【慶祝5.13】私の幸せは法輪大法の修煉から来ています
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2024年8月2日】

 師父、こんにちは。同修の皆さん、こんにちは!

 64歳の私は、田舎で一人暮らしをしており、現在は、子供が働いている都市に住んでいます。親戚や友人は「一人暮らしで収入もないのに、気楽で幸せな生活を送っていますね」と言います。

 実は私は法輪大法を学んで、良い人間になろうと努力していましたが、中国共産党(以下、中共)から迫害を受け、強制労働教養所に3年間不当拘禁されました。修煉しなかった夫は、中共当局の嫌がらせと脅迫により亡くなりました。

 私は親戚や友人にこう伝えました。「私が感じている幸せは師父から与えられたもので、皆さんは私が法輪大法を学んでいることをご存知です。私を救い、良い人、より良い人、高い道徳基準を持つ人になる方法を教えてくださった師父と大法に感謝しています。そのような人だけが本当に幸せになり、今日の私のような人生を楽しめるのです。師父は、争いに直面したとき、まず他人のことを考え、自分よりも他人を優先にすべきだと教えています。そのような人生にこそ真の意味があるのです」

 私は20年以上修煉を続けていますが、5月13日の世界法輪大法デーの祝賀に記事を投稿したことはありませんでした。今回、明慧ネットで投稿の呼びかけを見ても、私は書く気にもならず、いつものように普通の人間の観念で、自分は文章が下手で、表現力が乏しく、修煉もよくできていない、書くべきことがないと判断していました。

 この考えはすでに間違っていました。この記事を投稿することは、修煉者に師父が執筆を授けてくださったからです。ある夜、突然、文章を書こうという思いが頭に浮かび、私は自分自身に問いかけました。「もし私が大法を修めず、師父に守られず、心性を高めず、病気だらけだったら、楽に暮らせるだろうか? それでも、書くべきことが何もないなどと言えるのだろうか?」。これに気づいて、師父のご苦労に感謝していないことを恥ずかしく思いました。

 普通の人は名声と利益を求め、苦しくて疲れた人生を送っています。これが私の周りで起こっているのを目撃したことです。彼らは少しの利益も失いたくない、ケチになりたがり、他人に優しくさえできず、両親に対してさえも計算高く、少しでも利益を失うことを惜しんでいます。彼らは非常に苦しんでいます。

 もし、私が今日法輪大法を学んでいなかったら、この現実から逃れることはできず、一般の人と同じように疲れ、苦しみ、もがき、人よりマシだとは言えないのです。ほとんどの人は、私利私欲のために、どんな手段を使っても悪いことをします。この混沌とし​​た世の中で、私は大法に出会えたことは本当に幸運でした。師父が弟子たちに普遍的な大法を伝えてくださったおかげで、私の人生は充実し、幸せになりました。

 修煉の過程で、師父は私を気遣ってくださいます。私は健康で、師父は私のために業を背負ってくださり、その過程で私を守ってくださいました。私には執着心がたくさんありますが、師父は私に啓示を与え、前進するようにヒントを与えてくださいました。時には妨害に遭ったとき、自分が何を間違えたのかさえわからないこともありましたが、師父のヒントと保護によって乗り越えてきました。たとえば、私の煉功動作が標準に達していない場合、師父はそれを修正するように私にヒントを与えてくださるので、妨害はすぐに消えます。私のこのような体験を通して、煉功をしっかり行い、三つのことをしっかり行い、師父の法を正す過程に遅れずについていくようにと、同修にも伝えていました。

 師父が人々を救うのを手伝っているときに妨害に遭ったときは、思い浮かんだ法の教えを唱え、すべての考えを正し、人情に動揺せず、師父の保護のもとでやり遂げます。このようなことは数え切れないほど多く、同修も同じように感じています。

 私はよく地域のビル管理人や警備員に法輪功迫害の真相や大法の素晴らしさを伝えています。ある警備員が、政治や法律のシステムにいる親戚の話をしてくれました。その人は、修煉者が北京に訴えに行ったとき、多くの法輪大法の修煉者が密かに拘束され、今も行方が分からないと言っていました。これを聞いて、私はさらに、彼の親戚も知っていると理解して、強制臓器摘出について説明しました。真相を理解した後、この警備員は中共組織から脱退しました。私は彼に「法輪大法は素晴らしい、真善忍は素晴らしい」という心からの九文字(訳註:中国語では九文字)を覚えておくように言いました。彼は覚えると言い、心からの九文字を暗唱し始めました。その後すぐに、この警備員は祝福を受け、昇進しました。彼はもう門の前に立つ必要がなくなり、他の人を管理するためにオフィスに行くようになりました。

 師父は『オーストラリア法会での説法』の中で、こう説かれました。「つまり、皆さんに本を多く読み、法を多く学んでほしいということです。皆さんは私がこの話をすると分かっているにも関わらず、私は、やはりそれについてお話します。なぜなら、大法の中で向上したければ、本を読み、法を学ぶのは極めて重要なことだからです」

 私は多く法を勉強することは、自分をしっかり修め、三つのことをしっかり行うための保障だと考えました。最近、法を学ぶとき、私は心の中でとても悲しくなりました。師父の慈悲と人を救うことの難しさを感じ、居心地が悪く、これを書きながらまだ泣いていました。師父への感謝の気持ちは言葉では言い表せません。今、私は修煉を始めたときと同じように法を学ぶ状態にあります。これは、すべての真の修煉者の気持ちでもあります。師父の教えに従い、三つのことをしっかり行い、衆生を救う師父の苦労を裏切らないようにすればいいのです。 

 師父はこうおっしゃいました。

 「あなたに責任があるかどうかに関わらず、あなたは自分を探してください。必ず問題が見つかります。もし、このことがあなたと絶対に関係なく、あなたが取り除くべき心を持っていなければ、このことがあなたの周囲に発生することはめったにありません」。(『ヨーロッパ法会での説法』)

 ここ数年間で、私はある同修と知り合いになり、親しくなりましたが、お金に関する衝突がありました。私はこの同修に対していつもこう思いました。「あなたは本当に大法修煉者なの? あなたの家族は裕福なのに、どうしてこのような小さな利益にまだこだわるのですか?」。その時は、師父の教えを思い出せず、内に向かって自分を探すことができませんでした。

 修煉の道で、私は何度つまずいたか分かりません。師父は私を心配しながら見守り、あらゆる手段で私を教示しようとし、私を見捨てられませんでした。法の勉強を重ねるうちに、私の心性は向上し、ついに執着心を捨てることができました。その一歩一歩は、師父の保護と切り離せないものであると感じています。師父は、ご苦労されました!

 20年以上、独りで暮らし、悲しい気持ちになった時はいつも、大法が私の心に正念を生み、大法が私を導き、大法が私に再生を与えてくださいました。息子でさえ、師父の保護のおかげでこの20年以上を乗り切ることができたと言っています。

 今日は、世界法輪大法デー25周年を祝い、息子に代わって、師父が弟子と家族を救ってくださったことに心から感謝致します。師父、ありがとうございます! この素晴らしい日に、師父の誕生日をお祝い申し上げます! 私は師父のお教えに従います。

 私の修煉レベルと、文章の表現力が限られているので、法に基づいていないところ、あるいは、理解しづらいところがありましたら、同修の慈悲なるご指摘をお願い致します。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/5/23/477799.html)
 
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