理解できないことは、すべて自分の修煉に関係している
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2021年10月5日】私が専門学校に通っていた頃、とても親しい同級生がいて、その人はとても純粋でした。入学したばかりの頃、出会ってすぐに縁を感じ仲良くなりました。当時、学校は私の家からは遠く、彼女の家からは近かったので、よく彼女の家に遊びに行ったり、泊まったりしていました。 夜中まで話し込んで、眠くなったら寝るということもよくありました。丸3年、とても深い絆で結ばれました。

 その数年後、私たちは同じ会社の同じチームで働いていました。 私は心の底から、何十人もいるチームの中で、いつも彼女を一番身近に感じていました。さらに数年後、私は大法の修煉に戻りました(1999年春に法を受け、共産党が迫害を開始した後、様々な執着のために6、7年の間、大法の修煉を断念しました)。そして 彼女と彼女の夫の両方に中国共産党の組織から脱退の手続きをしました。

 しかし、次第に彼女は私に対して失礼な態度をとるようになり、それまでの暗黙の了解や親しみがなくなっていきました。誰かと話して笑っていても、振り返り私に向かうと口調が変わり、焦っていたり、時には怒っていたりすることもありました。

 私は彼女を長年知っていますが、彼女は目立ちたがり屋ではなく、誰に対しても常に謙虚で、人の悪口を言ったり、人と衝突したりすることがほとんどない、今の社会では珍しい人です。

 しかし、彼女の行動には本当に困惑しています。 私はいつも彼女にとても親切にしてきました。 しかし、チームの中でも、彼女は私のことが気になって仕方がないようで、私はそれがとても苦痛でした。 私は「もっと優しくしよう」と思い、丁寧に話しかけましたが、効果はありませんでした。

 長い長い時間を経て、ある日突然、修煉という観点から見てみようと思い出したのです。 なぜ彼女に一番親近感を持っているのかを自問自答しました。なぜなら、私たちは最高のクラスメートだったからです。 私は自分の行動をもう一度思い出してみました。ランチにどんなおいしい食べ物を持ってきても、誰のためであっても、まず彼女に一口食べてもらいます。

 私は同級生の情にこだわりすぎていたのではないか?  最終的には、修煉者は人間界のすべてを手放さなければなりません。そこで、この同級生の情を手放そうと思った瞬間、私の心はとても軽くなりました 3日連続で、持ってきたお弁当もあげませんでした。

 数日後、彼女は急に別人のようになり、学校で私に接していた時よりも尊敬の念を持って話しかけてきました。少し驚いたものの、私の心はすぐに落ち着き、彼女がどのように私を扱うかは気にならなくなり、心を駆り立てられることもなくなりました。最近の彼女の行動は、確かに私が同級生に対しての情を取り除くためだったのだとようやく理解できました。

 修煉者として出会う不可解なことは、すべて自分の修煉に関係しています。 修煉の観点から考え、内に向かって探し、心や執着を取り除いてこそ、問題の根本にたどり着くことができるのです。

 個人的な経験なので適当でない所があれば、同修のご指摘をお願い致します。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/9/21/431525.html)
 
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