米国中部法会| 大法のお陰で、自閉症の息子を育てる大変な時期を乗り越えた
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文/米国イリノイ州の大法弟子

 【明慧日本2023年8月26日】

 尊敬なる師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私には深刻な自閉症を患う子供がいます。大法を修煉することで、どのように子育ての困難を乗り越えることができたか、という私の体験談をお話ししたいと思います。

 一、大法に出会う

 2010年秋、38歳の私は双子の息子を出産しました。子どもが生まれて2週間後、私の生活は多くの挑戦に直面し始めました。ある日、息子たちが大泣きして、一日中抱いていなければならず、寝かせようとしても寝てくれません。病院で検査したところ、胃食道逆流症と診断され、これにより食道に焼けるような痛みが生じます。専門医に診てもらい、薬を飲ませても治らず、子供たちにお乳を飲ませることは大変で、飲み終わるとすぐに吐いてしまいます。

 そのため、息子たちの成長課程は5%しか成長していませんでした。1回の授乳が2時間もかかり、1日の授乳時間は6時間以上もかかります。子どもたちの睡眠時間も違って、1人が寝ると、もう1人が目を覚まします。そのため、夜は夫と交代で世話をしましたが、いつも睡眠不足の状態でした。

 息子が10カ月になった頃、ある日、家族写真の撮影をめぐり、姑は私を激しく怒って家を飛び出しました。私の家では姑が支配者する立場で、気に入らないと、どんなに些細なことでもすぐに怒り、いつも私が謝っていました。その日は猛暑で、姑は車の中で座ってエアコンをつけていて、私は車道に立って炎天下の中謝り続け、子供たちは部屋に30分間も放置していました。やっと姑は家に戻りましたが、絶え間なく私を罵っていました。絶望を感じた私は、その瞬間から「静かで穏やか」だけが欲しくなり、それを得る方法を探し始めました。

 悩んでいる時、私の2人の弟が少し前から、法輪大法を修煉している両親と一緒に大法を学んでいると聞きました。そこで、2011年のメーデーの週末に、一番下の弟と母が飛行機で来てくれて、私に煉功の動作を教え、大法の本を渡してくれました。私は煉功をして、『轉法輪』も読んでいましたが、修煉についてはまだよく理解していませんでした。長女と双子の息子の3人の子育てに、仕事や新しい家の建設もあり、私の生活はさらに苦労が多くになりました。2013年2月になると、心身ともに耐えられなくなり、本気で大法を修煉しようと決意しました。それから、私は毎日朝早く起きて学法と煉功をするようになり、大法の本を読むと、心が穏やかになり、大法に対する理解もより深くなりました。仕事や育児で時間が足りない中で、半年をかけて師父のすべての説法を読み終えました。

 二、家庭環境の中で修煉する

 双子が3歳になった頃、次男が自閉症と診断されました。夫と私は自閉症に詳しくありませんでしたが、その後、自閉症について少しずつ知るようになりました。自閉症とは神経発達障害の一種で、患者は社会性と他人とのコミュニケーションに欠陥があり、また騒音、光線、触覚あるいは嗅覚などの対処に影響があり、時には重複行動が現れることもあります。

 睡眠時間の変化や睡眠不足、空腹、便秘などが原因で、次男の行動障害や攻撃的な行動を引き起こすことがよくあります。4歳半頃になると、身体的攻撃行動がひどくなりました。ある時、次男は私の前腕の肉が剥がれ落ちるほど強く噛みました。怒った私は手を上げて平手打ちをしようとしましたが、「他人から殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さず」[1] という師父の言葉が頭に浮かび、すぐに手を放しました。すると、噛まれて腫れていた前腕の肉が元に回復しました。

 2017年、6歳半になった息子の身体攻撃はさらにエスカレートしました。彼は毎日のように私を攻撃し、髪の毛を引っ張ったり、私の目を蹴ったり、爪で私の皮膚をこすって破り、それを剥がしたりして私を傷つけました。また、歯を磨いてあげると、頭を私の顔にぶつけたり、指を噛んだり、私が食器洗いをしていると、私の腰に頭をぶつけたりしました。彼は頭の中に騒音があって、彼を苦しませているかのように、よく耳をふさいで大声で泣き出したり、壁に頭をぶつけたりして、家の中は大きな穴だらけで、夫はいつも仕事から帰った後穴を補修していました。

 ある夏、私は次男のサマーキャンプを申し込みました。見送ってから30分後に、サマーキャンプのカウンセラーから電話があり、迎えに来るように言われました。行って見たところ、何人かの子供のシャツが破れていて、体はあざだらけで、サマーキャンプのカウンセラーも傷つけられました。また、ある時、私が次男を床屋さんに連れて行った時、1歳の女の子の頭から2つまみの髪の毛を引っ張りました。泣き声が大きかったことで、彼の攻撃性を引き起こしたのです。

