文/ 黒龍江省の大法弟子
【明慧日本2020年11月15日】私は1994年7月、ハルビン師範大学芸術学院で1カ月間、書道を教えていました。
8月4日、私の授業がそろそろ終わりになるころ、キャンパス内に他の地方から多くの人が来ているのを見ました。何があるのかと思い、「ここで大きな会議か活動があるのですか?」と彼らに聞くと、「法輪功の気功の講習会があり、参加するためです」と言いました。こんなに多くの人が、そのうえ、他の地方からの人が多いので、この気功は必ず良いに違いないと思い、私も参加しようと思いました。受講場所はハルビン市のアイスホッケー場で、チケットについては、会場へ行って聞くようにと教えてくれました。
翌日、私は早起きして、アイスホッケー場へ行こうと思いましたが、道が分からず、それにチケットがまだあるかどうかも分からないので、やめようという考えが浮かびました。しかし、ある不思議な力が必ずこの講習会に参加させようとしました。定期バスがあると聞き、バスに乗ってアイスホッケー場に着きました。中に入ると、すでに十数人がチケットを買おうと並んでいました。係員が来て、「9時からチケットを販売します。しかし、残りのチケットが少ないので、足りない可能性があります」と言いました。幸いに、私はチケットを買うことができ、私は非常に嬉しくて感動しました。その時、私は法輪功について、まだ何も知りませんでした。
講習会の開始時間は午後6時半でした。大型バスがハルビン師範大学から講習会会場まで送迎し、非常に便利でした。アイスホッケー場に着くと、受講する人がたくさんいて、自分の席を探していました。しかし、皆は会場の秩序を守っていました。私の席は会場の前列で、真正面にちょうど師父の席があり、非常に近くでした。
6時半少し前、師父はステージに上がられました。師父はとても背が高く、白い半袖のワイシャツ姿でした。会場は長い間、熱烈な拍手をして師父を歓迎しました。師父の声は会場全体に響きわたり、非常に大きくてはっきりしていました。会場はすぐに静かになり、講義が始まりました。師父はまず皆に挨拶をされ、自己紹介されました。私はたいへん感動しました。会場には約4、5000人いましたが、誰も話をする人はいませんでした。皆は静かに真剣に師父の話を聞いていました。師父は下書きなしで講義されましたが、非常に威力があり、威信は極めて高く、一般の人々に備わっているものではありません。
翌朝、目が覚めて、まだ目を開けないうちに、目の前が真っ赤になり、眩しくて目を開けることができませんでした。他の人も同じ感じだと思い、聞いてみると私だけでした。
3日目は身体が浄化され、4日目は家に用事があり、欠席し非常に残念でした。5日目、私は遅刻したので、他の人に迷惑をかけないよう、自分の席に行かないで、1階のステージの所に空いている席があり、静かにその席に座りました。
私は師父との縁は深いのですが、悟性は非常に低いのです。会場で師父は「扇子を持っている人は、扇子をしまいましょう」と言われましたが、私は大きい扇子を持っていて、それでもまだ煽いでいました。あの時、私はまだ若く、常人社会で頑張りたいと思い、太極拳や八卦、書道などの趣味も多く、常人社会の中で強い人になろうと、名利に執着し、闘争心もありました。修煉してこれらの執着心を取り除くべきで、修煉に専念し、口も修める必要があり、私は茫然としてしまいました。その時、これらの執着心を一度に取り除くことは容易ではないと思いました。
私の隣のおばさんは天目が開いていて、師父が多くの小法輪を出して、会場が法輪でいっぱいになり、修煉者の体にまるで雪のように降りかかっているのを見ました。私は好奇心が強く、修煉に対して自信がつきました。
師父は皆を立たせ、すべての修煉者に自分自身の病気や親族の病気について考えるように促されました。そして、師父は「私が1、2、3と数え、3になった時、病気は身体から取り除かれ、浄化されます」とおっしゃいました。足踏みした時、私は身体が非常に軽いと感じました。師父は第四式の功法を教えられてから、ステージから降りて会場を一周されました。私の所に来られた時、私の動作が正しくないのをご覧になり、師父についておられる修煉者に、私の動作を訂正するよう指示されました。
会場の外にも恩恵があり、佛光は普く照らし、礼儀は圓明となる
義母と私の娘はいつも一緒に講習会に来ましたが、2人はチケットを買わず、会場に入らないで、ずっと外で私を待っていました。義母は足が痛いので、講習会が終わってから、病院へ行き診てもらうと、医師は大丈夫、どこも悪くないと言いました。義母はなぜ足が自然に治ったのか不思議でなりませんでした。義母は後に、師父が自分の身体も浄化してくださったと知りました。
講習会の最後の日、私は近い距離で師父にお目にかかりたいと思い、先に会場から出て、師父が通られる所で師父を待っていました。師父は背が高くて威厳があり、慈悲なる師父は立掌しながら来られました。師父が私のそばを通られた時、私はたいへん光栄に思いました。
その日から、私は心身ともに浄化され、次元も高くなり、身体も軽くなり、浮き上がるような感じがします。あれから27年が過ぎましたが、あの時の光景はずっと頭の中に残っており、忘れることはありません。