修煉したくば「法を学ぶも法を得ず」ではならない
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2024年12月7日】最近、法を暗記する中で、いくつかの法理を悟りました。以下に、それに関する自分の体験を少し書き、同修の皆さんと交流したいと思います。

 一、決して二つの法門で修煉してはいけない

 師父は修煉において専一であるべきことについて、次のように説いていらっしゃいます。「あなたが二股かけているなら、何も得られません」(『轉法輪』)。何も得られない、それはつまり修煉が無駄になるということではないでしょうか? しかし、日常の修煉の中で、私たちは無意識のうちに不二法門に反する行いをしてしまうことがあります。例えば、年末年始に先祖に御供え物をしたり、線香をあげたり、紙銭(訳注:故人があの世でお金に困らないよう供養に用いられる紙製のお金)を焼いたりすることなどです。

 これらの点について、私は修煉を始めてからというもの、毎年師父にだけ御供え物をし、師父にだけ線香をあげています。先祖を供養することはもうしていません。そのほかにも、占いをすることや、観光地で寺院の佛像に線香をあげること、噂話を聞くこと、他の法門の経典を見ることなど、これらすべてが不二法門に関する問題です。

 二、大法を修煉するには主意識を強くする必要がある

 自分の二十年以上にわたる修煉を振り返ってみると、ときには思想業が現れることもありました。当初は自分自身の考えと思想業との区別ができないこともありましたが、法を暗記することを通じて、現在では両者を判別できるようになりました。

 良くない考えが現れるのは主意識が弱くなっている証拠です。このときこそが主意識を強める時であり、思想業に操られて悪事をしてはならず、強い正念でそれを排斥しなければなりません。そうすることで、それらの悪いものを清めることを師父が加持してくださいます。

 師父は次のように説いていらっしゃいます。「修煉はきわめて苦しく、非常に厳粛なことです。ちょっとでも油断すれば、堕ちてしまい、長い間の努力が一瞬にして台なしになるかも知れないのです。ですから心を必ず正しくもたなければなりません」(『轉法輪』)。私たちが正念を保つことができれば、一切の正しくないことは取り除くことができるのです。

 三、煉功は苦しみに耐えることが必要

 20年の修煉を振り返ると、最初は足を組んでわずか30分間耐えるのが精一杯でしたが、2009年には1時間を楽に達成できるようになり、今では90分間も楽に続けられるようになりました。ただし2時間となると、まだ歯を食いしばって耐える必要があります。それでも、常に師父の要求に従い、最大限の努力で頑張ってきました。煉功中に心性の関を乗り越える際も、家族と喧嘩になったことは全くありませんでした。というのも、私は業力転化の関係を理解しているからです。そのため、無駄な修煉をすることはありませんでした。

 四、偽りの佛に惑わされないように

 師父は偽りの佛について説いていらっしゃいます。「高次元空間にいる人はみんな神で、とてつもなく大きく変身したり、大いに神通力を見せたりします。そこであなたは、心がちょっと歪んだりした時には、ふらふらと彼らについて行くことになりませんか? ついて行ってしまいますと、いっぺんに修煉が台なしになってしまいます。彼らがたとえ本当の佛、本当の道であるにしても、あなたは一から修煉し直さなければなりません」(『轉法輪』)

 師父は慈悲深く、私たちが修煉中に道を誤らないよう、法理を全て明確に説いてくださいました。にもかかわらず、一部の修煉者、特に天目が開いている同修の中には、自分が見た幻像に迷わされて道を誤ってしまう人がいます。私の身近にも、そのような同修がいました。最初は非常に精進していましたが、その後、他の門派に入ってしまい、千載一遇の機会を台無しにしてしまったのです。

 五、どんな時でも大法を第一に置く

 師父は修煉者が悟りを開くことについて、次のように説いていらっしゃいます。「もし大法を二の次にして、自分の神通力を最重要視し、あるいは悟りを開いた人は自分の認識こそ正しいと思い、極端な場合は、うぬぼれて自分が大法を超えているとさえ思ったりしたら、その時点で、あなたはすでに堕ち始め、危うくなり、だんだん駄目になっていきます。そうなった時は、修煉が無駄になるので、本当に厄介なことになります。下手をすると堕ちていき、修煉を台なしにしてしまいます」(『轉法輪』)

 この問題において、多くの修煉者は自己制御がうまくできていません。特に、自分は法をよく学んでいると思い込んでいる人は、同修たちと交流する際に、往々にして自分が大法の中で悟ったことは他人よりも高度だと考え、自分は本当に素晴らしい存在だと思い込み、誰も自分には及ばないと考えます。私自身も一時期、このような態度をとってしまいました。同修とともに多くの学法グループに参加し、自分の大法に対する認識を語り、自慢げに並べ立てていました。本当に自分はすごいのだと思い込んでいたのです。