 次男をどこに連れて行っても、彼はトラブルを起こしてしまうので、私たちは学校以外に彼をどこにも連れて行くことができず、家にいるしかありませんでした。私と夫は交代で家で3人の子どもを世話し、仕事をしている間は、義理の両親が子供の面倒を見てくれました。私たちは、休暇はもちろんのこと、買い物やレストランでの食事、長女と長男のイベントへの参加など、一緒に外出することはできませんでした。制限されたライフスタイルは私と夫に大きなストレスを与えましたが、私にとって、幸いなことは、学法することと明慧ネットで同修たちの修煉体験を読むことはとても助けになりました。また、娘が大きくなるにつれ、弟たちの面倒を見てくれて、私たちの多忙なスケジュールが大幅に緩和することができました。

 大法の真・善・忍の原則から、私は次男に対してもっと広い心で接するすべきだと思いました。私自身の業力による魔難かもしれません。しかし、このような考えが完全に正しいわけではないことがようやく分かりました。「たとえ私が前世で次男に何をしたとしても、現在は彼の母親である以上、私たちの関係は人類の伝統に符合しなければなりません。息子はこれ以上私を攻撃してはいけない」と気づいたのです。私がこのように考えを改めると、次男にも変化が現れ、まだ怒る時もありましたが、私に対する暴力行為は大分減少しました。

 2020年の夏、コロナが蔓延している中、次男はもう少しで10歳になります。私は外に飛び出した次男を追いかけて家に連れ戻した時、左膝に大けがをしてしまいました。3週間も杖をついて歩くしかありませんでした。耐えられない痛みと精神的な疲れが限界に達し、私はとても落ち込んでいて大泣きしました。落ち着いた後、私は内に向けて探したところ、大法のプロジェクトに取り組むことに力を入れ、自閉症の子どもの面倒をよく見ていないことに気づきました。そのため、次男が家の中のいろいろなものを壊してしまい、それを修理しなければならないので夫はとても怒っていました。この前も、次男が2階の浴室の床に大量の水を流したため、1階の天井や壁に水が漏れて大変でした。

 自分の間違いを見つけた後、ある日、私はやさしく次男の目を見つめながら、とても誠意を持って心の中で「あなたに怒っていませんよ。あなたとは前世、どんな関係だったかがわかりませんが、今生、あなたは私の子どもなので、私は必ずあなたの面倒をよく見ます」と言いました。次男は可愛い目で私を見返し、私の言葉の一つ一つを聞いたようで、笑顔を見せました。私に慈悲の心が生まれてきたためか、彼の私に対する態度も大きく変わりました。それ以来、次男は私を傷つけるようなことが少なくなりました。私も次男が求めていることにもっと注目するようになり、彼が私を必要とする時には、すべてを置いて彼の世話をしています。

 三、苦難が祝福に変わる

 2021年の夏、自宅が火事になりました。次男は地下室の掃除機の音がとても心地よいので、いつも数時間かけばなしでした。ある日、掃除機のモーターが焼けてしまい、部屋中に黒煙が立ち込めました。数台の消防車が来て、すぐに消火しました。消防隊長から「火元の周囲にたくさんの物が置かれていて、一つでも燃えたら全焼する可能性があります」と指摘されました。奇跡的に、地下室の小さな絨毯が焼けただけで済みました。師父が私たちを守ってくださったと分かりました。師父、ありがとうございました! 

 自宅の整理や修復、特に煙が有毒のため、やむを得ずホテルに泊まることにしました。4カ月半もかかりましたが、幸いなことに、住宅保険に加入していたので助かりました。コロナの影響でスクールバスの運転手不足に直面しましたが、意外に、ホテル側は専用バスで私の3人の子どもを送迎してくれました。ホテル滞在期間中、次男を一人でトイレに行けるように訓練させ、11歳になってようやくおむつを外すことができました。次男は小さい頃から寝付きが悪く、夜中に目が覚めて家の中を走り回ることが多かったのです。ホテルに泊まっている間、彼は私と一緒に寝ていました。毎朝起きて、私は次男のそばで発正念をした後、5式の煉功をしました。次男はぐっすり寝ることができ、昼間もおとなしくなりました。

 2021年夏、次男がもうすぐ12歳になる頃、私は彼の自転車の補助輪を外して、自転車に乗る方法を教えました。私は彼を身体で支えるため、背中と腕がとても痛くなりましたが、毎週続けました。11月中旬のある日、私は次男の自転車の支えをを放し、息を止めて、彼が自分で自転車に乗って私の周りを走るのを見ていました。その瞬間、達成感を感じました。夫は、次男が自転車に乗れるかどうか、また、おむつを外せるかどうか疑問に思っていましたが、粘り強く取り組んだ結果、ついに達成しました。

