師父が業力を取り除いてくださいました
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 文/中国の大法弟子

 【明慧日本2024年8月18日】私は、2002年の40歳の時にうつ病を患いました。夜も眠れず、不眠症に悩まされ、苛立ちと焦燥感が続きました。その苦しみは言葉では表せないほどで、何度も生きる気力を失いそうになりました。

  精神科を受診し、処方薬を試してみましたが効果はなく、胸の中が焼けるような痛みで耐える日々でした。医者を変え、処方薬を替えても症状は改善せず、かえって悪化していくばかりでした。最終的に5人の医者を訪ねましたが、どの治療も効果がありませんでした。耐え難い痛みのあまり、胸を叩いて腫れ上がったり、肌に痛みを感じさせて心の苦しみを紛らわせてみたりもしました。床を這ったり、壁に頭を打ち付けたり、ベッドで転げ回ることもありました。今でもその記憶を思い出すと、体が震えます。

 その後、食欲もなくなり、お粥すら喉を通らず、米の汁を少し飲むのがやっとでした。体重も10キロ以上減少しました。西洋医学では治らず、中医学の医者に診てもらい、中薬を処方されましたが、やはり改善は見られませんでした。次々と医師を変え、処方を試みましたが、状態はどんどん悪化していきました。あるクリニックで黒褐色の薬を処方され、それを飲むと一時的に楽になることはありましたが、それはホルモン剤で根本的な治療にはなりませんでした。薬代も週に16,000円以上と高額で、保険も効かないため続けることはできず、薬をやめると再び症状が悪化しました。

 絶望し、自殺を考えるほどの苦しみでしたが、その時は娘がちょうど高校に合格したばかりでした。私がいなくなれば、娘が受ける精神的なダメージは計り知れず、彼女の勉強や将来にも大きな影響を与えることになるでしょう。娘はまだ自立しておらず、私が支える必要がありました。娘を母親のいない子にすることはできない、という思いが私を生かし続けました。

 私は必死で医師を探し、治療を求めました。こうして、1年以上にわたる苦しい闘病生活が続きました。夫や弟、妹が交代で私の看病をしてくれました。何度も死にたいと思いましたが、娘のことを思うと踏みとどまらざるを得ませんでした。この絶望感は、実際に経験した者でなければわからないでしょう。

 その頃、私は同じ住宅地に住む法輪功学習者の女性と知り合いました。彼女は私の病気を知っていたので、何度か法輪功を始めるように勧めてくれましたが、私はいつも不安で落ち着きがなく、断り続けていました。

 2003年の秋のある朝、彼女は私の家を訪ねて来てくれました。苦しんでいる私を見て「外に出て気分転換しませんか?」と提案してくれました。絶望の中で頼れるものがなかった私は、彼女の言葉にわずかに心が軽くなり、彼女と一緒に外に出ることにしました。私たちは住宅地の周りを少し散歩した後、彼女は私を自宅に招いてくれました。

 驚いたことに、彼女の家に入った瞬間、私の症状が劇的に軽くなり、体がすぐに楽になったのです。彼女は、「音楽をかけるから、好きだったら音量を上げてもいいし、気に入らなければ消しても構いませんよ」と言ってくれました。うつ病を患ってからというもの、どんな音にも敏感で不快に感じていましたが、彼女がかけた音楽はまったく不快ではなく、むしろ心地よく、静かで優雅な音色でした。聴けば聴くほど心が安らぎ、落ち着いていくのが分かりました。今ではその音楽が「普度」だったのか「済世」だったのかはっきり覚えていませんが、その音楽には確かに心を静める力があったのです。

 私は彼女に尋ねました。「この音楽は何ですか? どうしてこんなに心地良いのでしょうか?」、すると彼女は「これは法輪功の音楽です」と教えてくれました。私が少し元気を取り戻しているのを見た彼女は、「一緒に静かに煉功をしてみませんか?」と提案してくれました。私は不思議と落ち着いていると感じていたので「はい、できます」と答えました。彼女の動きを見ながら、私も音楽に合わせて静功を行い、1時間後には、イライラがすっかり消え、心が穏やかになりました。

