なぜ学法しても法を得られず 真に修煉ができないのか 
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文/海外の大法弟子  

 【明慧日本2024年12月10日】師父ははっきりと私たちに説かれました。「ですから、皆さんは必ずしっかり法を勉強し、真の修煉者になってはじめてその任に堪(た)えることができ、これこそ神聖で偉大な責任を果たしているのです」(『台湾法会に参加する大法弟子へ』)

 もし全体が真の修煉状態であれば、師父はそう言われなかったと理解しています。最近、私は何人かの同修と交流をしていますが、毎日法を勉強し、真実を明らかにするにもかかわらず、法が持つより深い意味が見えていないようにいつも感じています。何が問題なのでしょうか? 内に向けて探すと、根本的な原因は、一部の人が無意識のうちに自分自身を「法の外に置く」ということがわかりました。

 弟子の中には、師父が説かれた法について、無意識のうちに、その言葉は自分とは関係がない、天機や歴史上の物語を話してあるだけだと考えたり、一部の言葉が常人に向けられたものとさえ思ったりする人がいます。これは自己観念のせいで、法の中に身を置くことができず、悟ることができないのです。

 典型的な例を挙げます。

 師父はなぜ法を正そうとしておられるのでしょうか? なぜ宇宙の多くの支配者や王が世に下るのですか? 師父は長年にわたり、さまざまな角度から教えてこられましたが、特に最近の新経文で明確に教えられています。しかし、弟子の中には、自分の希望にかなう部分だけを受け入れ、師父が説かれたすべてを受け入れることができない人もいます。

 師父は『なぜ人類が存在するのか』でこう言われました。「天体宇宙は成、住、壊の過程で全てが純浄さを失い、生成当初に及ばなくなったため、『滅』に向かったのです。つまり、天体のなかの全ては堕落し、衆生も初期のときほど素晴らしいものではなくなり、生命も不純になり、誰もが罪業を負っているため、滅されることになったのです。宗教ではこの種の罪は『原罪』と呼ばれています。天体宇宙を救うため、創世主の指示でこの世に降りた数々の神や主は、ここで人間になり、苦しみに耐え、自らを高め、罪を消し、自らを再び作り直し、それによって再び天国に戻るのです(創世主は人を救っていると同時に宇宙を作り直しています)」

 『人類はなぜ迷いの社会なのか』で師父はこう語られました。「天体と宇宙が滅まで至ったのは、天体と天体内のあまたの宇宙とその中の無数の衆生、各宇宙にいる主、王、神々を含めて、成、住、壊、滅という長い過程で、初期の頃と比べて堕落してしまったからです。つまり、長い歳月の中で自身がいる次元の基準からずれてしまったということです。これは生命の過程の中での必然的な摂理です」 、「末後に至ったとき、創世主は天体にいるあまたの神、王、主と天体の一部を司るさらに巨大で大きな神と大覚者が、世に降りて人間になることを認めたのです。彼らが持っている智慧と能力を封じ、最も苦しくて能力も智慧もない完全に密閉された人体の中で苦を舐め業を滅し、苦しみの中で正念を頼りに善良な本性を守り抜いてはじめて神々と創世主に相手にされ、未来に認められるのです。人類社会で繰り返し転生し、徐々に罪業を消し、善徳が積まれる人は救い済度の中で必ず選ばれ、末後の最後に救い済度が始まったとき、必ず創世主の救いによって新しい宇宙に済度されるのです」

 交流の中で、皆はこれまで、師父が説かれた天上の神々は法から逸脱し、人間の体を使って罪と業を消去するため世を下り、それは常人のことで、自分とは何の関係もなく、自分は最高の存在であり、特に師父の法を正すためにここに来たと思い込んでいます。私たちが皆、地上で最高の存在であるなら、宇宙はどのようにして崩壊し、滅びる段階に来たのでしょうか? 師父はなぜ法を正そうとされるのでしょうか? 法は修煉者に教えられるのに、なぜ自分がその中にいないのか? 同修の何人かは、「たしかに、なぜ自分はずっとこのように認識していた」と驚きました。学習者の認識がどの程度代表的であるかはわかりませんが、これらの同修によると、周りの学習者のほとんどがこのように理解しているそうです。

 自分が天上ですでに罪があり、法を逸脱したことを認めなければ、それは師父の法を正すことを受け入れたくないということではありませんか? もちろん、誰も本当に師父の法を正すことを受け入れたくないということを認識してはいません。しかし実際にはこのような作用をおこし、旧勢力が学習者の修煉を妨げる大きな口実となっています。

 師父が説かれた他の法についても、同様の誤解を持っているかもしれません。我々はそれを知りません。しかし、ただこれだけでも、修煉の向上にとって大きな障害となるのは確かです。法を正しく理解し、受け入れることができない生命は、どうやって自分の修煉を導きますか? どうしたら真に修めることができるでしょうか?

 別の観点から見ると、大法弟子の法を正す修煉過程は、創造主の法を正すことを受け入れる過程でもあります。

 ある同修は、「法を全部暗記したのに、問題に遭遇した際、頭に法が浮かばず、あるいは、どうやって法で認識するのかは分からない」と言いました。学法や法を暗記するのは法を応用するためであり、法を真に把握することが最も重要です。私たちが何らかの法理を悟ったと言うとき、それは実際に、展開してくれたのは大法であり、自分たちがどれほど賢いかではありません。しかし、なぜ大法は時々現れたり、現れなかったりするのでしょうか? 最も根本的な理由は、法はあなたの思想業力やあなたの体についた汚れたものに、同時に示すことができないということです。したがって、学習者が強い執着や観念、または非常に悪い思想業力を持っている場合、法は顕現することができません。また、法はレベルごとに異なる要求があり、修煉のレベルが上がるにつれて、要求はますます厳しくなり、わずかな差でも、法を見ることはほとんど不可能になります。

 さらに、一部の国や地域の人々は一般的に非常に礼儀正しく、表面的な礼儀正しさに注意を払い、言動の際に相手に不快感を与えないよう努めているという別の要因も見られます。これは常人にとっては良く、美徳ですが、修煉者にとっては障害となる場合があります。修行者同士が問題を見つけたとき、多くは直接話すことを敢えてせず、お互いに礼儀正しく、巧みに話します。その結果、本当の執着に触れることはできず、誰も「傷つけられる」ことを好みません。少しでも刺激を受けると怒りが生じます。また、海外の生活環境は全体的に比較的快適で、「みんなが良ければ」というような環境では、真に修煉することはできません。そうであれば、私たちの修煉環境も変わる時期に来ています。

 今日、人類社会全体が大きな変化の中にあり、おそらく師父の法が人間世界を正す時はそう遠くないのかもしれません。あなたが基準を満たしたかどうか、師父に跟随し、法を正す人間界に入ることができるかどうかは非常に厳粛な問題です。

 師父は「宇宙で法を正すことも末後の時期に入り、この時期が終わったあと、厳しい選別と淘汰の過程があります。しっかりと自覚をもって行なってください! この歴史時期を乗り越えた大法弟子は、神まで皆さんを尊敬しています。自分自身を大事にし、この未曾有の最も邪悪な迫害を乗り越えられるようにしてください。真覚になりましょう! これこそ神が最も偉大だと思っていることです!」(『険悪を遠ざけよう』)と説かれました。

 大法弟子は一つの完全体であり、互いに助け、救う義務があります。ひとりの大法弟子が修煉できず、排除されたら、それは宇宙との多くの宇宙衆生にとって損失です。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2024/11/30/485578.html
 
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