文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月29日】ある年、明慧ネットが中国法会の投稿募集を始めたとき、私はある同修と出会いました。私は彼女に「明慧ネットが中国法会の投稿募集を始めたので、私たちも書き始めましょう」と伝えました。すると彼女は「以前、大法を実証する出来事を書こうと思いましたが、結局書けませんでした。少し自信を失っています」と言いました。
私は「書いてみてください。一つひとつのエピソード、一つひとつの出来事を書けばいいのです」と励ましました。しかし、彼女はまだ迷っているようでした。そこで私はさらに「あなたなら書けます! あなたにはたくさんの素晴らしい体験談があるはずです」と励ましました。
このようにして、同修は書き始めました。彼女は一つひとつのエピソード、一つひとつの出来事を心を込めて書いていきました。彼女は何十枚もの便箋に書き、それを私に渡してくれました。私がそれを見たとき、どれが前の部分でどれが後の部分か分からなくなってしまいました。私は少しずつ整理して、ひとつの文章に繋げて読みましたが、時には意味が分からない部分もありました。
そこで私は彼女に尋ねました。「これとこれはどういう出来事ですか?」彼女はそれぞれの出来事について詳しく説明してくれました。その説明を頭の中にしっかりと記憶しました。帰宅後、私は急いで彼女が話した内容を記録に残しました。それから、彼女の文章を何度も何度も整理しました。およそ半月ほどかかり、ようやく彼女の文章を完全にパソコンに入力し、明慧ネットに送信することができました。
翌日、彼女が私の家に来て、ドアを開けるとすぐに嬉しそうに尋ねました。「昨日の夜、私の法会の文章を明慧ネットに送ってくれましたね?」私は「はい、あなたの文章を明慧ネットに送信しましたよ。その時、もう深夜の12時だったので、私は正念を発しました」と答えました。
私は尋ねました。「どうして分かったのですか?」彼女は涙をためながら、感動した様子で言いました。「師父が私の文章を見てくださったのです! 昨晩12時に正念を発し終わった後、師父は私にひとつの映像を見せてくださいました。そこには一束の便箋が積み重なっていて、そしてベッドに毛布がたくさん重なっているのが見えました。誰かがそれを織っていて、片方から織っては、もう片方も織って、そうやって織り進めていったのです。最後には毛布が完成しました。私は自分が書いた文章がとても散漫だと感じていたけれど、あなたがそれを整理してくれたからこそ、完成したと思います」。私は言いました。「それは私がすべきことです。私たちはみんな師父の弟子ですから、私たちはみんな師父に感謝しましょう!」
もちろん、同修が話したことは他にもたくさんありましたが、ここでは詳しくは述べないことにします。
今、明慧ネットの2025年「513」文章投稿募集の時間はとても限られています。一部の同修は「次回に書こう」と言い、次回に先延ばしにしています。中には「師父はすべてを知っておられる」と言う人もいます。確かに師父はすべてを知っておられますが、やはり自分のことは自分で書かなければなりません。中には三つのことをしっかり行っている同修もいますが、書くことについて「書きたくない」「書けない」「修煉が十分ではない」など、さまざまな理由を挙げています。これらはすべて邪悪な要素による妨害です。私たちはこの妨害を取り除き、困難を克服しなければなりません。
同修の皆さん、チャンスを何度も失ってはいけません。毎回の機会を大切にしてください。私たちが修煉するすべてのことは、大法の威徳から来ています。文章を書くことは、自分を実証することではなく、偉大な師父を実証し、偉大な大法を実証することです。
大法弟子の皆さん、明慧編集部の通知を何回が繰り返して読んでください。条件の整った同修同士でお互いに助け合い、「世界法輪大法デー」の文章投稿募集活動を共に円満に完成させましょう。