 今、私も夫も50歳代前半で、娘は18歳、双子も13歳近くになりましたが、やはり私たちは常に幼児を育てるように次男の面倒を見なければならないのです。次男の自閉症は明らかに改善されましたが、依然として排便の後に体を拭いてあげたり、いつ寝るかを教えたり、外で遊ぶ時に付き添ったり、お風呂と歯磨きを手伝ったりする必要があります。私にとって、子どもの世話、家事、仕事のほかに、大紀元のプロジェクトにも参加しているので、学法をするために、時間を大切にしなければなりません。これらのバランスを取ることは、いつも大きな課題となっています。

 私の状況を気の毒に思う人もいますが、実は、私は十数年の修煉の過程で、多くの執着心を捨てることができたのは、次男が手助けしてくれたからです。次男がいなければ、私は早朝の発正念と五式の煉功を続けることはできなかったと思います。最初は、朝早く起きることがとても辛かったのですが、続けているうちに、簡単に起きれるようになりました。今は、たとえ3、4時間しか寝ていなくても、普段通り早く起きて発正念と煉功することができます。また、ショッピングや友達と食事をしたいなどの執着心も簡単に放下することができました。次男の面倒をみてくれる人がいないと外出できないからです。

 師父のお教えと息子の助けで、私は自分勝手な考えを取り除くことができました。ある日、私は次男をスクールバスに乗せ、手を振って見送りました。バスが出発すると、「これからの6時間半は邪魔がなく静かに仕事ができる」とすぐに気楽だと感じました。しかし、後になって、その考えが間違っていることに気づきました。それは善ではなく利己的な心でした。修煉者として、どんな環境にも左右されてはいけません。自分の考えを正すと、次男が家にいてもいなくても、私はイライラすることなく、穏やかになりました。

 四、夫の変化

 私と夫は結婚して23年になります。夫は修煉していませんが、以前は、やさしくて人付き合いが良い人でした。しかし、私が修煉してから、夫の態度が正反対に変わりました。最初は、子どもたちに大法の本を読むことすら反対しました。夫の態度を受け入れられず、しょっちゅう口論になり、彼はさらにエスカレートしました。夫と一緒に暮らすことにとても辛く感じた私は、家を出て寺院で修行することさえ考えていました。大法を修煉する中で、私は、利己的な執着から抜け出す必要があることが分かってきました。私はもっと夫のことを考えるようになり、言動が極端にならないように気を付けました。時間が経つにつれ、いつの間にか夫の態度も少しずつ変わりました。

 時々、夫は困難に直面している私に「『法輪大法は素晴らしい』を忘れないで」とか、「大法の知恵で考えて」とか、「慈悲心を持ってやってみて」などと言って、私を励ましてくれます。ある夜、長男と一緒に学法をしようと部屋に入ると、夫がベッドに座っていて、長男は床に座って本を読んでいました。夫は「先に読めば、後で遊べる」と言いました。去年の夏、私は夫に「明慧学校のサマーキャンプに長男が参加する申し込みをしたい」と言うと、夫は「相談もなく、どうせすべてあなたが決めるから」と不機嫌でした。私は反論せず、黙っていました。私の心の中では、必ず参加することができると信じていました。翌日、夫は私に「長男に携帯電話を買ってあげよう」と言いました。私はなぜかと聞くと、夫は「明慧学校のサマーキャンプに参加した時、私たちと連絡が取れるから」と言いました。

 どうして「常人の中で修煉することが、執着心を捨てることが一番速くできる」というのか、やっと分かりました。困難に直面することは、私たちに修煉する機会を与えることにもなります。自分が修煉者であることを自覚すると、状況が良い方向に変わることが多いのです。大法に出会ったことをとても幸運に思っています。大法の導きがなければ、次男のような重度の自閉症の子どもを育てる苦しみに耐えられなかったと思います。大法は私に人生に対する異なる視点を与えてくださいました。

 大法はすべてをより良くしてくださいました。師父は常に私を見守って下さっています。昨年、私は10カ月の間に7回も交通事故に遭いそうになりましたが、師父のご加護の下、私はすべて無事でした。私にはまだ取り除かなければならない執着心がたくさんあります。 師父の慈悲なる済度に背かないために、私はもっとしっかり学法して、修煉を向上させたいと思います。

 師父、ありがとうございます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 (2023年米国中部法会体験原稿)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/8/16/464222.html)
 
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