【日本法会】メディアの仕事を通じて体験したこと
■ 印刷版
 

文/日本の大法弟子

 【明慧日本2022年10月10日】私は今年29歳の青年弟子で、日本で育ちました。1年前に新唐人テレビの関西での取材班に加わり、そこで体験したことを皆さんにご共有できればと思います。

 一、私心を取り除いて、心から「協力」をする

 新唐人テレビに加わる前、私は様々な真相を伝えるプロジェクトに参加していました。その頃、一部の同修の仕事の進め方に、いわゆる日本人レベルの「丁寧さ」や「正確性」が欠けていることが気になり、他人と一緒に仕事をすることに疲弊し、億劫になっていました。また、急に仕事が増えて、自分のペースを乱されることにもストレスを感じていました。そのため、新唐人テレビに誘われて加わった初期の頃は、頼まれたらするという立ち位置で、ほぼ他人任せでした。

 参加して3か月が経った頃、関西チームの番組制作の本数が少ないとの指摘がありました。私は記者のほかに取材申請も担当していたので、自分が申請しなければ、番組制作は始まりません。自分の執着心が、同修のプロジェクトにおける仕事の機会を奪っていることに気づきました。その執着心とは、誰かの不足を見て、「自分が」ストレスを溜めたくないから極力関わりたくない、「自分の」時間を犠牲にしたくない、というある種の強い「私心」でした。

 これらの「私心」に気づいた後、学法を進めていく中で、今まであった「自分のペースでやりたい」「自分の時間も大切にしたい」という欲望が取り除かれ、自分の休憩時間が全くない日が続いても、苦に感じなくなり、むしろ時間の許す限り、法を実証する事に時間を費やすのは当然の事という意識に変わり、積極的に取材申請するようになりました。

 また、他人の不足にストレスを感じていた頃の私は、寛容さが足りず、傲慢でした。様々なプロジェクトにおいて、技術的に素人だった私を同修の皆さんは当時、淡々と助けてくれましたが、私は他人の不足を見て、積極的に補おうとせず、表面に出さなくとも心の中では不満を感じていたのです。新唐人でも、私がミスしたとき、同修の皆さんは淡々と陰でカバーしてくれました。私は、師父が説かれた「不足があれば、修煉者として自ら進んで不足を補い、それこそ大法弟子が行うべきことです」[1]を思い出すと同時に、他人が不足しているように見えていたものは、実は鏡のように自分こそが不足していたものだと悟りました。

 例えば、大きい機材を持つ同修が取材中に物にぶつかって壊したとします。取材申請者の私にとって、冷や汗をかく出来事で、その同修に対し、少し不満を覚えるかもしれません。しかし、一見その同修の配慮不足で起こった事のように見えるかもしれませんが、なぜこの事が起きたのか内に向けて探した時、身軽な記者の自分こそ、周りをよく見たり、声掛けしたりするなど、同修への配慮が足りていなかったことに気づけます。

 新唐人で何かを行う時、皆さんとの「協力」の度合いが高まれば高まるほど、よい結果になることが多くありました。「協力」を心から実行するには、第一に「何が衆生を救うことに、また新唐人にとって一番良いのかを起点に考えること」、第二に「他の同修への思いやり」、この二つの主な軸が必要だと私は思います。これらの軸に「私心」という執着心が混入すれば、「協力」の度合いは下がっていくのではないかと考えます。なぜなら「私心」があることで、法を実証するうえで、純粋な起点ではなくなるからです。

 外での取材時、私が悩む問題は、同修に対し日本のマナーについて指摘することです。大陸と日本の習慣は同じではなく、特に主流社会で求められる日本のマナーは厳しいですが、私を含めマナーの部分でまだまだであることは明白でした。私はグループで一番年下でもあるので、指摘することで「自分が偉そうに思われたくない」「不快に思われたくない」といった私心がなかなか取り除けず、必要最低限しか同修に伝えませんでした。しかし、一般の方はメディア関係者の態度をよく見ていますし、それはメディアの印象にもつながります。私の伝え方が甘いと、また同じことが繰り返されます。新唐人を一番に考えた時、この私心は妨害作用しか働いていません。同修を思いやりながら、慈悲の心をもって指摘すれば、相手も理解してくれます。幸い、グループの皆さんは私の指摘を寛大に受け止めて下さり、毎回直そうと努力してくださいます。指摘した後、ちょうど次の取材時にその場面がやってきて、良い結果に終えることもありました。そういった積み重ねが、取材時のマナーの成熟につながっていきました。年下の意見も快く聞いてくださる環境はありがたいことで、同修の協力はこういったところでも発揮されています。

