集団煉功に参加したあとの多くの恩恵
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文/海外の大法弟子

 【明慧日本2021年6月13日】私は最近、法輪大法を修煉し始めた学習者で、ここ数年学法は緩んでいないと自分では思っていますが、煉功はむしろずっと精進できず、いつも三日出漁すれば二日網を干すという感じで、ある時は早く起きて坐禅を組み終え、少し休もうと横になることが多く、続けて動功を煉らないため、夜仕事から帰るといつも体が重いと感じました。このように先延ばしをして、毎日五式の功法を全て煉るのを保証できず、常に自責の念に駆られました。もし2、3日も煉功しないと身体の芯から冷えてくるのを感じ、身体は冷えて重くなり、仕事のやる気が出ませんでした。

 2019年海外に来てから、何人かの同修に接し、彼女たちは交流中に毎朝、みな決められた公園に行って集団煉功をし、既に数年間堅持していると言っていました。私は心から感服し、酷暑や厳冬にかかわらず、彼女たちがいつもこのように煉功して、毎日堅持している事を少し不思議に感じました。同時に、私はこのように良い集団煉功の環境があるのをとても羨ましく感じ、いつか私も参加できるようになればいいなと思いましたが、住んでいる所がこの公園からはあまりにも遠いので、参加できませんでした。

 数カ月後、私は集団煉功に参加する機会ができ、毎朝4時過ぎから皆と集まって一緒に煉功し、その後集団学法しました。始めたばかりの数日間、私はやはり怠惰で、外はまだ暗い3時過ぎに起きて家を出るのは、私にとってとても難しく、参加するときもあれば、参加しないときもありました。そして、始めたばかりの数日は集団煉功をした後、いつもとてもだるく感じ、眠くてたまらず、昼間も元気がありませんでした。

 師父は次のようにおっしゃいました。「皆さんは考えたことがあるのでしょうか? 修煉は最も良い休みです。あなたが睡眠で得られない休息を得ることができます。煉功して疲れて、今日何もできないと言っている人はいません」[1]。私はこれは自分の観念によるものであると気づき、いつも睡眠が少ないと、必ず眠いと思っていました。意識してから、心を正しくし、正しくない観念を放棄し、今は以前より随分良くなり、例え前日の夜に用事があって11、12時に寝たとしても、朝3時ちょっと過ぎに起きることもできるようになり、本当に眠いときには冷たい水で顔を洗えば直ぐに目が醒めました。

 朝、五式の功法を煉り終え、そして法を1講学び終えるので、1日がとても充実していると感じられます。師父は次のようにおっしゃいました。「もし、本当に煉功者として家で修煉し、着実に修めていれば、外で修煉することに劣ることはありません。しかし、人間は往々にして惰性があります。これはあなたが認めたくなくても否定できないことです。あなたの考えはまだそこまで昇華していないからです。集団で煉功する環境から離れれば、あなたを促す要素がなくなり、修煉するようあなたを促す外的な条件もなくなります。例えば、坐禅する時、みんな痛くてたまりませんが、誰も足を崩さないので、あなたも先に崩したくはないでしょう。これであなたの煉功時間を延ばしてくれます。各方面においてこのようにあなたを促す環境があります。この環境から離れると、自分でうまく制御できず、あなたを促す外的な要因がなければ、自分を緩めてしまい、精進できなくなります。修めてはいますが、進歩はかなり遅くなります。こういった関係です。もし本当に自分で制御することができれば、どこで修煉しても同じですが、自分を制御できないのが問題です。私は自分で制御できると言う人はいます。しかし、一部の人にはそれができると私は信じていますが、一部の人については信用できません。なぜなら、あなたがまだその次元を突破していないと私にはっきり分かっているからです」[2]

 最近、第五式の功法を煉る時、毎日いつも自分の他の空間での身体に変化が生じるのが見え、坐禅をしていると、ある時はある空間にいる自分の身体がとても厳重に縛られており、ある空間の身体の外側はとても汚いもので囲まれているのが見え、坐禅を通じて業を消し、全部解脱でき、浄化され、同時に高エネルギー物質で満たされていきました。そして脚が痛ければ痛いほど、業を消すのも更に速く、他の空間の身体の変化はもっと速く、明らかでした。以前、坐禅を組む時はとても痛くて長時間堅持できず、すぐ脚を崩しましたが、集団煉功の時は、みなとても穏やかに座っているのを見て、自分が脚を崩すのが恥ずかしくなり、やはり歯を食い縛って煉り終えるまで堅持しました。

 今、毎日坐禅ができるので、坐禅中に身体は無意識のうちに真っ直ぐになり、引っ張られるように上に伸び、脊骨全体がとても真っ直ぐになります。自分が意識的にしようとしたのではなく、それを動かすエネルギーと機制(仕組み)との連動によって形成されたと感じました。以前、私は第二功法を1時間煉るのがとても辛く感じ、腕が重くて辛くなるとすぐに下ろしていました。またある時は腕を上げていますが、頭は知らぬ間に下がってしまい、腰も曲がっていました。しかし、集団煉功の時は皆がとても真っ直ぐに立っている姿を見て、特に頭上で法輪を抱える時、腕はずっと固定した姿勢を保ち、私もとても大きな励ましを得て、今では歯を食い縛って1時間頑張れるようにもなりました。

 そして、1つの大きい変化は正に、発正念をする時打ち出した功能が益々強くなるのを感じ、そこで立掌した途端に、各種の法器、功能がすぐ現れ、能力も更に大きく、邪悪は往々に広い範囲ごとに消滅されました。以前自分が煉功において精進していない時でも、やはり強大な威力を発することができましたが、比べて見ると、現在のエネルギーが更に強いです。また今そこに座ったら、心がすみやかに落ち着くことさえできれば、これらの功能はすぐ全部出てきました。これは全部師父が与えられた能力で、大法の威力で、自分の身体に現れただけで、師を助け法を正し、邪悪を解体するのに使います。

 以前、私は煉功の練習が負担であると思いましたが、この時期に集団煉功に参加したことを通じて、私はとても効果があったと感じ、そして更に積極的に土、日の公園での集団煉功に参加できるようになりました。

 師父は次のようにおっしゃいました。「集団で法を勉強し、集団で煉功することは私が皆さんに残したものです。迫害が極めて厳しい場合を除けば、中国大陸以外の他の地区はみな、このようにすべきです。これに従わない理由はありません。これは未来の人が法を得て修煉する問題に関わっています。ですから、集団で煉功し法を勉強することはなくてはいけないことです」[3]

 皆、誰もが集団煉功に参加でき、特に疫病の流行した後は、再び集団煉功の環境を作ることを願っています。

 以上は、私個人の少しの体得を述べたもので、次元に限りがあるので、妥当でないところは、同修の慈悲なるご叱正をお願いします。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『北米第一回法会での説法』
 [2] 李洪志師父の著作:『長春輔導員法会での説法』
 [3] 李洪志師父の経文:『二〇一六年ニューヨーク法会での説法』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/6/6/426663.html)
 
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