明慧法会|内科医の真相伝え(二)
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――師と法を信じ、正しく穏便に修煉の道を歩む

文/中国山東省の大法弟子

 【明慧日本2012719日】

 二、主人を感化する過程

 他人から見れば私の家庭は円満そのものですが、実質、誰もが主人の荒々しい性格を知りませんでした。加えて、生まれた時から受けてきた邪党文化の教育と今の世の中の滑落した道徳理念の影響で、彼は私が留守の間、二、三人の異性と付き合い、そもそも性格が悪い上、更に情に駆られて収拾のつかない事態になっていきました。私修煉を始めた前後の数年間、日々罵声の中で暮らしていました。彼はしょっちゅう怒り、物を投げたり、時には人を殴ったり、酒を飲んだ後は更に凄まじくなりました。修煉の前、私は忍耐しましたが、それ彼に敵わないため仕方のない忍耐であり、常人の屈辱の忍でした。

 大法を修煉してから私は人生の真の意義を知り、真善忍を自分の言動の指針とし、更に内に向けて探すことを学べました。このような境遇に会うのは、自分に傲慢の私心があったからだと思います。自分は各方面で主人より優れ、彼から良く接してもらうのが当たり前だと思っていましたが、実質、妻として彼のことをもっと思い、もっと暖かく接してあげるべきでした。また、法理の中から分かったのですが、自分は前世において彼に借りを作ってしまったかもしれません。そして、修煉者として遭遇する全ての問題は修煉と関連性があり、自分を高める要素がそこに含まれています。自分の問題点を見つけてから、私は一切の心を放下し、生活の面から彼のことを心がけ、家事を徹底し、罵られても聞こえていない振りをし、叩かれても絶対にやり返しませんでした。彼物を投げたら私は破片を片付け、彼が私の心性の向上を手伝ってくれていると思いました。時には、彼は罵声をあげている真っ最中に突然静かになり、無言私に何故怒らないのかを聞いてきます。私は答えました。「私に良いものをくれているのに、何故怒りますか?」私は彼に、人を罵ったら人に徳を与えることになるとの法理を彼に教え、その後二回ほど、彼は怒り出そうとする時、自らやめた事もありました。「貴方の忍耐力に感服しました。私も忍を学ばなければ・・・」と彼は言いました。私は彼に、私の善と忍の行為は大法の師父に教えられたことを伝え、そして彼に、私は彼のどの女性の友人と比べても優しく、忍耐強いだろうと聞きました。彼はその点を認めました。

 善の感化により、主人は優しく変わり、人に思いやりを持つようになり、今は、彼が食材の購入と炊事をすることになっています。二人とも出勤する場合、彼はいつも私より早く帰宅し、時には私が家に着いたら食事がもう既に用意されています。彼の罵りも聞こえなくなり、第三者もいなくなりました。今の彼は修煉をしていませんが、それなりに自制をしています。以前、彼は大法に不敬なことをしましたので、最近はよく果物を買ってきて、きれいに洗ってから師父の法像の前に供えるようにしています。これは本当に大法の不思議な力です。大法は私を変え、主人を変え、私の家庭も変えました。

 (続く)

 (明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/11/14/249019.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/12/2/129814.html)
 
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