文/中国黒竜江省の大法弟子
【明慧日本2021年11月16日】明慧ネットで学法に関する交流文章をよく読んでいて、大いに啓発されました。そして、私の最近の学法に関する体験を書き記して、同修と交流したいと思います。
私は1996年に法を得た古い弟子であり、学法の重要性をよく理解しています。長期にわたって学法するにあたり、毎日大法の書籍を読み、毎日法を勉強していますが、ゆっくりと無意識のうちに機械的な学習になってしまい、任務を全うするような形式に留まって、学法の最高状態に達することができず、法の内涵も見えなくなりました。
しっかり法を学ぶために、私も様々な方法を試してみました。例えば黙読、朗読、速読、写経、法を暗記する、大量に学ぶなどを試してみましたが、いつも法が心に入らず、効果はあまり良くありませんでした。真に修める大法弟子として法を学んでいても、法が得られないこと以上の関や難はありません。
数日前のある朝、学法する前に私は心の状態を調整し、真心で尊敬と感謝の気持ちを込めて『轉法輪』を手に取りました。読むスピードや量を求めず、人心を捨て去り、私は集中して、穏やかな心で一字一句をゆっくりと読み、黙読したり、声に出して読んだりして、心身ともに法に溶け込みました。そして、妨害されたら再読しました。
こうして主元神(真の自我)が主導となり、一字一句丁寧に読むと法が心に染み入りました。大法の法理は、水が細く流れるように私の心に流れ込んで来ました。時には一段落の法を読むと、新たな意味と認識が現れ、また小さな悟りがありました。
『轉法輪』を1講を読み終えると、私は心身ともに喜びを感じ、片時も手放したくなくなりました。時計を見ると3時間が過ぎていました。以前ならば、同じ時間で私は2、3講は学んだはずです。
今回学法状態を突破したことで、大きな衝撃を受けました。どうしてここ数年、大法を大切にしなかったのか! 師父の慈悲なる苦度に申し訳が立ちません! 誠実で謙虚な心で真剣に学ばなければ、どうやって大法を学んで、大法を理解することができるのでしょうか!
私が学法時に体得した法の内涵について、いくつかの例を挙げます。
『轉法輪』第一講を学ぶ中、大法は私の神性を深く啓示してくださいました。人生の目的は返本帰真であり、宇宙天体、全ての物質、生命の本源を分からせてくださり、無神論と進化論を突破し、私の佛性と神(大法)とを繋げてくださいました。そして、先天の記憶を呼び起こし、大法を修煉する意味を教えてくださいました。
師父は「人類は固有の古い観念により、ある種のやり方、考え方を形作ってしまうと、新たな認識を受け入れることが難しくなります。真理が現れても、それを受け入れる勇気がなく、本能的に排斥したりします」[1] と説かれました。
私は、なぜ心に入るように法を学ぶことが、こんなに大変なのかを悟りました。人間に現れていることしては、様々な考えや雑念に妨害されて、心を静めることができず、集中することができず、ぼんやりすることなどです。この背景にある深い理由として、私たちは旧宇宙から来た生命であり、宇宙の成住壊滅の過程で、生命が法から逸脱するにつれて、生じた変異や腐敗の要因が大法に正されることを望まないので、本能的に真理に対する排斥、抵触、対抗が生じるからです。従って法をしっかり学ぶためには、旧要因の妨害を見分けて排除し、旧宇宙で形成された傲慢や自信過剰などの腐敗した観念を放棄しなければなりません。
師父が説法される時の口調や方法は、私に多くのことを悟らせて下さいました。神はどのように語り表現するのか、押し付けることなく、説教することなく、何かを強調することなく、何かをどうしても変えさせようとせず、神の穏やかさ、寛容さ、慈悲深さ、威厳、諄々とした指導等。私も師父のように話したいと思いました。
学法中、師父は私の心を開いてくださいました。師父は「あなたが真の修煉者であれば我々の法輪が守ってくれます。私は根を宇宙に下ろしているので、あなたを動かせる人がいれば、この私をも動かすことができることになり、はっきり言って、その人はこの宇宙を動かすことができることになります」[1] と語りました。
以前、自分の意識の中では、根を地球に下していると感じていて、細かく考えてもみませんでした。地球と宇宙の概念が曖昧でした。今回分かってきました。師父は「根を宇宙に下ろしている」と教えておられます。宇宙はどれくらい大きいでしょう! 法はとてつもなく大きく、師父の法力は無限大です。心から衝撃を受けました!
大きさの異なる理が悟れるようになり、今では毎日法を学ぶと自分に照らし合わせて、不足を見つけることができ、学べば学ぶほど法が学びたくなります。私は心を静めて学法すること、真心で学法する素晴らしさを体験しました。この間、私は子供のように天真で小躍りしており、安逸心が少なくなり、懈怠がなくなり、修煉初期の状態を取り戻しました。
生命が法を得た喜びは言葉で表現できません。さらに生命の尊さを知り、師父の教えをもっと大切にして、三つのことをしっかりと行い、多くの衆生を救い済度したいと思います。
最後に敬意を持って師父の法を記録し、同修と互いに励み合いたいと思います。師父は「その博大で奥深い内涵は、修煉者だけが真に修める異なる次元の中で体験して悟ることができ、目の前に現れてくるもので、そうして初めて真に法とは何かが分かるのです」[2] と語りました。
以上は、私の今の次元での浅はかな認識です。至らないところがあればご指摘ください。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
[2] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「博大」