文/台湾の大法弟子
【明慧日本2024年11月8日】
尊敬する師父、同修の皆様、こんにちは。
私は新北市の青年大法弟子です。小学生の時から修煉を始めて、19年が経ちました。修煉の過程で、様々な困難を経験しましたが、すべて師父の守護のもとで乗り越えることができました。私たちが修煉できるように、師父が一人一人の大法弟子のために巨大な業力を引き受けてくださったことを感じ、感謝の気持ちは言葉では言い表せません。この法会の機会に、人間世界のごく平凡な言葉ではありますが、これまでの修煉の体験を師父に報告し、同修と交流させていただき、より一層精進して、師父のご苦心に報いたいと思います。
一、大法を得た幸運 困難の中でも進路を見失わず
私には低迷期がありました。高校2年生の時、父が喉頭がんと診断され、気管切開手術を受けなければなりませんでした。手術後、父は声を出すことができなくなり、私たち家族の工場の経営に影響が出ました。そのため、私は休学を決意し、父から業務を学ぶことにしました。当時、この決断は家庭にとって非常に重大な試練でしたが、師父のある法を思い出し、乗り越えることができました。
師父は『各地での説法四』「2004年シカゴ法会での説法」で次のように述べておられます。「大法弟子はそれぞれ自分の道を切り開かなければならず、修煉の中での道は皆お互い違っているのです。つまり、皆それぞれの修煉の道が異なっているということです」
当時、両親以外の親族は私のことを全く理解してくれませんでした。まず、祖父が誇りにしていた私の学歴は、休学によってすべて無になりました。祖母もよく「こんな若いうちから働き始めて、いつまで続けるつもり?」とため息をついていました。これらを聞くと、私の心は非常に苦しくなりました。一方では、休学の決定が両親を困らせるのではないかと心配でしたが、他方では、父は手術後体力が非常に弱く、家計も危機的状況で、他の選択肢はありませんでした。
私たちの経済状況は、まさに東の壁を壊して西の壁を繕うような状態でした。そのため、なぜ休学しなければならないのか、従業員を増やせばいいのではないかと聞かれても、相手の善意は分かっていましたが、ただ黙って笑うしかありませんでした。心が落ち着かない時、師父の法が私を励ましてくれました。今では分かります。法の中から生まれた正念だけが、私たちを一つ一つの関を乗り越えさせることができるのです。
修煉の道では、まさに一波が収まらないうちに次の波が押し寄せてきました。業務が軌道に乗り始めた頃、父の体調は徐々に悪化し、2016年に他界しました。父の死後、工場の全てを母と私で切り盛りしなければなりませんでした。幸いなことに、それまでの数年間、営業の傍ら工場内の大型機械の操作も学んでいたため、生産ラインは大きな影響を受けることなく運営することができました。
しかし、これらの大型機械は非常に危険で、業界では深刻な労災事故がしばしば発生していました。私自身もそのような経験がありましたが、大法を修煉していたおかげで、危険を回避することができました。
一度、大型機械を操作している時に、手が機械に巻き込まれ、周りの人々は皆驚きました。常識的に考えれば、指が切断される可能性が高かったのですが、取り出してみると、まんじゅうのように腫れているだけでした。その時、私は最初から恐怖を感じることなく、自分は大法弟子であり、師父の法身が守護してくださっていることを思い出しました。幸い母も同修で、功を多く煉るように促してくれました。1、2日で手は正常に戻りました。
もちろん、その後も様々な試練に遭いました。例えば、海外の法会に参加する直前に工場で火災が発生したり、台風で屋根の換気扇が吹き飛ばされたり、不況時に前の所有者が工場を売却しようとしたりといった問題です。
そのような時、私はいつも師父が『各地での説法八』「二〇〇八年ニューヨーク法会での説法」で述べられた言葉を思い出します。「あなたが思っている如何に大きな魔難にしても、苦痛にしても、いずれも良いことです。それはあなたが修煉したから現れたことです。魔難の中で業力を消すことができ、魔難の中で人心を取り除くことができ、魔難の中であなたを向上させることができます」。私が心構えを正し、修煉者の立場から起きた出来事一つ一つを見ると、山のように高く見えた関も、知らぬ間に乗り越えることができました。
さらに、真相を伝える時は高すぎる内容を話してはいけないことに気付きました。真相を上手く伝えるには、一般の人々の執着に合わせ、彼らが理解できる方法を導入する必要があります。また、異なるプロジェクトに参加することで、異なる層の人々に向けて発信することができます。例えば、「乾浄世界」(訳註:道徳性の保たれた動画プラットフォーム)は大学生に推進するのに適しています。最初は展示ブースで人々に参加を呼びかけるだけで、個人チャンネルは運営していませんでしたが、しばらく推進していくうちに、周りの同級生もこのプラットフォームを知る必要があることに気付きました。
そこで、以前受講したコミュニケーション技術の授業を思い出しました。教授は「知人に自分の話に興味を持ってもらうには、相手と自分との関連性を持たせる必要がある」と言っていました。これをきっかけに、自分のチャンネルを開設し、自分を切り口として、周りの人々を私の「乾浄世界」のチャンネルに招待することを考え始めました。
チャンネルを開設する際、旅行、グルメ、文化関連などの「ポジショニング」も模索しました。個人の特徴とコンテンツも非常に重要です。この時、私は自分の専攻が記事を書くための多くの素材を提供してくれることに気付きました。現在の専攻について触れると、これも巧みな配置だったと思います。高校では理系でしたが、大学では文系の学部を選び、その分野は志願票を提出する2日前に思い浮かんだものでした。修煉の中で起きる出来事は偶然ではないと信じています。まして大学選びのような重要なことはなおさらです! この環境には必ず私と縁のある人々が存在し、ここで学ぶ知識は将来、真相を伝える際の有効な手段となるでしょう。
結び
これまでの多くの経験を振り返ってみると、私は次のことを悟りました。物事が上手くいかない時は、必ず自分が大法弟子であることを思い出すべきです。生活の中で起きる出来事すべてが良いことだと認識できれば、自分を向上させる機会一つ一つをより大切にできるようになります。
以上が私の修煉における体験です。法に適していない部分がありましたら、同修の皆様の慈悲なるご指摘をお願いいたします。
師父に感謝申し上げます。同修の皆様、ありがとうございました。
(2024年台湾法輪大法修煉体験交流会での発表原稿)