スイスの修煉環境についての体験
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文/海外の大法弟子

 【明慧日本2022年12月30日】法を正す速度は非常に速いので、時間は待ってくれません。スイスの修煉環境で見えた多くの問題点を、自分の理解と合わせて書き留めたいと思いました。まず最初に申し上げておきたいのは、私は新しい修煉者であり、物事のいきさつを知りませんが、ことわざにあるように「おかめはちもく」で第三者から見て客観的に冷静に判断しております。

 師父が我々に「仕事を指示されたら、それをやりたがらず、自分のやりたいことしかやらない人がおり、それぞれ自己中心的に動いていますが、それではいけません。まさにこのこぶしを突き出すように、五本の指は固く握って初めて威力が発揮できます。(こぶしを握るしぐさをする)各指がそれぞれ自分のやりたいことをやっていれば(五本の指を広げ、各指を示して)力が入らず、威力が発揮できません。そうではありませんか? 皆さんは企画を立て、段取りをすべきであり、しっかり協調し、互いに良く協力しあうべきです」 [1]と教えてくださいました。

 スイスのドイツ語圏にいた私は、自然と地元の学法グループのメンバーになったのです。スイスの人々の多くは、互いにかなり離れたところに住んでいますが、公共交通機関が充実しており、料金も安く、A地点からB地点まで1〜2時間で移動することができます。それでも、ドイツ語圏の月2回のグループ学法には、定期的に参加しない人が多いです。別の同修は、煉功をするために公園に来るとき、相乗りで来ます。車がないと来ないのです。私が非常に危険だと思うもう一つのことは、神韻がドイツ語圏に来るときはいつも、協調人の言うことを聞かず、仲たがいをし、人を自分の言うとおりに手なずけていました。

 このことは、師父の言葉を思い出させます。「普通の人なら、それを我慢することができるでしょうか? 「こんなひどい目に遭わされて、耐えられるものでしょうか! やられたら絶対にやり返してやる! 奴に後ろ盾がいるなら、こっちにも後ろ盾がいる。徹底的にやろうぜ」となりかねません。常人の中でこのようにすると、常人からは強い人だと褒められるかも知れません。しかし、煉功者としてはそれは最低だと言わなければなりません。常人と同じように争ったり闘ったりすると、あなたはただの常人になります。もし相手よりも激しく争ったり闘ったりすれば、あなたは相手の常人にも及びません」 [2]

 スイスの特殊な状況により、修煉者は多くありません。この種の不当な干渉は、修煉環境を大きく破壊しています。この論争で誰が正しくて誰が間違っているかは言いたくありません。私を含めて、すべての修煉者は内に向けて、まだ手放していない執着があるかどうかを確認する必要があると思います。

 この特別な時期に、大法弟子はこのような重責を担っており、大法弟子の修煉環境における混乱の多くは、ほとんど外的要因によって引き起こされています。旧勢力は、我々を互いに対立させ、引き離し、私たちの間に歴史的かつ神聖に、築かれた絆を断ち切ろうと躍起になっています。これは悪の中共(中国共産党)の常套手段であります。

 また、修煉が 「脱落」したのではないかと疑われて、疎外された同修もいましたが、やがてそれが誤解であったこともわかりました。幾多の苦闘を経て、痛みを伴う治癒過程を経てきて、私は古傷に触れるつもりはなく、ただこれは普通ではないと思います。

 旧勢力は、その目的を達成するために、スイスで数々の悪巧みをしました。私たち修煉者は「物質と精神は同一のものです」 [2]という法理を理解しています。その事実をさらに説明したいと思います。世界保健機関(WHO)、国連、世界経済フォーラム、世界銀行など、多くのグローバリストの組織は、スイスのどこかに本部を置いています。さらに、無数の汚職官僚がスイスの銀行口座に資金を預けていて、スイスの都市を拠点とするカルト的な団体もあります。大企業は言うまでもないのです。これらすべての干渉源は、旧勢力が押し付けた外的要因であり、自然が雄大で極度に集中した悪の陣営は、スイス全土で開花し、全大陸、さらには全世界を支配しました。

 これは、台湾より少し大きな国であるスイスが、言語別に学法グループを分けていることと関係があるように思います。スイスにはフランス語圏とドイツ語圏がありますが、どちらも学法や法輪功迫害の実態を語る活動などの面ではあまり、あるいは全く接点がありません。世界地図にすると1円玉で覆われるような国スイスは、一握りの修煉者が全体を形成していないのです。

 師父が前に述べられた「握りこぶしと緩めた指の異なる強さ」のことに戻ります。どちらがより強力な効果を生むのでしょうか? 人と人との関わりは非常に複雑で、人それぞれに解釈の仕方があることは理解しています。 みんなが同じように考えるのは無理な話です。

 これが修煉の素晴らしさであり、手放すことを学ぶのです。多くの同修は、地域全体を一体にし、修煉も全体を形成することについて話しています。明慧のウェブサイトにも多くのシェアがあり、同修と強い一体を形成した後、師父が法を正されること手助けし、正念を強め、より多くの悪を排除するのに、役立つ強力な力になることが証明されています。

 多くの人が我々の状況から教訓を得て、私たちスイスの大法弟子が再び一つになることを願っています。

 複雑な状況が多く、至らないところもあるはずです。法に沿っていないことを言っている場合は、ご指摘してください。ただ、修煉者同士の協力は無視できないことだと思っております。

  注:
  [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「二〇〇九年大ニューヨーク国際法会での説法」
  [2] 李洪志師父の著作:『轉法輪

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/12/15/453130.html)
 
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