18年間待望 全家族が大法の修煉を始める
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2019年6月5日】私は今年76歳です。小どもの頃から学校に通ったことがなく、読み書きができませんでした。1999年、私は法輪大法煉功で2カ月ほど煉功しました。ある日、煉功場に行くと、誰もいませんでした。人に聞いて、中国共産党が法輪功に対して迫害を始めたことがやっと分かりました。当時、私はとても悔しく、こんなに素晴らしい功法がどうして煉功を許されないのか、理解できませんでした。私が望んでいたのは煉功を続けることだけでした。

 しかし、私はその時、他の修煉者を知りませんでした。仕方なく、いつも市場をぶらぶらして、一日一日が過ぎ去っていき、あっという間に18年も経ってしまいました。

 2017年の中秋節の頃、ある日、資料を配っている法輪功の修煉者らしき人に出会いました。聞けば、本当にそうでした。私は自分の事情を話し、法輪功を学びたいと言うと、彼女は私を学法グループに連れて行ってくれました。『轉法輪』を見た途端、私は涙が止まらなくなりました。

 「自分は字が読めないので、どのように法を学べばいいのか?」と、とても心配しました。その時の私は字が読めないだけでなく、目も悪くて字がはっきり見えず、全身至る所を病んでいて、顔色が悪く、皺だらけで、歩くと足も痛くてたまりませんでした。しかし、どんなに難しくても、私は必ず大法を学びたいと決意しました。私は「字を習いたい、法を学ぶために字を習いたい」と心の中で師父に助けを求めました。

 協調人は根気よく、一文字一文字私に教え、私はそれについて一文字一文字読みました。不思議なことに、私は難しいとは思わず、大法の文字が心にすっと入ってくるような感じがして、とても感動し、とても驚きました。あの感覚はなかなかうまく表現できません。

 ある日、同修たちは皆発正念に出かけました。私は来たばかりなので、1人残って法を学びました。大法の本を手にした時、中の文字が金色にキラキラと輝きながら、一文字一文字が私の心に飛び込んできました。すらすらではないのですが、私はすぐに読むことができるようになりました。目も奇跡的に回復し、身体も軽くなりました。私は毎日集団学法に参加し、午後、真相を伝える資料を配りに行き、衆生を救い済度しています。

 修煉者になり、私は嬉しくて、いつも夫に「あなたも大法を学んだらどう? あなたは字が読めるから、早いと思うよ。ほら、私のように全く字が読めなくても、今読めるようになったじゃないの? こんなに不思議なことを聞いたことがないでしょう」と言うと、夫は「俺はもう読んでいる」、そして、「あの『洪吟四』は俺の本だから、持って行っちゃだめだよ」と言いました。それを聞いた私は心から嬉しく思いました。

 この1年間、全家族が大法の超常的な素晴らしさを目にして、皆大法の修煉を始めました。80代の夫は毎日積極的に法を学び、息子も地方で修煉を始めました。息子の嫁は最初の頃、とても怖がっていて反対しましたが、今、彼女も自ら修煉を始め、私たちと一緒に法を学び、煉功しています。息子は仕事の合間に法輪功の真相伝える資料を配っています。かつて息子はスローガンを貼り付け、その場を離れようとした時、清掃員がシールを剥がそうとしました。息子は衆生に罪を犯させてはならないと思い、その場で強い正念を発しました。すると、清掃員は上げた手を下ろし、地面に座り込んでしまったそうです。

 上の娘は法を学んで数日後、師父は娘の身体を浄化してくだいました。その後、娘の病気は全て治りました。この場を借りて師父にお礼を申し上げたいと娘は言っています。

 末の娘は『轉法輪』を一通り読んでから、身体が浄化されました。末娘は悟性がよく、業力が消去された時、自分のために師父が身体を浄化してくださっていると悟り、心の中で「法輪大法は素晴らしい」と念じ続けました。

 2日目の夜、末娘は夢の中で師父にお目にかかり、師父は娘にいくつかの光景を見せてくださいました。娘はとても感激しました。翌朝起きてから、娘は一日中ずっと働き続け、子供の送り迎えもあり、大変忙しかったのです。しかし、娘は「とても不思議だわ。2昼夜、痛みに苦しんだ後、一日中働いていても、全く疲れず、元気いっぱいだった。今、身体がすっかり軽くなったわ」と電話で興奮気味に話し、そして、「お母さん、本当に不思議だ! 大法は本当に凄いわ」と言いました。

 幸運にも私は大法の修煉に戻ることができました。大法弟子として、法を正す師に手伝うことができることはどんなに光栄なことでしょう。私は必ず使命を果たし、師父について家に帰ります! 師父にお礼を申し上げます。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/4/6/384799.html)
 
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