 しかしその結果、大きな失敗をしました。邪悪な勢力に拘束されるという経験をしたのです。その後、法を暗記することを通じて、この問題についての認識を得ました。その失敗の原因は、法ではなく自分自身を第一に置いてしまったためであり、危うく身を滅ぼすところであり、修煉を無駄にするところだったということでした。

 しかし、慈悲深い師父は、不肖の弟子を見放ませんでした。私は再び立ち上がることができました。自分の誤りを修正し、今では再び正常な状態に戻り、堅実に法を正し修煉する道を歩んでいます。

 六、天目が開いている同修は顕示心を持ってはならない

 この数年間、漸悟状態にある多くの同修が、自分を抑えることができず、自身の些細な能力や術類に支配されてしまいました。そして、病業の同修に対して「〇〇の原因で業を作った」などと断定したため、その結果、病業の同修が恐れを抱き、最終的には肉体を失う羽目に陥ったのです。また、その能力を崇拝する他の同修も一部見受けられます。

 師父は次のように説いていらっしゃいます。「心が動じただけで、あなたはただちに駄目になり、堕ちてしまいます。もしかするとあなたの次元はその人より高いが、神通力が現われていないだけかも知れません」(『轉法輪』)

 ここ数年、一部の同修が功能を持つ同修に執着し、その同修の後を追い、何か問題が起きるとその功能を持つ同修に相談していました。しかし、結果としてその功能を持つ同修が病業の状態に陥り、その功能を持つ同修を頼った同修の中には命を失った者までいます。修煉は非常に厳粛なものです。大法の要求に従わなければ、自分の修煉を一瞬で台無しにしてしまう可能性があるのです。

 七、修煉者は歓喜心を持ってはいけない

 修煉の過程では、時折歓喜心が生じることがあります。私自身、20年以上の修煉の中で何度も歓喜心を持ち、そのたびに旧勢力に隙を突かれました。

 ある時、真相を伝える活動がとてもうまくいき、帰り道で心の中は喜びに満ちていました。その結果、交差点で電動三輪車にはねられ、数メートル飛ばされた私は、自転車は壊れ、自分自身も後頭部から地面に倒れました。

 慈悲深い師父のご加護がなければ、重大な結果を招いていたことでしょう。しかし、私は恐怖心も感じずに、地面から立ち上がると、壊れた自転車を押して家に帰りました。帰宅後すぐに足を組んで坐禅をし、正念を発しました。その結果、頭の腫れがすぐに消えました。

 また、真相を伝える貼り紙をする際にも、うまくいったからと言っては歓喜心が生じ、そのたびに観光地の警備員に見つかることがありました。しかし、師父のご加護のおかげで、危険を回避することができました。師父の教えを守らなければ、どんな隙にでも邪魔が入ります。その結果、修煉で進歩できないだけでなく、次元を向上させられず、最悪の場合には堕落してしまう可能性さえあります。

 師父は私たちが成就できるように、法の中であらゆる面について説明してくださっています。煉功、学法、行動、心性の修煉、偽りの佛への対応、不二法門、他の空間からの妨害など、すべてが詳しく説かれています。私たちは大法に従うだけでよいのです。

 しかし、私たちは数十年も大法を学び、『轉法輪』を何百回も読んで、暗記したり、書き写したりしているにもかかわらず、なぜ今でも様々な妨害に遭うのでしょうか? それは、法を学びながらも法を得ていないからです。大法に照らして自分の言動を律することができていないからです。

 もし私たちが大法の要求に真に従い、三つのことを厳格に実行すれば、修煉の過程で旧勢力に妨害されることはなくなります。また、師父にご心配をかけることも少なくなるでしょう。特に今年の師父の新しい講法『法難』『目覚めなさい』『人類はなぜ迷いの社会なのか』を拝読し、慈悲深い師父に対して、私は本当に申し訳ないと思いました。師父に多大なご心労をおかけしたことを痛感し、心の底から感謝の念を抱いています。ただただ感謝、感謝、感謝しかありません。他に何を求めることがあるでしょうか。

  この度、内に向けて深く探すことで、これまでのように「法を学ぶも法を得ず」の状態にあまんじ続けるべきではないと悟りました。私は修煉を無駄にしたくはありません。これからは、大法の要求に厳格に従い、人間的な考えや行動、情を修め、自分の主元神がすべてを掌握できるようにします。そして、決して修煉を無駄にせず、修煉を成し遂げ圓満成就して、最後に師父と共に家に帰ります。

 以上は私の個人的な体験です。不適切な点があれば、どうか同修の皆さんの慈悲なるご指摘をお願いいたします。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2024/11/25/485424.html
 
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