 その日の昼食には、彼女が作ってくれた八宝粥をいただきました。これまでほとんど食べられなかった私が、彼女の家では3杯も八宝粥を食べることができました。その時はまだ法輪功について詳しくは知らず、どうして自分が回復したのかもわかりませんでしたが、法輪功が私の改善に何らかの影響を与えたことは確かでした。さもなければ、あれほど私を苦しめてきた不治の病が、彼女の家に行った途端に良くなるはずがありません。彼女は私に「法輪功を始める勇気はありますか?」と尋ねました。その時、私は法輪功がすでに中国共産党によって厳しく弾圧されていることを知っていましたが、「生きていく上で苦しみから解放されるのなら、どんな迫害も恐れない」と心に決めました。

 そして、私は彼女に「やります!」と堂々と答えました。私は彼女と一緒に法輪功を学ぶ決意を固めたのでした。

 その日の昼、私はその女性の家から自宅へ戻りました。道中は気分が良かったのですが、家に着くと再び抑うつ感と不安に襲われました。それでも、以前に比べれば症状は軽く、耐えられる程度でした。その夜はいつの間にか眠りに落ち、深く眠ることができ、夜中に目覚めることはありませんでした。翌朝、家族から「いびきをかいてぐっすり寝ていたよ」と聞かされました。学法を通じて、私は慈悲な師父が私を導き、病気という業力を消し去ってくださったことに気づきました(このことを書いていると、感極まって涙が出てきます)。ただ、宇宙の法則に従い、師父は私が自ら乗り越えるべき部分を残してくださいました。

 しかし、当時の私はそのことを理解していませんでした。その日の午後、家族は知り合いを通じて省立の中医師や精神科の専門医に連絡を取り、中医学と西洋医学の両方の治療を受けることに決めました。私は薬を服用しながら、法輪功の修煉を続けました。

 当時私は、毎日その法輪功学習者の家を訪れ、彼女とその家族と一緒に法を学び、修煉を続けていました。私は進化論や無神論の影響を受けて育ったため、神や佛の存在を信じておらず、法輪功が仏教の修行に基づくものだとは知りませんでした。今振り返ると、その頃の私はまだ悟りが浅かったのです。

 修煉を続けていく中で、病は日に日に回復し、ついには完全に治りました。長年苦しんでいた頚椎症も、いつの間にか消えていました。体にはいくつか不思議な現象が現れましたが、ここではほんの一部を紹介したいと思います。

 修煉を始めて1週間後、師父が私の「天耳通」を開いてくださいました。第二の功法を煉っている時、両手で輪を作る動作をしていると、左耳から気が流れ込み、すぐに右耳から抜けていき、少し痛みを感じるほどでした。また、煉功の音楽を流していないのに、音楽が聞こえてくることも何度かありました。ある時期、足が部分的に交互に熱くなり、師父が毎日体を浄化してくださっていたようです。夜になると熱さで眠れず、布団もかけられず、まるでサウナに入ったように汗をかくことがありました。第5功法を煉ると、上半身がとても軽く感じられ、まるで体がないかのように軽やかでした。頭の中も清々しく、思考がまったくなく、言葉では表現できないほどの快適さでした。

 その学習者の紹介で、私は多くの同修と出会い、いくつかの学法グループに参加するようになりました。

 技術に詳しい同修が私のためにパソコンを購入し、ネット封鎖を突破するためのソフトをインストールしてくれました。私は毎日、明慧ネットや正見ネットを開いてさまざまな記事を読み、新たな知識と視点を得ました。修煉の道を少しずつ切り開いていったのです。特に明慧ネットでは、大法弟子たちの修煉体験や病気を克服した体験、数々の奇跡が深く心に響きました。私は、邪党の無神論から脱し、正しい思いを持ち続け、大法修煉の道を着実に歩み始めました。

 うつ病の苦しみは、私に深い恐怖を植え付け、その執着からなかなか逃れることができませんでした。旧勢力に隙を突かれて、私の恐怖心を煽り、薬をやめさせないようにして、薬を止めるとすぐに恐怖を感じ、震えるほどでした。まるで、薬をやめると病状が悪化するかのように仕向けられていたのです。そのため、長年にわたって薬に頼り続け、なかなか薬を断つ勇気が出ませんでした。

