

 その年、メールの送信が出来るようになり、よりよく相手とコミュニケーションが取れるようになりました。

 2016年6月、他所に行って資料を配布した現地の同修が連行される事件が多発しました。直接に国内安全保衛部門に行き直接、解放を求める同修がおり、電話やメールを通して解放を求める同修もいました。ある同修は、事件を担当する国内安全保衛部門の大隊長に、「4日間以内に大法弟子を解放しなければ、国家規律検査委員会に告訴します」というメールを流したため、大隊長は激怒し、すぐにこの案件を検察庁に渡し、さらに「大法弟子と最後まで戦う」と公言しました。

 このことを聞いて、私はとても悲しくなりました。私たちは人々を救う役割を担っているのに、どうして衆生にあれほど憎まれているのでしょうか? この生命のすべては台無しになるのではありませんか?  私は師父の説法を思い出しました。「彼らがかつてどれほど偉大な生命だったのか皆さんも考えたことがなく、彼らはこれほど大きな危険を冒してまで、この世に身を投じ、ここまで危険なところに下りてきました。このことだけでも皆さんは彼らを救い済度し、彼らを連れ出すべきです」[1]  、 「実は慈悲は巨大なエネルギーであり、正神のエネルギーなのです。慈悲であればあるほどエネルギーが強く、どんな良くないものも解体されます。これは以前釈迦牟尼もほかの修煉者も話したことのないことです。善の最大の現れは慈悲であり、慈悲は巨大なエネルギーの現れで、すべての正しくないものを解体することができます」[2]

 この大隊長を心から救いたいと思いましたので、私は携帯を手に取り、「大隊長へ、こんにちは、お時間はとれますか? ちょっとだけお話をしたいのですが」とメールを送りました。彼はすぐに「あなたが大法弟子であれば断る」と答えました。その時、私は涙が流れそうになりました。追伸、「どんな方法でしたら、あなたの大法弟子への憎しみを、消し去ることが出来ますか。教えて下さい」と再度、送りました。彼は「ハッハッハ、あなたみたいな脅迫しない大法弟子もいるのか?」と返事がありました。私は「私たち大法弟子には恨みも憎しみもなく、敵もいませんので、脅迫するはずがないと思いますよ」と送りました。そして、彼はいくつかの脅迫メールを私に転送し、「これが脅迫でなければ、何なのだ?」と怒って私に聞きました。私は「大隊長、怒らないでください。もし、これらのメールが大法弟子から送られたものであれば、代わりに私がお詫びします」と返事した上で、大隊長の憎しみを払拭するために、多くのメッセージを送り、大法が迫害されている真相を伝えました。そして、間違っても悪の列に加わらないように願いました。またさらに、将来、江沢民と一緒に清算される恐れがあると説明しました。

 中秋節がやって来たので、大隊長とその家族への中秋節の挨拶を送ったところ、「あなたは最も理性的な大法弟子だと思うけれど、あなたに失望させたかもしれない。その案件はすでに裁判所に渡され、力になれなかった。理解して欲しい」と返事が返ってきました。私は「失望していません。法を正すことがあと1日しかなくても、あなたにとっては残されるチャンスだと思います。法律に基づいて無罪で大法弟子を解放することは、天象に従って民心を得ることです。あなたが本当に出来るのなら、家族はあなたに感謝し、私たちのすべての大法弟子はあなたに感謝し、世界中の人々があなたに感謝するはずです。私は期待しています。あなたからの良い情報をお待ちしています」と返信しました。

 しばらくして、地元のある大法弟子が不審者に通報された、と聞いたこの大隊長は、車で現場に向かい、その大法弟子に「家に帰りなさい」と言ったそうです。

 師父はこのように説かれています。「私はいつも言っていますが、心から相手を思い、私心が全くなければ、あなたの言葉は相手を感涙させます。試してみてはどうですか?」[3]  。私は半年をかけて、誠意を持ってメールの形で彼とコミュニケーションを取ると、彼は大きく変化しました。師父はまた、このように説かれたことがあります。「大法弟子は慈悲をもって世が乱れ法が乱れている中、衆生を救っています。もちろん、自分自身の範囲内にいる生命も含まれています。衆生を救っているので、もれなく生命に機会を与えています。長い間、機会を与えられている生命もいます」 [4]

 善を修め得なければならない

 夫が交通事故に遭ってから数えてもうすぐ16年になりますが、子供たちに安心して勉強や仕事ができるように、私は夫の世話を1人で頑張っています。介護の日々は一度も熟睡したことがなく、何度も転んでは立ち上がり、自力だけではできずらい夫の世話をしながら、大法弟子のすべき事をしっかりと行なえるように、また、両立するよう努めています。この過程の中で、「善を修めること」は大法修煉者が万事をやり遂げる鍵であり、大法弟子が修めて得なければならないものである、と深く実感しました。常人も「野菜を育てている所には草は生えない」という諺をよく言います。善の空間場の中にも悪は存在しません。大法弟子は必ず善を修め得なければなりません。

 法輪功が迫害されてから20年間、風雨の中で多くの試練、多くの体験を積み、これら一歩一歩のすべてを、師父の慈悲なるご加護の下で歩んで参りました。救われた一人一人の生命の中には、師父の慈悲と苦心が伴っています。人間の言葉を言い尽くしても、師父のご恩への感謝の気持ちを言い表わせません! 私はまだまだ多くの修煉できていない所がありますが、これからの限られた時間の中で、師父の教えられた通りにしっかりと自分を修め、大法の真相を伝えることをより多く行ない、多くの縁のある人たちが大法の恩恵を受けられるように、そして、より良い未来を切り開くことが出来るように願っています。

 師父に感謝いたします!

 同修の皆さん、ありがとうございます!    

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「新唐人テレビ討論会での説法」
 [2] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「二〇〇九年ワシントンDC国際法会での説法」
 [3] 李洪志師父の経文:『世界法輪大法デーの説法』
 [4] 李洪志師父の経文:『波紋を呼んだ副元神に関する文章について』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2018/11/8/376572.html)
 
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