文/中国の大法弟子 如玉
【明慧日本2024年10月23日】私は田舎村に住んでいて、1996年に法輪大法を学び始めました。私は体が弱く、気力もなく、多くの病気に苦しみました。出産後、産後うつ病と神経衰弱(慢性疲労)を患い、死にたいと思うことがよくありました。幸運にも法輪大法を学ぶ機会に恵まれ、私の人生は好転しました。
私は内向的な性格であまり話さず、18歳で妹が亡くなってからはもっと寡黙(かもく:言葉数が少ないこと)になりました。結婚後は夫と貧しい暮らしをしていました。姑はいませんでしたが、夫には2人の兄弟がいました。
夫の姉・雪さんは、とても横暴な人だったので、私は彼女を恐れていました。彼女は既婚者でしたが、私たちのことに干渉したがり、私たちはよく衝突しました。夫の弟・涛さんが結婚したとき、彼女は私と夫に高速道路沿いの非常に良い場所にある家を手放すように強制しました。涛さんは私たちの家に数年間住んだ後、それを賃貸用の建物に改装し、年間数万元の収入を得ていました。
雪さんは、私たちに借りていた500元を返済しました。多くの親戚は私たちの状況が不公平だと感じ、私が臆病すぎると言いました。私には相談できる人がおらず、うつ病など治療が難しいとされるさまざまな病気を患いました。
子どもが生まれた後、一日中ぼーっとしていて、赤ちゃんが落ちても抱き上げる気力もありませんでした。しばらく母と一緒にいることにし、母が赤ちゃんの世話を手伝ってくれました。母も大変な人生を送っていました。妹の死に続いて弟も38歳で亡くなりました。残された子どもである私が母を心配させ、とても申し訳なく、睡眠薬を過剰摂取したくなることもありました。
家に帰ると、雪さん夫婦が私たちの家に引っ越してきていました。私は怒りのあまり、怒鳴りつけました。なぜ引っ越してきたのか、掛け布団の下にお金を入れてもらえないかと尋ねました(田舎では、掛け布団の下にお金を入れないと悪いことが起きるのではないかと心配します)。しかし、彼女は拒否しました。その後、他の人に説得を頼みましたが、彼女は動じませんでした。
それ以来、薬をたくさん飲んでいたにもかかわらず、私のうつ病は悪化しました。夫は私を守ってくれなかったので、私は夫に文句を言い続けました。夫は優しくなく、人生は不公平だと不平を言いました。
私は、法輪大法を学び始めてから、師父は私の体を浄化し、私は心身共に大きな変化を経験しました。痛みや苦しみはすべて消え、治療が難しかったうつ病も、医療を受けなくても治りました。それ以来、私は薬を一錠も飲まず、病院にも行っていません。
法輪大法を修煉していない私の家族は、私の劇的な変化を見て、まるで別人になったようだと言いました。彼らは皆、私の修煉を支持し、法輪大法は素晴らしいと同意しました。私の改善を目の当たりにして、多くの親戚、友人、近所の人たちも法輪大法を修煉し始めました。
私は真・善・忍の原則を厳格に守り、法を学ぶことで人々の間の因縁を理解し、雪さんに対する恨みを手放しました。私は彼女に同情し、彼女の家族が法輪大法の真相を理解して救われるよう助けました。
夫は師父と大法にとても感謝しています。彼はよく友人や家族にこう言っています。「妻が家でお金を稼いでくれているんです!」(つまり、私は今健康で医療費もかからないのです)
共産党が法輪大法を迫害し始めてから、夫は法を学び、経験を共有する学習者を家に優しく迎え入れました。何年もの間、警察が家にやって来て、私に嫌がらせをしようとしたとき、何人かの警官がいても、夫は勇敢に私を擁護し「法輪大法は素晴らしい!」と叫んでいました。
法輪大法の素晴らしさに浸り、私の家族は師父の慈悲深い配慮のもと、調和のとれた暮らしを送っています。