二言三言:発正念のとき立掌が倒れる問題について
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文/中国雲南省の大法弟子

  【明慧日本2022年6月27日】長い間、一部の年配の同修は、発正念をすると立掌した手がすぐ倒れたり、蓮花のような掌が合掌状態になったり、中には居眠りしてしまう同修がいます。同修に注意されると「掌は倒れていない」と言ったり、様々な口実で弁解しました。

 師父は、「大法弟子は圓満成就に向かっていくために、三つのことをしっかり行うべきであり、そうではありませんか? 正念を発することはその中の一つで、これほど重要なことなのに、なぜしっかり行わないのでしょうか?! なぜ、たいしたことではないとして、重視しないのでしょうか? すでにこれほど重要だとわかっていて、しかも三つのことの中の一つなのに、しっかり行なわないで、どうしますか?[1]と説かれました。

 発正念は、大法弟子が行うべき三つのことの一つです。私もある時発正念をしていると、家族の同修に注意されたことがあります。内に向けて探して発正念の姿勢を正しました。私の感想は以下の通りです。

 一、主意識がはっきりしていること 

 発正念するとき、立掌が倒れた主な原因は、主意識が強くなく、自分自身のよくないものや外来の邪悪に妨害されたからだと思います。ですから発正念をするときは自分が乱神、卑しい鬼、中共悪党の邪霊と戦うことであり、自分の空間にある邪悪を片付けていないと、彼らはあなた自身を妨害するだけではなく、他の人も妨害されることになると理解すべきです。

 二、常人の「老齢化」の観念を否定する

 旧勢力は師父の正法を妨害しているのですから、高齢の大法弟子には「老化現象」(静寂の中では眠くなりやすい)が見られるようになります。師父は旧勢力の按排を認めておられないので、高齢の大法弟子もこのような旧勢力の妨害を認めてはいけません。人間の観念を取り除き、否定しなければなりません。発正念の時の掌の倒れと眠気を防ぐためには、正念を発するときは目を開けて、はっきりとした状態を保つようにしましょう。

 三、坐禅をするときは、体はまっすぐにすべきである

 足を組んで坐禅するときは、背筋を伸ばして体をまっすぐにし、できれば固いところに坐る方が望ましいです。 便利で快適に坐りたい同修は、ベッドやソファに坐っていることが多いようですが、 柔らかいところに長く坐っていると、背中が崩れやすく、体が前に傾くので、眠気や居眠り、うとうとしやすくなります。 そのため、発正念あるいは坐禅するときの場所選びと姿勢にも気を配ることが重要となります。できるだけ背筋を伸ばし、常に姿勢を正すことによって、主意識をはっきりすることができるのです。

 個人の浅い体験であり、適当ではないところがあれば、同修の慈悲なるご指摘をお願いします。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『ロサンゼルス市法会での説法』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/6/5/444504.html)
 
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