 しかしある日、その同修が『轉法輪』を学んでいる際に、187ページの第2段落の冒頭の文字が消え、その代わりに「修煉者は病にかからない」の銀色に輝く文字が浮かび上がって目立っていたと話してくれました。この話を聞いた瞬間、私の心には希望の光が差し込みました。「これは師父からの啓示に違いない」と。同修はさらに、「修煉者は病にかかることはない、師父が私たちの病を取り除いてくださったのですよ」と励ましてくれました。彼女の励ましを受け、私は再び挑戦する決意を固めました。今回は心を完全に放下し、何が起ころうとも全てを師父に委ね、法を学び、煉功を続けると決めました。

 ある日の午後、痛みをこらえながら『轉法輪』を一気に読み進めました。その時、不思議なことが起きました。黒色の大豆ほどの大きさの円形の物体が4、5個、左側のこめかみから頭の中に入り込み、左から右へと移動し、数秒後には右側のこめかみから体外へと出て行ったのです。それらが出て行った後、私の抑うつの症状が急に軽減し、不安と緊張が和らぎました。疲れを感じ、すぐにでも横になって眠りたくなりました。私はその瞬間、深い感動を覚えました。その黒色の物体こそが、私を苦しめていた霊的な存在であり、師父が私の決意を見て、それらを取り除いてくださったのだと悟りました。師父は、私がまだ病に対する固定観念を完全に打破できていないことを知り、私に霊的な存在を見せることで、病に対する理解を深めさせ、悟りへと導いてくださったのです。

 『轉法輪』では、師父が病業の本質について明確に説明してくださっていますが、私はまだ病に対する固定観念にとらわれ、人間の制約を完全に打破することができていませんでした。そんな時、明慧ネットに掲載された同修たちの体験交流文章を読みました。

 その中で、その同修は病業に対して深い理解を示していました。「人々は長い間、病という概念に縛られ、その枠を超えることができません。世の中の偽りの理念が徐々に人々の目を曇らせ、自分たちが作り上げた理念を真実だと信じ込んでしまいます。誰がいつ、どのように、どれだけの苦しみを伴って借りを返すかはすでに定められており、その時が来ると、その人の業力を清算するために悪い霊体が解き放たれるのです」という内容でした。その同修の洞察は鋭く、私にとっても大きな啓示となりました。

 病気に対する根本的な理解が変わるにつれ、徐々に「病気」という考えから解放されるようになりました。師父の深い慈悲とご加護、繰り返し与えられた啓示、そして同修たちの支えのおかげで、私はうつ病への執着を少しずつ放下し、薬に頼らずとも体調が徐々に改善し、いつの間にか完全に健康を取り戻していました。

 病気を克服した後、再び『轉法輪』や師父の他の説法を読むと、以前とはまったく異なる感覚が得られました。

 師父は私に高次元のことを示し続け、宇宙の秘密や高次元の法理を理解する機会を与えてくださいました。かつて理解できなかったことが、突然クリアになったのです。心の壁を乗り越え、執着心を手放すたび、または新たな法理を理解するたびに、私の体は震えを感じました。時には1日に何度もその震えが起こります。震えが収まると、体の各部分や細胞が活性化しているような感覚があり、まるで全身の毛穴が開き、内臓までもクリアになり、体が透明になったかのような心地良さを覚えました。

 自己の向上を目指し、私は日々、惜しむことなく学法に励んでいます。特に退職してからは、毎日5、6時間以上学法し、頭の中は法のことだけでいっぱいです。また、『轉法輪』を暗記することも欠かせません。すでに10回以上暗記しており、特に最初の3講は本を見ずにすらすらと暗唱できるほどです。師父の他の説法も繰り返し読み、何度読んだかも数えきれません。学法を深めるほどに心が明るくなり、法との一体感が強まり、まるで毎日が佛光に包まれているかのような感覚があります。私は創世主の弟子であり、師父がそばで守ってくださっていることに対し、特別な感動と幸福感が湧いてきます。

 自分が法を正す時期の大法弟子になれたことを幸せに感じています。もう常人には戻れません。ただ大法を追い求め、苦しみから解放されて師父と共に帰ることだけを願っています。

 師父の深い慈悲と救い済度に心から感謝を申し上げます。そして支えてくれた同修たちにも心から感謝しています。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/8/14/479998.html)
 
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