【明慧日本2025年4月19日】中国共産党(以下、中共)の歴史において、どのような運動も短ければ数カ月、長ければ数年続き、「階級敵」や「反革命分子」と呼ばれる者たちは必ず打倒される運命にあった。中共の歴史は人を抑圧する物語である。
「4.25平和陳情」事件後、法輪功学習者(以下、学習者)に激しい嫉妬心を抱いた江沢民は、「3カ月で法輪功を消滅させる」と宣言した。この人物は、1989年の「天安門事件」で学生を弾圧することによって名声を得た人物で、暴力と虚偽の国家権力を動かすことで全てを制圧できると考えていた。
「4.25」事件では、学習者が平和的で理性的な態度を示したため、江沢民は彼らを激しく取り締まった。たとえば、山東省新泰市に住む工場労働者・王安収が、父親をシャベルで殴り殺したという事件を捏造した。中共は王が法輪功を修煉したせいで父親を殺したと宣伝したが、裁判においては精神的な問題が原因として言及された。
さらに、法輪功が健康増進のための修煉であるにもかかわらず、中共は法輪功が原因で病死したとするニュースを捏造した。湖南省のある女性が法輪功を修煉していたために病院で治療を拒否し亡くなったと報じられたが、後の調査によりその報道が全くの虚偽であることが判明した。著者は新聞で声明を出し、訂正した。
法輪功の修煉には超常的な側面があり、中共はそれを恐怖に変えた。例えば、河北省任丘市の華北油田の馬建民に対して、中共は「剖腹找法輪(腹を割いて法輪を探す)」という悲劇を演出した。しかし、馬建民の息子は繰り返し中央テレビに声明を出し、父の死が法輪功とは無関係であると述べ、テレビでの演技を拒否した。
これがいわゆる「1400例」である。中共は巧妙ではない手法で、虚偽を強引に作り出し、真実を逆さまに描いた。中共は新聞、テレビ、ラジオを掌握し、法輪功による恐怖事件を日々宣伝している。しかし、少し分析すれば、明らかな論理的矛盾や事実誤認の証拠を見つけることができる。
フランスの哲学者パスカルは、「信仰は輝かしい光であり、周囲を照らすだけでなく、人自身も導く」と述べた。
学習者は「真・善・忍」を修煉し、単なる素朴で揺るぎない想いで、真実を公にし、法輪功を学ぶ自由な環境を取り戻そうとしている。
北京の学習者で、現在はオーストラリアに暮らしている趙玉敏さんは、「4.25」の勇気ある行動に参加し目撃した。彼女は、中共が法輪功を迫害し始めてから、平和的な陳情の道が閉ざされ、訴える場所もないため、1999年10月28日、2000年2月4日、2000年6月25日、2000年7月19日、2000年10月1日、2000年10月6日の計6回、天安門広場へ行き、「法輪大法はすばらしい」、「法輪大法の名誉回復を求む」などの横断幕を掲げ、心の声を表明したと回想した。
彼女は数百、数千の学習者の天安門広場での勇気ある行動を目撃した。彼女は「天安門に行くには、生死を超越しなければならない」と語った。
明慧ネットによる概況的な統計によれば、平和的な陳情の道が閉ざされた状況で、2000年から2001年にかけて約10万から15万人の学習者が北京の天安門広場に足を運び、北京近郊に集まって情報を収集し、互いに相談する学習者の数は百万を超えていた。
米国のCNNは当時のテレビ報道で次のように述べた。「彼らはグループごとに現れ、横断幕や標誌、スローガンを掲げていた。警察はすぐに抗議者を捕らえて連れて行ったが、すぐに別の角でまた別のグループが立ち上がった」
2001年1月22日、AFP通信は「中国共産党は法輪功の弾圧に失敗し恐慌に陥る」と題した報道で、中共が天安門広場で毎日数百人の法輪功メンバーによる平和抗議を阻止できないことを認めたと報じた。
報道では、18カ月にわたる弾圧の中で、学習者が様々な攻撃を受けたにもかかわらず、5万人が拘留されても屈せず、むしろより信念を堅固にしたと述べた。また、中共の指導部内部で江沢民の弾圧に大きな意見の対立があり、多くの指導者が弾圧に反対の姿勢を示したことにも言及している。
弾圧は行き詰まり、中共が創作した「1400例」はほぼ破綻し、続きを作ることはできなかった。法輪功の学習者たちは命を恐れず前進し、天安門広場で法輪功の潔白を証明し、世界が注目する壮挙の下、これらの嘘は無能で、筋が通らないものであり、むしろ民衆の反感を招き、中共が意図的に虚偽を編み上げ、法輪功を中傷していると考えられるようになった。
