師父は私たちの身辺にいらっしゃる
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文/湖北省の大法弟子 

 【明慧日本2021年2月9日】私は夫と一緒に1995年に大法を修煉し始めた古い大法弟子で、現在、私達は60歳です。25年間の修煉の中、特に1999年に中共による迫害が始まって以来、私はつまずきながらも歩んできました。

 当初は北京に行って法を実証し、その後は資料配布や横断幕をかけるなどを行い、2005年から、大晦日やお正月を含めて、毎日出かけては、面と向かって真相を伝え、三退を勧める中、たくさんのことを体験して来ました。私たちは謹んで師父の教えに従って、三つのことをしっかりと行い、自分をしっかり修め、より多くの衆生を救ってまいります。修煉の道のりにおいて、私たちは時々刻々と師父のご加護の下で修煉しており、向上の一歩一歩に師父の慈悲と苦難が満ち溢れています。

 2020年11月25日午前、いつものように私は同修の夫と一緒に電気自動車に乗って出かけ、面と向かって人々に真相を伝え、三退を勧めました。私たちが5、6人に三退を勧めた後、三叉路に到着し、トンネル橋から降りようとした時、何の兆候もない状況下で、私の左腕、左手、左脚、左足が突然知覚を失いました。私が乗っていた電動自動車も止まりました。一瞬にして私の左半身が垂れ下がり、そもそも電気自動車に座っていたのですが、今は座ることができないばかりか、電気自動車も倒れそうになり、身体が斜めになって今にも地面にぶつかりそうになりました。私は右側の身体で電気自動車が倒れないように支えながら、すぐに師父に助けを求めて「師父、私を救ってください、師父、私を救ってください! 私にはまだ全うできてない使命があります、私はこの類の迫害を認めません」と大声で叫びました。かつ絶えず発正念の口訣を唱え続けました。

 私は身体のバランスを崩さないように努力し、左手と腕を持ち上げて立ち上がろうとしました。夫も私を手伝って立ち上がらせようとしたのですが、私は全身が柔らかい麺のようになっていて、全く力が入らず、身体を持ち上げることができず、一歩も動けず、左手や左腕、左脚と左足に少しの感覚もなく、まるで自分の体ではないかのように感じました。私は右手で左手を掴んで右に引っ張り、夫にも手伝ってもらい、左側の体が地面に倒れないように支え、同時に発正念をし、師父にご加持をお願いしました。

 こうして30分後に、ふと左手に感覚を感じ、少し力が入りました。私は右手で左手を少し上に持ち上げることができるようになりました。そして私は左手も試し、左脚と左足も試しました。すべて動けるようになりました。すべてが元に戻りました。その瞬間、私たち夫婦は感動で涙が溢れ出しました。師父に恩を感じ、大法に恩を感じました。師父、ありがとうございます!  師父、ありがとうございます! 私を救ってくださったのは師父です。師父に対する感謝の気持ちは言葉で言い表せません ......。

 大通りでは車両や人が往来していました。私たちは大通りの真ん中に止まっていましたが、誰も何が起きたのかを知りませんでした。しかし私たちは知っていました。もし師父が面倒をみて下さらなかったら、考えられないような結果になっていただろうと。こうして、師父と大法のご加護と加持の下、私たちは無事に帰宅し、すべてが通常の状態に戻りました。

 師父は「物事の善し悪しは人間の一念によるものであり、その一念の違いによって異なる結果がもたらされることがある」 [1]と説かれました。本当にその通りです。翌日、私たちはいつものように一緒に出かけ、面と向かって人々に真相を伝えて救い、やるべきことをやりました。

 18日後、台所でお昼の準備をしていると、私の身体にはその日と同じような状態が現れました。急に左半身がまたもやいうことをきかなくなり、非常に心地悪くなり、動けなくなってしまいました。私の声を聞いた夫がキッチンにやって来て、私の状態を目にすると、慌てて私を手伝って、キッチンから一番近い部屋に私を支えて行き、座らせました。その部屋に着くと私はもう動けなくなりました。今回の状態は前回よりも深刻なように感じられました。私は心のなかで非常にはっきりと知っていました。今は100%の個人修煉ではなく、法を正す修煉である、これは単純に師父が私のために業を滅してくださっているのではない、師父が私の業を滅してくださる場合、私が三つのことを行なうことに影響せず、この状態は私が三つのことを行なうこと、正常に生活することをも深刻に妨害している、これは旧勢力の邪悪な生命の私に対する迫害だ、私はこれを認めない、受け入れない。私は大声で叫びました。「師父、私を助けてください! 師父、私を助けてください! 私は使命を持っています、このような迫害を許しません」。同時に、自分を迫害する邪悪な生命と要素に向けて絶えず発正念をし続けました。

