「卍」符の根源とたとえ話(三)
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文/明史

 【明慧日本2021年7月12日】(前号より続く)

 世の中の救いへの実証

 「卍」符は、特定の宗教が持つ意義を越え、普遍的な救いの意味があります。

 「卍」符の現れは、天から賜った印のように、人々が敬意をもって、吉祥や神聖な印と見なした時、人々の心も浄化されます。

 ホピの預言である、佛教の「卍」符に対する解釈では、「卍」符は究極的な象徴であり、常に道徳と精神性に関わる人類の良き運命を指し示すものであることを意味しています。

 先史文化が存在していたことが確かであれば、人類が大災難に遭遇して生まれ変わるたびに、一部の先史文化の痕跡が発見されることになり「卍」符は間違いなくその代表的なシンボルなのです。

 世の中の人々が異なる時期、異なる状況の元で、慈悲なる創世主は人類に何らかの接点を持たせるため、宇宙への深い神への憧れを心に抱くことが出来るように、決して消えることの無い神の刻印を残したのでしょうか。

 異なる宗教の中に、はっきりとした記述があります。それは、人類の道徳基準がもう救いようがないというところまできた時、創世主は戻ってきて、苦難の中の衆生を救い済度することです。

 佛教の経文や、『聖書』などには、人類の最後の時に、創世主が世に降りて衆生を救い済度すると述べられています。佛教の経文には、末法時期に未来佛の弥勒(ミロク)がこの世に降りてきて、すべての衆生を救い済度するという記述があります。『聖書』では人類が最後になった時、メシアが衆生を救い済度するため、この世に降りてくると書かれています。

 では、東洋文化と西洋文化で説かれる創世主について、異なる文明体系の異なる信仰なのか、或いは何か関連性があるのでしょうか?

 今は亡き有名な国学の大家で、佛学者、翻訳者の季羨林氏と、彼の学生である銭文忠教授の、重要な貢献の一つは、佛家とキリスト教のつながりを見つけたことです。それは、佛家の未来佛弥勒とキリスト教の救世主メシアは同じ人であるということです。

 銭文忠教授の考証により、紀元前1000年頃、西南アジア、北アフリカ、小アジア、メソポタミア、またエジプトを含む広い地域で、未来の救世主が信じられていました。キリスト教のメシアは救世主の信仰の代表でした。この信仰は『旧約聖書』の中にあります。インドの弥勒信仰は、学術界ですでに認められており、世界的なメシア信仰と密接に関係し、互い影響し合っており、弥勒への信仰はメシアへの信仰の一つです。簡単に言えば、弥勒は未来佛であり、未来の救世主でインドに根源があります。そして、全世界あるいは古代に根源があり、当時の一般的なメシア信仰の一部でもありました。

 中国語の「弥勒」という言葉はどこから出て来たのでしょうか? 実はこの中に人類文明の大きな謎が隠されています。

 『季羨林文集』の第12卷に収録されている「マイトレーヤと弥勒」の考証によると、早期の佛経の原典では「胡文:フー・ベン」で、つまり、中央アジアと古代新疆ウイグル自治区の言語文字で書かれており、インドの梵語ではありませんでした。なので、「弥勒」という言葉は、恐らく新疆のトカラ語の「Metrak」或いは「Maitrak」から直接音訳してきたものです。「弥勒」という言葉は梵語の「maitri」(慈悲なる、慈愛)と関わり、「弥勒」はまた「慈氏」と訳されています。そのため中国の後漢、三国時代に翻訳した多くの佛経資料の中には「弥勒」と「慈氏」が同時に現れました。

 西洋の「メシア」について、英語翻訳「Messiah」はヘブライ語「Masiah」(時々「mashiach」)から音訳してきたのです。「弥勒」は梵語に訳すと、「Maitreya」です。梵語の「Maitreya」とヘブライ語「Masiah」の発音が近いのです。実は、トカラ語から伝えられて来た「弥勒」はヘブライ語の「メシア」であり、同じ言葉で、西洋では「メシア」と呼び、我々は「弥勒」と呼びます。このような現象は人類文明の中でしばしば現れます。

