「災い転じて福となす」オーストラリアの学習者が師父に感謝
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 【明慧日本2021年12月1日】グエン・デュイ・フン(阮维雄)さんは博士であり、数年前にベトナムからオーストラリアへ移住しました。グエンさんは2010年の初め、人生の絶頂期にありながら不幸な事故に遭いましたが、幸運にも法輪大法を修煉することができたことを思い出す度に、しばしば涙が流れると言います。グエンさんはこの感謝の気持ちを、李洪志師父に「私と家族を返本帰真の道に導いて下さり、慈悲なる済度に感謝いたします」と話しました。

图:阮维雄(Nguyen Duy Hung)博士双手合十感恩师父的慈悲救度。

博士のグエンさん 両手を合わせ「師父の慈悲なる済度に感謝いたします」

 元テニス選手がレーザー治療後に寝たきりになる

 グエンさんは1980年代、海外(旧ソビエト連邦)で法学の博士号を取得後、20年間にわたりベトナムで有名な大学の法学部の教職に就いていました。

 グエンさんは「私は小さい頃から身体が丈夫で、修煉するまでは病気の苦痛というものを知りませんでした。たとえ何度か調子が悪くなっても、すぐに治り、ほとんど記憶にありません。特に私はテニスが得意で、チーム中で最も速く走れて、しかもテニス経験が最も長いのです」

 「2010年2月上旬、私は大学の講師兼主任だったので忙しく、1週間に1000枚以上の試験用紙を採点しなければならないので、昼夜を問わず残業して採点していました」と話しました。

 長時間座っていたので、グエンさんの左足は、非常に痺れるようになり、ひりひりして痛む感覚を覚えました。時間通りに採点の仕事を終えた後、彼は左足が痛むことを妻に告げました。妻は病院で検査するように勧めました。

 「2010年2月8日午後、私は会社から帰宅途中、ついでに診療所に行きました。この診療所は、数カ月前に姉が椎間板ヘルニアをレーザー治療したことがあったからです。診療所の先生は、MRI検査をするように言いました。その検査の結果を先生に渡すと、先生は「早く治療をしないと、両足が麻痺する可能性があります」と言ったのです。

 しかし、実はその時のグエンさんの症状は、この医師が言っていたほど、深刻な状況ではなかったことを後から知ったのです。その時、医師の話を聞いた彼はやはり迷っていましたが、治療方法について医師から「あしたレーザー治療をすればいいです。30分しかかからないし、1カ月以内には、テニスコートに戻ってプレーをすることできますよ」と伝えられました。

 グエンさんは「私は本当にテニスが好きだったので、この話を聞いてすぐに同意しました。翌朝、私は診療所に行き、レーザー治療を受けました。しかし、この30分のレーザー治療で背骨に火傷を負ってしまったのです。そのため、それからの殆どの時間は、寝たきりで、座っても30分ですぐに横にならないといけなくなりました」

 周りの友人たちは「私がレーザーで火傷をしたことを知ると、皆びっくりしました。特にテニス仲間たちは、私が治療する前までは、3時間テニスコートにいて、しかも5ゲーム続けてプレーしても休憩もせず、全く疲れていなかったからです」と話しました。

 グエンさんは、選手のように上手いテニスプレーヤーであり、豊富な経験を持つ大学の教師であり、ベトナムの名門大学の法学部の主任だったのに、いまでは人生の頂点に上り詰める中で倒れ、何もできない病人になってしまいました。その頃のグエンさんは、医学界および社会全体のモラルの低下を憎んでいました。

 悲しんで苦しむ時、貴重な贈り物を頂いて転機が訪れる

 グエンさんが、悲しみ苦しんでいるとき、突然海外に留学している友人から電話を受けたのです。「私の状況を知った友人が『あした貴重なプレゼントを持って、お見舞いに行くよ』と言ったのです」

 「翌日、その友人が見舞いに来てくれました。『轉法輪』を持っており、友人は『この本は無上の宝です!』と言いました」、「友人が帰った後、私はベッドに横になってから、最初のページの『論語』から一字一句、一行ずつ読み始めたのですが、本の中の内容に衝撃を受けました。明け方まで本を置きたくなくて、目が疲れてチカチカして、これ以上読めなくなるまで読み続け、気づかないうちに寝ていました」と振返りました。

 そしてグエンさんが目が覚めると、胸にはまだ本があり、彼は続けて読んだのです。読み終えると、すぐ友人に電話し感謝しました。そして友人にこう伝えたのです。「この本に書いてあることは、私が一生探し続けていたものです!」

