警官の物語
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明慧日本2020年11月3日】

 「むやみに人の名前を供述しないように」  

 2001年の春、丁度、娘の家にいた時、警官に派出所へ不当に連行されました。「罪」は、いわゆる大法の経典を送り届けたことです。私が警察署に連行されたとき、業飛(仮名)という国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関。以下、国保)の警官がドアを開けて入り、部屋の中に私1人しか居ないのを見て小さな声で私に「むやみに人の名前を供述しないように」と言って、出て行きました。

 暫くすると、国保の大隊長、指導員、そして、先程の業飛が来ました。3人は部屋に入って大きな声で叫び、業飛は、ほかの2人の声よりも、もっと大きい声を出し、その後、声がかすれ、「薬を探しに行く」と言って部屋から出て行きました。

 ある日、業飛は私を呼び出し、私たちは、1時間あまり話しました。私は大法の素晴らしさ、大法の中で恩恵を受けた事実や、大法が海外で広く伝えられている状況などを伝えました。彼は、ずっと真面目に聞き途中で、私の話を邪魔しませんでした。

 私が家に戻り、ある日、街で業飛と出会ったとき、彼は、既に警察署を離れたと話してくれました。その日は、駅へ同修を迎えに行く為、彼とは、それ以上話をする時間はありませんでした。残念ながら、その日以来、二度と彼に会うことはありませんでした。私は本当に、彼にもう一度会い、彼に大法の真相をさらに伝えて、彼に「三退」するように説得したいと思っていたのです。派出所に居た当時、「むやみに人の名前を供述しないように」という彼の言葉のお陰で、田舎から出て来た私は心性を守ることが出来ました。そ数年が経ち、その一言を思い出す度に、私は、ずっとその警官に心から感謝しています。

 2008年の秋、私たちの学法グループの6人が同修の家で大法を勉強していた時、警官がドアを開けて侵入して来ました。そして全員を派出所に連れて行きました。国保の警官は、私の家に来て家財を没収しましたが、その時、家には、私の息子1人だけが居ました。1人の警官が、テーブルに置いてある私の携帯と電話帳を見つけ、片付けるように息子に目配せしたそうです。家財を没収した後、彼らは去って行きました。

 暫くすると、息子に私の携帯と電話帳を片付けるように目配せしたその警官は、何かを忘れたと言って、また戻ってきました。

 警官は我が家に入って直ぐ息子に「地域の経典と資料は、すべてあなたの母親がどこかで手に入れ、どこかに送ったのです。誰かがあなたの母親を裏切ったのです。あなたの母親がどこへ行ったか、辿ったルートを私達はすべて知っています」と話しました。

 その夜、私は正念のお陰で派出所から出て、友人の家に泊まり息子と連絡を取りました。

 私が連行された後の経過を息子は全部話してくれ、同じ日に、私は接触のあるすべての同修に素早く知らせました。

 真相を知ったこの警官のお陰で、私たち地域の同修は大きな損失を免れました。私は本当に、この警官が誰か知りたかったのですが、息子も知りませんでした。その警官は真相を理解した人だと私は分かっています。将来、彼に会う機会があれば、私は、必ず大法の真相について、さらに彼に話をしたいと思います。

 「李洪志万歳!」

 私の娘は、派出所の警官です。ある日、私と娘は一緒に買い物に行くため、娘の車に乗り、途中、娘は通りがけに、職場に立ち寄りたいと言い、私を連れて、先に派出所に寄りました。

 彼女は車を職場の駐車場に停めて、中に入りました。私は1人で車の中で待っていました。

 窓は開いていて、外を覗くと、丁度、隣に駐車していた一台の警察車両に乗った24~25歳の若者が私を見ていました。私は微笑んで彼を見ていました。その若い警官は突然手を挙げて、大きな声で「李洪志万歳!」と叫びました。

 私は驚いて、感謝しながら「あなたは、どうして私のことを知りましたか?」と聞くと、彼は車を降りながら「派出所にいる70~80人の警官と協警が、ある警官の母親が法輪功修煉者であることを誰も知らないのと言うのですか?」と言いました。

 私は急いで「あなたの一念はあなたに明るい未来をもたらすでしょう」と言うと、数歩前を歩いていた若い警官は振り返り、合掌して言いました。「有難う御座います!」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/1/31/399601.html)
 
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