【720評論】かつて無敵だった610弁公室は秋のバッタになった
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 【明慧日本2021年7月24日】

 22年前、中国の文化大革命時期の「文革小組」とナチスドイツのゲシュタポ機関に似た組織である「610弁公室」が設立された。

 無敵とうぬぼれていた「中央文革小組」がのさばったのはわずか10年に過ぎない。ゲシュタポ(政治警察)も、第二次世界大戦中に密かに逮捕し殺したのは12年に過ぎない。しかし「610弁公室」は善良な法輪功学習者(以下、学習者)を迫害してすでに22年になるが、現在もなお続いている。

 文革中、「中央文革小組」のわずかな中核的人物を除いて、省、市、県に常設組織はなく、誰が何をするのかはその場で決めていた。1939年のドイツのゲシュタポは、わずか7500人だった。「610弁公室」は中国の各都市、県、郷、村、機関学校における正式雇用は少なくとも1万5000人以上で、その経費は公費から支給されている。

 なぜ「610弁公室」を設立したのか

 1992年、李洪志先生が長春で正式に法輪大法を伝え始められた。「真・善・忍」を原則として、五式の穏やかな功法があり、病気を取り除き健康を増進させ、道徳水準が顕著に高まり、1999年までに、すでに1億人近くが法輪功を学んでいた。

 国内、政界、学界が次々と法輪功に注目し、さらには軍隊にも法輪功を修煉する人が少なくなかった。1998年、喬石氏が率いる全国人民代表大会の一部の退職幹部は、法輪功に対して詳細に調査し、「法輪功は国と人民にとって有益であり、一切の害なし」という結論を出した。また江沢民が率いる政治局に調査報告書を提出したが、これは大いに江沢民を畏怖(いふ)させた。1989年6月4日に学生を弾圧して権力を握った江沢民は倫理と能力がなく、大勢の人を心服させることが難しく、喬石氏や元老幹部たちに対してずっと心にわだかまりを持っていた。

 1999年夏、江沢民は、法輪功が広く民衆から歓迎されていることを心の中で嫉妬していた。中共大佐で、軍事学院出版社元社長の辛子陵(しん しりょう)氏はかつて、「江沢民は法輪功弾圧を決定することを通して自身の権威を確立しようとしていた」と明かしている。法輪功の弾圧は政治局常務委員会を通過できないので、江沢民は別の「610不法組織」を設立した。人民代表大会で立法されず、国務院も通していなかった。

 1999年6月10日、全ての法律と権力を握る「610弁公室」が設立された。法輪功への制圧、迫害を専門とし、思いのままに党、政府、武装警察らの資源をコントロールし、政府機関に法輪功迫害への協力を強制できた。「天安門焼身自殺事件」、「傅怡彬の京城殺人事件」を法輪功が行ったとデマを流したが、「610弁公室」が直接操作していたのである。

 「610弁公室」は徹底的に司法を破壊した

 2000年末頃、江沢民はまた会議で「610弁公室」の運営効果が良くないので、公安庁、各地公安局が直接「610弁公室」を設立するように提起した。それから、政法委員会の各体系に「610弁公室」が設立され、公安が兼任する「610弁公室」が大量に出現し、一級レベルの省と市の政法委員会書記や副書記が「610弁公室」のリーダーを兼任し、政法委員会の書記が法曹機関を管理した。

 どんな国家でも、それぞれがそれぞれの仕事を役割分担していて、1999年以前の中共も互いに各分担があった。しかし「610弁公室」が出現してから、徹底的にこの規則を破壊した。党委員会システムを通じて「610弁公室」は中国の隅々まで触手を伸ばすことが出来た。

 「610弁公室」は学習者に連帯責任として「1人でも修煉する者がいれば、全家族に連帯責任を負わせられる」とし、社会的に憎悪を起こさせ、進学、就職、社会福利などの手段で一般市民を誘惑し、反法輪功の宣伝資料に署名させた。

 「610弁公室」はなぜ露呈したのか

 絶対的な権力が膨れ上がり、制限のない権勢はヒ素のように人を破滅へ向かわせる毒薬である。

 学習者は、「610弁公室」に不当逮捕されれば、その案件が検察院、裁判所に入る前に必ず「610弁公室」を通して罪名と刑期が制定され、それから起訴、裁判になる。先に罪が確定し、後から証拠探しとなる。