追い詰められた江沢民は、「孤注一擲」(こちゅういってき、一度の賭けに全てをかける)の賭けに出た。中共の「ゲシュタポ」機関である政法委を利用し、さらに大きな陰謀を計画した。毎日、学習者が命を顧みず天安門広場で抗議するならば、「命知らず」を利用しようという狙いだった。
中共の邪悪な思考は、正常な社会の人々には想像できないもので、道徳的な基準も、恥の概念もない。古代ローマの君主ネロがローマ市に火を放ち、それをキリスト教徒に罪を着せたときですら、建物を焼くだけで、人を焼くことはなかった。中共が人に罪を着せる暗黒の手口は歴史の常識では想像を絶するものだ。
2001年1月23日の午後、天安門広場に突如として濃煙が立ち上り、数人の警官が消火器を手に自殺者らに駆け寄りました。わずか2時間後には、中国の新華社が中国語と英語で「5名の法輪功学習者が天安門広場で自殺した」と世界へ報じた。
「天安門焼身自殺」事件は、矛盾だらけの作り話
1、自殺者の一人である劉思影は、気管切開手術から4日後に話をし、歌を歌い、記者のインタビューを受けた。これは明らかに医学の常識に反する。
2、記者が劉春玲の生前の居住地である河南省開封市を調査したところ、誰も彼女が法輪功を練習しているのを見たことがないという結果が出た。
3、中国中央テレビ(CCTV)の映像では、王進東が消火された後、両足の間にプラスチックのボトルを挟んでいました。彼の体は焼けただれていたのに対し、緑色のプラスチックボトルは無傷だった。
4、広場にはカメラバッグを背負った記者が現場を歩いていたが、彼らはどうして突発的な事件が起こることを知っていたのだろうか?
5、大きな突発事件の場合、新華社は通常、記事を発表する前に数日かけて階層的な承認を経なければないが、今回はわずか2時間で二カ国語で世界に報告されたのだ。これは明らかに計画的なものだった。
法輪功について少しでも理解のある人は、法輪功がはっきりと殺生と自殺を禁じていることを知っている。法輪功は「真・善・忍」を原則とする高いレベルの気功修煉法であり、仏教が殺生を禁じているのは長い歴史を持っているが、法輪功の学習者も例外ではない。中共は偽の学習者を利用し、生きた命にガソリンをかけて焼くという、古今東西の歴史に見られないほど悪辣な手段を用いた。
中共は自殺の映像をテレビや新聞で数カ月にわたって繰り返し放映し、中国の一般の人々は編集された映像を深く信じ込み、法輪功は陳情のために自殺をしたと考えた。中共はさらに「天安門焼身自殺」のデマを中小学の教科書に挿入し、小学生の頭の中に法輪功への恐怖と憎しみを植え付けた。
1999年の「4.25」から2001年1月23日の「偽りの天安門焼身自殺」までの18カ月間に、中共はあらゆる手段を尽くした。江沢民は「3カ月で法輪功を消滅させる」と宣言したが、18カ月後、30カ月後になっても法輪功は依然として存在し続けた。
なぜ中共の歴史の中で法輪功だけが打ち倒されなかったのか? こうした考えや思いを持つことで、ますます多くの人々が法輪功の学習者となった。今日に至るまで、すでに26年が経ち、法輪功は世界の100を超える国々に広まり、主著の『轉法輪』は50の言語に翻訳され、多くの国の人々に愛されている修煉法となっている。
中国本土では、この26年間に渡り長期間の迫害を受けているにもかかわらず、学習者は「4.25」の平和的な陳情の精神を堅持している。炎天下の夏日にも、寒風が凍てつく厳冬にも、漆黒で孤独な夜にも、彼らは節約して得た資金で紙を買い、内容を考え、印刷製本し、心を込めて包装し、「4.25」、「1400例」、「偽りの天安門焼身自殺」の真実の実態を一つ一つ配布してきた。
26年という時間はあっという間に過ぎ、多くの青年たちは不惑を迎え、多くの壮年者は老年に達したが、「真・善・忍」への信念は一切変わることなく、政治や政権に対する訴求も変わることはない。しかし、学習者の26年間にわたる犠牲と堅守は、人々の心に大きな変化をもたらし、約4億5千万人の中国人が三退し、ますます多くの人々が目覚めつつある。
どんなに闇の勢力が強大に見えようとも、どれほど多くの世界の政治家が道徳の基準を放棄しようとも、宇宙の真理は人によって変わることはない。「善には善の悪には悪の報いがある」と言われるように、すべての人は最後に審判を受ける日があり、誰もが自分の行いに責任を持たなければならないのだ。