 「私はこれまでずっと正直で、嘘をついたことがなく、いつも人に親切にしました。この本を読んでいる時、まるで私のために、特別に書かれているように感じました」とグエンさんは当時の衝撃を受けたことを振り返り「今でも鮮明に覚えている」と言いました。

 そして、友人は私に「五式の煉功をしたいですか?」と聞いたので、私は「今はまだ座れないのに、どうやって煉功することができるでしょう」と言うと、友達は「煉功ができるようになったら教えて下さいね。一緒に公園に行って皆と煉功しましょう」と言ってくれました。

 『轉法輪』を読み 身体は気づかないうちに完全回復した

 グエンさんは『轉法輪』を1回読み終えると、すぐに2回目を続けて読みました。2回目の『轉法輪』を読み終えると「これは修煉をするための本であることに気づきました。私はじっくり3回目を読みました。その時の私は、治療は受けていない状況だったのですが、身体は知らないうちに完全に回復していたのです。私は法輪大法を修煉する準備ができたのです! そこで友人に電話をして『公園で皆さんと一緒に煉功したい!』と伝えました」

 「最も忘れられないことは、友人と私が、初めて一緒に公園に煉功しに行った日は7月20日だったのです。全ての大法弟子にとって一番忘れられない日なのです。それは、中国の同修が邪悪な共産党によって迫害され始めた日なのです。私は同修が残酷な迫害を受けていることを考えるたびに、涙を流さずにはいられません」と話しました。

 私の変化を見た妻は、法輪大法は素晴らしいことを理解した

 グエンさんが初めて煉功した日、すぐに心性の試練に直面しました。「友達が私を公園に連れて行ってくれて、煉功を終えて家に戻ると、師父が小さい試練を按排して下さったのですが、私は乗り越えられませんでした。家に帰るなり、妻から、私が嫌がることを言ってきたので、私はかんかんになって物を投げつけ、しかも大声で妻と口論しました」

 その後、私は師父が「あなたが家に帰ってくると、奥様やご主人がいきなりすごい剣幕で罵声を浴びせてくるかも知れません。それに耐え切ることができれば、この日の煉功を無駄にしなかったことになります」 [1]と説かれていたことに気づいたのです。

 「私は恥ずかしく思いました。第1回目の試練を乗り越えられなかったからです。幸運にも師父がすぐに、第2回目の試練を按排してくださいました。それは2回目に公園に行った時のことです。第五式の動作を習って家に戻りましたが、妻は更に怒っているように見え、そして離婚するための言い訳まで言ってきたのでした。しかし私は、1回目の試練を乗り越えられないことが印象に残っていたためなのか、今回は妻からのプレッシャーが強いものの、心は意外と落ち着いていたのです。妻から『修煉を諦めるように』と言われるのかと思ったりしていました」

 「その時、私は妻に『あなたが思うようにしなさい』と言いました。しかし心の中では『妻が可哀想だ』とも思っていたのです。それは私が修煉し始めたので、妻は業力を受けているのです。師父は『なぜなら業力が誰かのところに落ちていれば、その人は必ず辛い思いをするからです。これは間違いないところです』 [1]と説かれていたからです」

 「私は心の中で、自分に言い聞かせていました。『誰も私に修煉を放棄させることはできない』。妻がどんな話をしてきても、私は『気にしません』と言いました。しかし次の日には、奇跡的に一家は元の穏やかな雰囲気に戻っていたのです。そして私たち一家は、故郷の祖父母を訪ねるために家族旅行を手配したりして、皆で楽しい時間を過ごしたのです」

 「妻は、私の変化を見て、法輪大法は素晴らしいことを理解し、それからは私の修煉を支持してくれるようになりました」と語りました。

 結び

 グエンさんは「これが私が大法に入った経緯です。小さいころから、邪悪な共産党の無神論的な洗脳を受けて育ち、党文化に満ちた教育を受けて、部門の支部書記も務めていた私が、法を得ることができたということは、本当に奇跡なのです!」と話しました。

 「今では現地の同修と、毎日一緒に『轉法輪』を読んでいます。そうしている自分は私にとって、さらに奇跡なのです」と、グエンさんはその喜びを隠すことはできませんでした。

 「慈悲なる師父は、私が困惑しているとき、手を差し伸べて私を救ってくださったのです。実修して精進することこそ、大法弟子の使命を果たし、師父の恩に報いることができるのです」と語りました。

 注:
 [1]李洪志師父の著作:『轉法輪』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/11/26/434063.html)
 
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