 上が真っすぐでなければ、下も歪む。「610弁公室」は無法の限りを尽くし、病毒と同じように中共体制内で蔓延し、人間の悪の一面を燃え立たせ、中共各階級の官僚は中央政府の権力濫用行為を見習い、公安局、検察庁、裁判所の力を利用して土地を強制占拠し、公然と各種資源を占領し、悪質な事件が急速に拡大していった。

 関連部門の統計によると、1993年の中国で発生した「群体性事件」(集団による騒乱、集団示威行動)は約8700件、1994年では約1万件、2003年には6万件に達し、2005年には8万件に上昇し、2006年に9万件を超えた。『華爾街日報』の引用によると、清華大学の孫立平教授の推定によると、2010年の中国では18万件もの抗議行動や暴動などの集団事件が発生していたという。

 誰も「610弁公室」をコントロール出来ず、一時的にのさばり、中共の全ての司法システムを叩きつぶしたのである。

 この状況下で、秘密組織「610弁公室」の蓋が開いた。2013年、最初の失脚は、「天安門焼身自殺事件」に参与した李東生で、「中央610弁公室主任」の肩書が初めて明らかになり、それから、「610弁公室」の「独立王国」がまるでドミノのように、一枚一枚と倒れて行った。

 周永康が逮捕され、中共第18回全国代表大会で「汚職犯検挙」が始まり、政界と法曹界は「調査」と「トラブル」の焦点となり、不完全な統計によると、2013年1月から2017年9月まで、少なくとも81人の官僚が自殺し、その中には多数の政界、法曹界の高官がいた。

 「610弁公室」の悪の報いが始まる

 いわゆる「多数の不正行為は必ず自滅する」のである。最近の、政法委員会、公安システムに対する「20年を逆算」して「ふるいにかける」運動で、公安幹部と警察(公安、検察、法曹の警官も含む)は現在すでに7万2000人以上が処分されている。

 「頭上三尺に神あり」ということわざがある。中共は無神論で知られるが、しかし多くの官僚が密かに「高僧」を探し求め、自分の出世の道を計算し、神佛を求め拝む者はたくさんいたのである。中共は神佛を信仰する学習者を迫害したが、具体的に迫害に参与した者は絶えず応報に遭い、中共の官僚たちは個人的に恐れているに違いない。

 「610弁公室」は依然として存在し、法輪功迫害もまだ続いているが、政界、法曹界の官僚、「610弁公室」の執行者がほとんど精算されたことで、はっきりとして来た。それはつまり、中共の江沢民集団による法輪功迫害の継続が不可能となり、末路に来たのである。これは「真・善・忍」を迫害した自業自得の結末であり、神の意思の現れでもある。

 結び「610弁公室」は秋を過ぎたバッタである

 2021年5月13日「世界法輪大法デー」の前日、ブリンケン米国務長官が、四川省成都市の「610弁公室」の元主任・余輝の制裁を宣言した。中共による法輪功迫害22年で初めて、米国が「610弁公室」の官僚を公に名指しで制裁宣言したのである。

 2021年、38カ国の学習者は主に明慧ネットに掲載されている9300人の中共「610弁公室」の人員名簿を自国政府に提出した。各国政府に、法律に基づいて、悪人及びその家族に制裁、入国禁止、資産凍結を行うことを要求した。

 中共は国際からの圧力に迫られ、政界、法曹界の「610弁公室」を整理し始めた。同時に、20年以上にわたり、中共が大勢の善良な学習者を残酷に迫害してきたことは、決して政界、法曹界と「610弁公室」の官僚の罪だけではない。22年前、中共が法輪功迫害に着手した一刻から、自身の滅亡が定められたのである。

 さらに多くの中国の学習者が「610弁公室」の人員に関する情報収集に参加することを歓迎する。以下を含むが、これらに限定されない。「姓名、職位、性别、年齢、所在する省市地区、所在する職位の名称、悪行実例、自宅住所、警号、職場の電話番号」を明慧編集部に提出してほしい。これらの『610弁公室』の人員の情况は明慧の悪人名簿に掲載されるだけでなく、各国政府と関連機関にも提供される。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/7/19/427679.html)
 
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