 二、取材中の不思議な体験

 パレードや署名活動の時、強い正念を持って参加できますが、日々の仕事は、学法不足になると機械的になりやすく、本来の意味を忘れがちです。また一見、真相を伝えることと関係のないような一般のニュースを取材するとき、気軽な気持ちになりがちでした。しかし、「人を救うこと」につながるという意識をもって、どんな仕事や取材でも正念を持って行うようになった時、順調に進むことが多くなり、不思議な事が頻発するようになりました。

 ある議員への取材時、たまたま前を通りかかったという別の元議員がやってきました。私は中国共産党の真相を伝えつつ取材交渉し、急遽出ていただけることになりました。また別の日、伝統工芸の取材先で撮影していた際に、看板を直しに来たという別の伝統工芸の方がいらっしゃいました。紹介してもらい、その場で取材のご承諾をいただけたのです。当時はちょうど伝統系の番組申請が難航していた頃で、師父がご加持してくださったのだとすぐにわかりました。また別の取材先では、花があればより番組の質が上がると思い、ダメ元で近くに花屋がないか伺うと、なんとすぐ近くに花屋があるといいます。直近では大きな花火大会で起きました。事前に指定されていた撮影場所は遠い離れた所で、斜めから撮る予定でした。しかし当日、急に近い真正面の場所に変更されたのです。

 こういった確率的に説明できない不思議な事が次々と起こりました。師父がいつも側にいらっしゃることを実感すると同時に、感謝の気持ちで胸が熱くなりました。

 三、緩い環境に甘えず 衆生済度を急ぐ

 パレードに参加した際、大陸から出てきたある同修がふと私に「こんな自由に外でパレードできるなんて本当に信じられない。今回私は初めてで、参加できることが本当に嬉しい」と言い、とても感動した様子で涙目でした。私は、その純粋な心に涙が出そうでした。日本にいる自分にとってはパレードに参加することも、真相を伝えることも、取材に行くことも、ごく当たり前にできますが、大陸にいる同修にとって安全面から容易なことではありません。なぜ今までもっと必死にやってこなかったのか、できる条件が自分にはあるのに、この環境に甘えて緩んでしまい、恥ずかしく思いました。同修のただただ人を救いたいという気持ちが強く伝わってきました。それからは寝る間を惜しむほど、仕事をこなすようになりました。ただし、仕事量が増えるならば、その分、学法も増やさなければ、また仕事を機械的にこなす日々になりやすいと私は思います。

 取材先では神韻を見たことがある人や、新唐人をはじめ、同修たちが行っているほかのメディアを「いつも見ているよ」と言われたり、「法輪功を知っている」と言われたりすることが増え、こんなに常人に知れ渡っているのかと、またそれにより円滑に事が進むなど助けられたこともありました。たとえ同じプロジェクトでなくても、同修のみなさんが日々行っていることがどこかで繋がり、連鎖していくのだと思いました。気づかないうちに、皆一丸となって人を救う事に協力し合っているのです。

 振り返ると、様々なプロジェクトで培われてきた技術は、私が新唐人テレビで仕事をする上ですべて必要な技術でした。師父が按配してくださったこの道をしっかり歩み、人を救う使命を全うしたいと思います。

 慈悲深い師父に感謝申し上げます。

 適当でない点がございましたら、同修のみなさんのご指摘をよろしくお願いいたします。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『二〇一四年サンフランシスコ法会での説法』

 (2022年日本法会発表原稿)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/10/10/450606.html)
 
関連文章