 弥勒への信仰は、最初から人類の全文明世界の中でとても優れた文化的結束力があり、佛教の中で、これほど奥深く国際的で文化的な背景を持つ佛や菩薩は、「弥勒」以外見つかりません。

 学者たちは、「弥勒」と「メシア」は同じ根源、同じ意味であることを見つけた時、「卍」符は宗教を越え、国を超え、時空を超えて、普遍的な救い済度の意義を実証することになりました。

 ラプラン寺の天機

 中国甘粛省のラプラン寺はチベット佛教の大本の宗主寺の一つです。ラプラン寺の中の未来佛の弥勒大佛像が半分起き上がり座をはなれようとする姿勢は、世界を救うために法輪を持ち地上に降りて、衆生を救い済度することを意味しています。

 佛経によれば、「弥勒」は「万王の王」であり、末法時期に最高の次元から下に降りる時に使用する佛号です。法輪聖王は、「万王の王」が法界に降りた時の法号(地上でも「法輪聖王」と呼ばれる)です。そのため、釈迦牟尼は弟子に「法輪聖王は弥勒佛」だと教えました。

 慈悲、光明、希望は未来佛の弥勒がもたらしたものです。ラプラン寺のいくつかの佛像は、弥勒佛が世に降りて人を救い済度する人生の謎を明らかにしました。

 ラプラン寺は清の康熙帝の時(1709年)に建てられたゲルク派(黄帽派)の寺院で、ゲルク派六大僧院の一つとされます。ラプラン寺のもともとの名前は長く、意味は「吉祥旋寺」です。

 ラプラン寺を創建したジャムヤン一世とジャムヤン二世は天機に精通している高徳な高僧なので、ラプラン寺の佛像も天機を隠しています。特に寺にある二つの弥勒大佛の像は意義が奥深いのです。

 お寺の大経堂近くにある西側の奥の院の中に、祭られている弥勒大佛は、両手を胸の前に置いて合掌し、屈んだ姿勢から立ち上がろうという姿の金剛像です。ガイドは観光客に弥勒大佛像の手印を紹介する時「これは弥勒大佛が世間に向け法輪を回しています。立ち上がろうという姿は弥勒大佛が法輪を持って人間界に降りて世の人々を救い済度することを意味しています」と説明しました。ラプラン寺のそもそもの名前はザッキ寺(吉祥旋寺)で、その意味は法輪を回して、吉祥を現わすということです。

 大金瓦堂の中央に祀られている弥勒大佛は、ジャムヤン二世が200年前にネパールの工匠に依頼して鋳造させた10メートルの鎏金青銅像です。弥勒大佛像の前に釈迦牟尼佛の小さい銅像が置いてあります。供用壇には、大小、高低の二つの佛像が同時に置かれ、非常に珍しいものです。

'拉卜楞寺的弥勒佛像正前下方安放着一尊释迦牟尼佛的小铜像(大纪元)'

弥勒大佛像の前に釈迦牟尼佛の小さい銅像が配置されている

 ガイドのラマ僧は観光客に「手前は釈迦牟尼佛と弟子の小さな佛像です。後ろは、法輪を持っている弥勒大佛です。彼は宇宙の中で、神通力が最も大きく強力な能力を持っている如来です。彼は法輪を持って宇宙のすべての衆生を救い済度します。かれは宇宙で唯一衆生を救い済度する佛です」と言いました。この弥勒大佛像は、弥勒佛(法輪聖王)の次元の高さ、法力の大きさを強調し、また全人類を救い済度する広大な慈悲を、その佛像と釈迦牟尼佛像の大きさの比較を通して、十分に反映しました。ラプラン寺では、釈迦牟尼佛を祀っているお堂を「小金瓦堂」と呼び、弥勒佛を祀っているお堂を「大金瓦堂」と呼んでいます。

