新型コロナウイルスをどのように乗り越えるのか
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文/北米の大法弟子

 【明慧日本2022年8月3日】新型コロナウイルスの流行は人類社会の在り方を変えました。大法弟子として、どのようにウイルスと向き合うかは、法理をどのように理解しているかによって決められています。ここでは、新型コロナウイルスに対する認識と結び付けて、自分の体得を語りたいと思います。不適切なところがあれば、慈悲なるご指摘をお願いします。

 1、新型コロナウイルスに対する一歩一歩の認識

 新型コロナウイルスが現れた最初に、メディアの報道に基づいて、ウイルスは中国共産党が作ったもので、全世界が災難に巻き込まれると私は推測しました。一方、私には師父のご加護があるため、ウイルスに侵されることはないとずっと信じていました。そのような認識に基づいて、今までどおりに大法プロジェクトを行い、ウイルスに感染されることを全く心配せず、ウイルスは大法弟子とは何の関係もないと思っていました。

 しかし、周りの何人かの同修、とても精進している同修まで次々と新型コロナウイルスの病状が現れ、病状がかなり深刻な同修や、亡くなった同修もいました。それをきっかけに、新型コロナウイルスをどのように認識すべきかを改めて考えました。

 大法はすべてを創造した時、邪悪を淘汰するためのウイルスも造りました。ウイルスのターゲットは救いようのない邪悪な人で、大法弟子はそのターゲットではありません。しかし、大法弟子の体の中に邪悪に符合するような要素がある場合、それを除去しない限り、ウイルスに狙われることもあり、その時、大法弟子にも感染症状が表われると思います。修煉者は新型コロナウイルスを恐れていませんが、もし修煉に漏れがあれば、ウイルスに狙われるかもしれません。

 常人はウイルスを伝染病、疫病と見なし、何らかの措置を取っています。大法弟子はそれを伝染病と見なしてはならないと思います。ウイルスは神にコントロールされ、条件を満たした人に対して処罰を行うものだと、私は認識しています。

 2、恐れる心を除去し、大法に同化する

 新型コロナウイルスに対して一歩一歩認識する過程は、学法して法理を深く理解する過程でもあると実感しています。法理を悟ったからといって、大法の基準に達したとは言えません。日々の生活の中で執念を取り除き検証を受けて、大法に同化しなければなりません。

 例えば、新型コロナウイルスが流行し始めた頃、修煉者として自分がウイルスに感染することはないと理性的に分かっていても、何人か感染した常人の友人と接触した時、特に彼らの親族に感染して亡くなった人がいることを知った時、私はやはり恐怖を感じました。「私は大法弟子だ、ウイルスには感染しない」と自分に言い聞かせて、やっと心を落ち着かせました。しかし恐れる心を除去したわけではありません。

 先日、同修から聞いた話によると、女性同修のAさんに非常に深刻な新型コロナウイルスの症状が現れて、助けが必要でした。私は迷わず、Aさんの家に行って一緒に彼女と発正念すると決めました。ノックしてもなかなか出て来ず、しばらく待っていたら、ドアの向こう側からゴソゴソと物音がしましたがドアは開きません。そっと押してみると、ドアは開きましたが、Aさんの姿が見えません。もう一回注意してみると、なんとAさんはドアの後ろに倒れていました。本能的に手を伸ばしてAさんの体を起こそうとしましたが、服に触れた瞬間、「彼女はウイルスに感染している。私も感染するのでは」と思って迷いました。明らかに、新型コロナウイルスに対する認識はまだ法理にそぐわず、恐れる心がありました。

 幸いにも、私はすぐ不正な一念を否定して、Aさんの体を起こして部屋に運びました。先の一瞬の考えは、ウイルスに対する私の認識を検証するものであり、正念を固める機会でもあると思いました。

 3、同じく感染し、対応方法と結果が全く違う2人

 実は、Aさんは神韻の宣伝を手伝うために地方に行っていましたが、一緒に住んでいた同修に新型コロナウイルスの症状が現れ、数日後Aさんにも症状が現れ、その後Aさんの夫にも症状が現れました。