 当時、息子(同修)も家にいました。息子は危機的状況を見て「まず点滴(病院に行くことを指す)をして、症状が軽くなったら、早く乗り越えられるでしょう」と言いました。私は「この念を動かすな!」と言いました。

 私の辛い様子を見ていた夫も心配そうに「ちょっと横になってみたらどう?」と言ってくれました。私は「横になってはなりません、人間の念を動かしてはいけません、この一念をしっかり制御しなければなりません、私はこの状態のままではいけません、大法に泥を塗ってはなりません」と答えました。私は引き続き師父に助けを求め、発正念を続けました。

 一時間近く経った時、私は突然大便をしたくなり、トイレに行こうとしましたが、一歩も動けませんでした。夫と息子が両側で私を支えて、トイレに行くのを手伝おうとしましたが、私はやはり一歩も動けなくなり、全身がソフトで少しの力も入りませんでした。この状況をみた夫は「便座を買ってくればいいでしょう(私に部屋の中で大小便をしてもらうという意味です)」と言いました。私はすぐ答えました。「買ってはなりません、この念を動かしてはいけません!」

 私がこの言葉を口にした途端、一瞬にして私の手が動くようになり、脚と足を試したら、同じく動かせるようになりました。その後、私は自分で歩いてトイレに行き、完全に正常な状態に戻りました。私たちの家族3人、3人の大法弟子は、再び師父の慈悲と大法の超常さを目にしました。息子が興奮して、夫に「師父が面倒をみて下さらなかったら、もうおしまい(私がダメになることを指す)だったでしょう」と言いました。

 師父は「わたしの法身は何でも知っています。あなたが何を考えているかも全部知っています。そして、わたしの法身は何でもできます。あなたが修煉しなければ、何も面倒を見ませんが、修煉すれば、最後まで助けてくれます。」 [1]本当にその通りです! 師父は私たちの身辺にいらっしゃり、師父は全てをご存知です。

 多くの関と難に直面した時、私たちに大きな能力があるわけではなく、師父が説かれたように、「弟子正念足りれば 師は回天の力有り」 [2]を私は深く体得しました。全ては師父が行なっておられ、私達自身はただ師父と大法に対する堅い信念と揺ぎ無い正念を以って乗り越えて来ただけです。

 翌日、私たち夫婦はいつものように出かけて、面と向かって真相を伝え、人を救いました。

 師父の説かれたとおり「私は李洪志の弟子であり、他の按排は要らない、認めないと思えば、それらは恐れ怯えて手を下すことはできず、何でも解決することができます。あなたが本当にこれをやり遂げることができれば、口先で言うだけではなく、行動においてこれをやり遂げることが出来れば、師父は必ずあなたを支持します」 [3]でした。私を造り直してくださったのは慈悲深い師父であり、師父は無限の法力で私に新しい生命を与えてくださいました。

 同時に「私はなぜ妨害されたのか?」と内に向けて探しました。私はずっと三つのことを頑張ってやって来ましたが、この数年間、世の中の子や孫に対する情があまりにも重く、表面的には誰にも自分の運命があると知っていましたが、心の中ではずっとそれを手放すことができず、人心で物事を見ていましたので、旧勢力に隙に乗じられました。この教訓も深刻なものです。

 師父は「親族の情に執着するならば、必ずそのために疲れ、まとわり付かれ、魔がさし、情の糸をつかんで一生をかき乱されるのですが、年を取って、悔いてももう遅いのです」 [4]と説かれました。師父の済度に対して弟子は感極まります。師父の済度の恩に報いるために、ただ精進に精進を重ね、師父が法を正すことを助けて、三つのことをしっかり行なうしかありません。

 残り少ない最後の時間に、私はさらに自分をしっかり修め、人心を取り除き、多くの人を救い、「口先で言うだけではなく、行動においてこれをやり遂げ」 [3]、純粋な心をもって円満成就し、師父と一緒に帰りたいのです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「師徒の恩 」
 [3] 李洪志師父の著作:『二〇〇三年元宵節での説法』
 [4] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「修める者の忌」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2020/12/28/417001.html)
 
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