 人間の中の神

 『新約聖書』と『旧約聖書』は、人類の最後の時に救世主のメシアが来ることを預言しました。宗教の伝説によると、救世主メシアが地上に降りる前、その前兆の一つはイスラエルの建国です。イスラエルが建国された後にメシアが現れると預言しました。

 第二世界大戦が終わって、ユダヤ人は数千年の離散を経て、世界各国の注目の下で建国されました。1948年5月13日、エルサレム独立宣言を発表し、「ユダヤ人国家『イスラエル』の建国」と宣言しました。西洋社会の主流は、キリスト教、カトリックですが、イスラエルはユダヤ教です。しかし、イスラエルの建国が神の再臨の条件の一つなので、ユダヤ人がイスラエルをコントロールすることは、非常に大事だと、西洋社会では普遍的に思われています。そのため半世紀以上にわたり、西洋の主流社会はイスラエルの建国を応援しています。これは歴史上の宗教の争いを完全に放棄しています。

 東方でも未来佛弥勒(法輪聖王)が世間に降りる重大な情報が記録されている『慧琳音義』には、「優曇華(うどんげ)は、サンスクリット語からの略訳で、全名は烏曇跋羅(優曇婆羅)で、瑞祥霊異の意味である。この花は、天上の花であり人間世界には存在しない。もし、如来佛がこの世に下り、金輪王がこの世に現れれば、その偉大な福徳力によって、はじめてこの世にこの花が見られる」と記載されています。

 佛経の『無量壽経』には、「優曇婆羅花は瑞祥の兆」と記載されています。また『法華文句』には「優曇華は、霊瑞の意を示し、三千年に一度現れ、その花が現れたときに、金輪王(轉輪聖王)がこの世に現れる」と記載されています。

年,韩国媒体首次报导清溪寺出现优昙婆罗花(明慧网)'

韓国全羅南道の順天市須弥山禅院の佛像に咲いた優曇華

 1997年、韓国のメィデアは初めて「清渓寺に優曇婆羅花(うどんはらげ)が現れた」ことを報道したあと、韓国の各メィデアはまた続々と多くの所に優曇婆羅花が現れたことを報道しました。その後、日本、台湾、タイ、香港、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、米国の各地、カナダ、ヨーロッパ、中国本土の各地に、続々と優曇婆羅花が見つかりました。

 人々は、ネットで写真を検索して、優曇婆羅花の高貴で純潔な姿を見ることが出来ます。優曇婆羅花は根がなく、葉もなく、水も必要とせず、ガラスや、鉄、佛像、木の葉の上、段ボール、プラスチックなどにすべて咲くことができ、ある花は1年を超えてもまだ咲いています。昔の人は見たことがなく、今の植物学者も不思議だと思っています。

 追記

 1992年5月13日、法輪大法は中国長春で、李洪志先生が伝えられ、真・善・忍に基づき、五式の功法があり、一般の人々の中で親しまれています。今まで、法輪功の著作『轉法輪』はすでに40カ国の言語に翻訳され、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オセアニア、アフリカなどの100以上の国と地域に伝わっています。法輪大法の普及を記念するため、「5月13日」は「世界法輪大法デー」と定められました。20年間、この日は、世界各地の法輪功学習者(以下、学習者)が人々に法輪功の素晴らしさを実証し「真・善・忍」の福報を広めています。

 2019年5月18日、約5000人の世界各地の学習者は、アメリカ・ニューヨークのガバナーズ島で人文字のパフォーマンスを行いました。巨大な法輪図形と「真善忍」の人文字が並び、法輪図形の真ん中の大きな「卍」符は正しく荘厳でした。その場面に多くの人々は、「青い空、黄色い服、緑の芝生、背景にはニューヨークの高層ビル群の中で際立ち、この上なく美しい」と称賛しました。

'美国纽约五千名法轮功学员排巨型法轮图形(明慧网)'

ガバナーズ島で5000人の学習者による法輪図形と「真善忍」の人文字

 (完)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/5/12/424397.html)
 
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