 夫は呼吸困難に耐えられず、私がAさんの家に行く前日、同修たちは夫の依頼を受けて、彼を病院に送りました。検査の結果、新型コロナウイルスが陽性で、すぐに人工呼吸器を付けました。付けてから夫の呼吸がすぐにスムーズになりました。そこで、夫はAさんに連絡して、早く病院に来て人工呼吸器を付けるように勧めました。Aさんは、自分は「感染した」のではなくて、病院に行かずに、家で正念を以てこの関を乗り越えると返事しました。

 私ともう一人の女性同修のBさんはAさんに付き添って、煉功と発正念を共にしました。最初、Aさんの症状は非常に深刻で、座ると呼吸ができなくなるため、地面にうつ伏せになるしかなく、息を荒くして、数時間も動けません。Bさんは連日Aさんに付き添って学法、煉功、発正念、食事、睡眠も共にして、自分か感染するかどうかなどをまったく考えていません。

 「これは旧勢力の迫害であろうとなかろうと、まず内に向けて探すこと。食欲がなくても、体力を保つために無理に食べないといけない。座っていられなくても壁に寄りかかって発正念をすること。動功ができないなら静功をやること。動功をやる気力が出てから、どんなに動作が遅くて時間がかかっても一つ一つの動作をやり終えること。立っていられなくなったら、椅子に座っても壁に寄りかかっても続けること。自分で本を読むことができないなら、私たちが読み上げるのを聞いて、一句でも一段落でも自分が読めるようになったら、自力で読んでみること。これらのチャレンジはみな旧勢力の迫害を否定する行為だ」と私たちはAさんを励ましました。そのように、Aさんは少しずつ私たちの言うとおりに行動して、毎日進歩しました。嬉しいことに徐々にAさんは座って発正念できるようになり、静功はほぼ1時間やり、動功も1時間立ったままできるようになりました。4日目の朝、Aさんは「私は完全に良くなった!」と宣言しました。

 後日、Aさんは私に「初めから最後まで自分が感染したと思っていない。大法弟子である自分がこの魔難に遭ったのは、旧勢力に隙に乗じられて、旧勢力に迫害されたのだ。その数日の中でたくさんの執着を見つけた。例えば、色慾(ラブストーリのドラマを見ること、多くの金を使ってきれいな服を買うなど)、恨む心(商売に執着して修煉が足りない夫を恨む、自分の観念に合わない人や事などを恨む)、孫に対する情、夫に対して慈悲心が足りない、金に対する執着などだ」と話しました。師父と大法を固く信じる気持ちは、今回の難関を突破する中でAさんの力の源となりました。

 一方、Aさんの夫の場合、病院で3週間以上治療を受けた後、家に戻りましたが、完全に回復をしていないため、呼吸困難の時、呼吸器をつける必要があります。

 Aさん夫婦がウイルスに感染してから、それぞれ異なる対応と結果を我々に見せました。Aさんは自分の執着心を探して除去し、煉功と発正念に励んですぐに難を乗り越えて回復しました。一方、Aさんの夫は今回の感染を修煉の関として考えず、常人の医療方法で困難を解決することを選択しました。回復まで所要の日数が長いだけでなく、家に帰ってからも長い間後遺症がありました。後遺症があっても悪いことではないと思います。後遺症があるのは、Aさんがどのように関を突破したかを見習って、学法、交流、内に向けて探すことによってAさんと同じように関を突破する機会でもあります。

 4、結び

 新型コロナウイルスは悪人を淘汰するためのものですが、旧勢力はそれを利用して修煉者を迫害することもあり得るし、正の神がそれを利用して我々を試練することもあるかもしれないと私は悟りました。どんなことが起きてもおかしくありません。私たちは迷いの中で修煉するので、ウイルスが流行し乱れている世相の中で大法弟子のやるべきことをしっかり遂行するには、法理を理解するだけでは十分でなく、「三つのこと」を行う中で着実に自分を修める必要があります。それを実現するために、最も重要なのは師父と大法を固く信じることだと思います。

 【編集者注:この文章は筆者の現時点での個人的な認識を代表しているものであり、同修の皆さんと切磋琢磨し、「比して学び比して修す」のためのものです】

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/2/8/438694.html)
 
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