高校生が「真」を修め、成績がビリからトップへ
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文/中国の大法弟子  

 【明慧日本2021年3月21日】私は青年大法弟子です。昨年、大学の入試に合格しました。師父のご加護のもと、三年間の高校生活を楽しく過ごすことができ、大学入試でも良い結果を出すことができました。師父と大法に感謝いたします!

 高校三年の時の担任は邪悪な共産党文化の影響を深く受け、気質が荒く、口を開けば人を罵り、時にはヒステリックになって罵り、生徒は裏でその先生の悪口を言っていました。最初のころは私は心性を守ることができずに先生に対して偏見を持っていました。後になって私は大法弟子であり、常人と同じようになってはならないと悟りました。その後先生が人を罵ったり、または私を罵ったとき、私は平静さを保ち、その罵りを正面から受け止め、心が動じないようにしました。そうすることにより自分の怨恨心が素早く放下できたことに気づき、どのように罵られても聞こえなくなり、いつものように勉強ができ、同級生には「裏で先生の悪口を言わないように」と言いました。

 中共ウイルス(武漢肺炎)が引き起こした疫病の期間中、長い間、家でオンライン授業を受けていました。毎日のように携帯電話や電子機器を使わなければならず、勉強に疲れて休み時間に携帯電話で遊んでいました。しばらくして、これらの機器は宇宙人がもたらした産物で、高い次元を目指して修煉する私が、この低レベルな生命にコントロールされていいのだろうか? これは一種の執着ではないだろうか? と認識したので、その後、授業以外は携帯電話に触らないように、一度たりも触れないように、また、携帯電話の電源を切るようにしました。しばらく頑張った結果、携帯電話は私を引きつける力がなくなり、遊びたいとは思わなくなりました。

 オンライン授業を受けていたとき夜にテストがあり、同級生たちは携帯電話やインターネットで答えを探して、テストの点数を高くしていました。宿題が多いため、全部終わらせるまではかなりの時間がかかりるので、生徒同士が互いに答案を写し合っていました。毎回、昼の小テストに、皆が時間をかけて暗記したくないので、できた人の答えを写していました。私は修煉者なので「真」を修めなければならず、不正をしてはならず、宿題の写し合いや小テストの答案を写しませんでした。そのため毎回のテストの順位はクラスでビリになり、宿題がうまくできないこともあり、先生に叱られることもありました。小テストで失敗して追試にさせられることもありましたが、私はいつも正しい選択を貫きました。

 4月に新しい学期が始まり、私の成績が突然よくなり、重要な二回の模試でクラスのトップの成績になったことを、担任が興奮した様子で走ってきて私に教えてくれました。それまでの私の成績は安定せず、1年以上このような良い成績を得ていませんでした。私の知恵を開いて下さった師父と大法に、心から感謝いたします! もし私が大法の要求に基づいて執着を放下せず、問題に真正面から取り組まなければ、このような良い成績を得ることはできませんでした。

 多くの同級生が私を羨ましがっていました。先生たちも、疫病の期間中努力し、潜在力があると褒めてくれました。しかし、私はこのことを気に留めず、成績が良かったからと言って人よりレベルが高いわけではなく、自分には能力があると顕示する必要もありません。師父は「修煉者として、常人の中で遭遇した一切の苦悩は、みな関を乗り越えることであり、遭遇した一切の褒めたたえは、みな試練なのです」「1]と説かれました。同級生の多くが私に問題の解き方を尋ね、授業が終わったら休み時間を利用して質問に答えていました。昼休みに生徒たちは昼寝をしていますが、私は教室の外で同級生に問題の解き方を教えていました。長い間私は内心のバランスが取れなくなり「こんな簡単なこともできないのか」と文句を言っていました。大法弟子として無私無我の境地まで修めなければならず、他人の角度に立って問題を考えなければなりません。私はこのことを自分をよりよく修めるための一部とみなし、修煉者の態度で接することにしました。同級生たちは、私が親しみやすく付き合いやすいと褒めてくれ、授業が終わると私の周りには、いつも多くの生徒が集まっていました。

 私の家族は、週末になると高齢者と食事会をしていて、私はずっと時間の浪費だと思っていました。しかし大法弟子として、私はこれは観念だと分かり、しっかり勉強していれば成績は自然と良くなるのです。私は修煉者であり、他人のために考えなければならず、だから私は高齢者の家に行くと、いつも楽しく世間話をしていました。このような私を見て高齢者たちは喜んでくれます。

 私の学習机の上にティッシュが置いてあり、隣の生徒や通りがかりの生徒が私に黙って数枚取っています。一箱のティッシュが三日でなくなってしまい、母に使いすぎだと怒られることもあります。師父は「名利情を修し去り、圓満して蒼穹に上ぼる、慈悲をもって世界を観れば、ようやく迷いの中から醒さめる」[2]とおっしゃいました。修煉者がこのような小さな利益に対してどうして気にするのでしょうか? 私が前世に彼らのティッシュを使ったことがあるかもしれません。私はかえって彼らに感謝しなければなりません。

 私は、朝晩の通学途中で師父の詩『洪吟』を暗記しています。同時に前日の自分の行いに照らして、何か間違ったことをしていないか、あるいは心性を守ることができたのかをチェックしています。教室から食堂まで結構歩かなければならず、この時、私は心からの言葉「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と暗唱しています。高校3年生の生活はとても疲れますが、しかし、私は毎日幸せを感じ、どんな困難に出遭ってもいつも笑顔を絶やさず、皆は私の楽観的な態度に敬服し、同級生の中には「子供の頃に何か特別な体験をしたのではないか」と聞いてくる人もいました。これは大法と修煉によって私にもたらされた福であり、固い正信が私に喜びをもたらしました。宿題が非常に多く、とても難しく、クラスの中で、唯一私が学校で宿題を終わらせることができ、如何なる補習授業も受けたことがなく、一日の授業が終わり、家に鞄は持ち帰りませんでした。

 以前の私は数学が苦手で、問題を解くのに時間がかかり、テストの時には緊張のあまり泣きたくなる程でした。 しかし、私が大法の要求に従って真面目に行ったとき、今まで頭が痛かったすべての問題が解けるようになり、私の成績は非常によくなり、記憶力も良くなり、暗記した単語を忘れなくなりました。 その当時は学校が終わるのが遅いのですが、しかし、私は毎日時間を見つけて学法をしていました。

 高校3年の2学期のテストは、学年でトップ3に入り、先生たちの目には妥協しない一匹の「ダークホース」のように映っていました。

 私の体も健康になり、長い間、体の痛みを感じたことがなく、過敏性鼻炎も治り、季節性呼吸器感染症も治り、ストレスを感じなくなり、緊張もしなくなりました。高2の時、私は太っていて、400メートルの距離走が走り切れませんでしたが、後になって体重が減り、男性の同級生と2000メートルを完走することができ、学校で「有名人」になりました。 顔いっぱいのニキビが消えてなくなり、肌がますますきれいになり、顔の輪郭がはっきりしてきて、同級生や先生からは「ますますきれいになってきたね」と言われています。この一切は大法から賜ったものだと私には分かっています。今後、日々の中で、私はさらに勇猛邁進して精進し、円満成就に至るまでよりよく自分を修めます。

 次元が限られており、不適切なところがあれば慈悲を以てご指摘をお願いします。

 合十(合掌)!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「修める者はおのずとその中にいる」
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟』「功成って圓満」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/3/10/421884.html)
 
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