中国法会|内に向けて探し 20年の恨みが1カ月で消えた
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 文/吉林省の大法弟子

 【明慧日本2022年12月15日】

 慈悲深い師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 私は1998年に修煉を始めた大法弟子です。師父の慈悲深い苦心なる済度に感謝いたします。最近の修煉体験を同修に協力してもらい文章にして師父にご報告し、同修の皆さんと交流したいと思います。

 私たち家族4人は全員師父の弟子です。娘と婿と私はみな1999年7月20日以前の弟子で、孫娘は現在15歳で、大法の中で育った子供弟子です。

 私は素直で何事にも熱心な性格だと思っています。娘は心優しくて素朴で、孫娘は背が高く知的で可愛い子です。以前は古筝を習っていましたが、今は琵琶を習っています。私たちは東北人ですが、婿は南方の出身で、口数は多くないのですが、しっかりとした意見を持っています。外向的な性格の私たちとは違います。当時、婿が同修ということもあり、私は娘に常人の彼と別れさせ、娘は数歳年上の婿と結婚することを決めました。3人で修煉の全体を成し遂げ、ともに大法の中で精進したいと思っていたのです。

 深まる恨み

 迫害の最初の2、3年は、3人でいろいろなところに行って、資料を作り配布していました。法を実証し、お互いによく協調が取れていました。しかし、その後の20年間は、私は婿の状態にずっと執着していました。婿は毎晩のように散歩に出かけ、夜中にならないと家に帰らず、時には公園で寝ることもありました。婿は連行されたことがあり、迫害の圧力からかもしれませんが、私から見ると婿は修煉しているのか、修煉していないのか、というような状態がずっと続いている印象がありました。

 最初、婿は仕事に就いていなかったのですが、娘の紹介で今では月に6、7千元の収入がある良い仕事に就いています。しかし、婿は自分の給料を自分で管理しており、娘には渡さず、家族のために何かを買うこともほとんどありません。家に備蓄している食油やペーパーなどが何故か少なくなってしまうことがしばしばありました。婿は娘との感情が非常に薄く仕事をし始めてからは、おしゃれに気をつかうようになりました。毎日残業があり、家に帰る時間がとても遅くなり、土曜日、日曜日の連休でも家にいる時間は半日ぐらいでした。二度ほど、また土日に残業があると言い出したので、私は心性を守り切れず、こっそりと婿の勤務先に行き、残業しているかどうかを確認しました。警備員は、土日は一切残業がないと言いました。家族に嘘をついていることが分かりました。

 婿は深夜に帰宅することが多くなりました。私は残業も嘘であると知っていたので、「外に家庭を持っているのではないか」と疑ってしまいました。修煉者としてこの強い人心があるため、旧勢力にすきに乗じられて、私のネガティブな考えが強化されました。婿の不倫疑惑について、頭の中はいろいろなバージョンを想像し、今日はこの人と、明日はあの人とデートしているのではないかと、婿の不倫を疑っていたのです。このように、毎日同じ屋根の下で生活している私と婿が、どんな状態であるか想像できるでしょう。婿は、私からの干渉や、疑っていることを嫌がっているのですが、私は婿がちゃんと修煉せず、家庭に対して無関心であることを恨んでいたのです。婿への執着を完全に放下できていないため、良い時も悪い時もありましたが、婿は私を敵のように扱い、私を追い出すこともありました。次第にこの恨みは深く積み重なっていきました。

 突然に現れたトラブル

 1カ月ほど前のことですが、お昼になるので私は昼食の準備に取り掛かりました。お米が古く、少し匂うので揉んでみました。私が米を揉んでいるのを見た婿は、「誰が米を揉んでと言った! 揉んだら栄養がなくなるだろ!」と怒鳴りつけました。私は心が動じることなく、「揉まないなら水に浸けてみる」と言いました。すると婿は、「誰が水に浸けてくれと言った!」と大きい声で言いました。その時、家にいた孫娘が怒った顔で部屋から出てきて、父親に「お父さんは、いつもおばあちゃんに怒鳴っているじゃない、料理をすることも罪なの? 揉んだりしてもいけない、水に浸けたりしてもいけないなんて」と言いました。

 私が野菜を切っているのを見た孫娘は、「おばあちゃん、切らなくていいよ、お父さんに切らせたらいいよ」と感情が高ぶった口調で言いました。そして私を部屋の中に押し込むと、父親に「お父さんはいつもおばあちゃんに逆らうし、穏やかな態度が全くない。帰ってくるたびにかんしゃくを起こし、いつも怒っている。おばあちゃんは何も言っていないのに、まだそんなことを言っている!」。孫娘は今にも泣き出しそうでした。

 ちょうど12時前になったので、孫娘と一緒に部屋に入り、発正念をしました。終わって出て行きましたが、婿は料理をしていなかったのでまた作り始めました。私は料理をしながら「私が家を出た方がいいのではないだろうか? 20年娘と一緒に暮らしているが、この家を維持するために炊事、洗濯、家事など、基本的にすべて私が引き受けている。修煉においても娘、婿、孫娘の3人を監督している。朝は娘を起こして一緒に煉功し、夜は4人で学法をするが婿は参加したり、しなかったりだ。今、婿の態度を見て、もしかしたら、私はこれ以上彼らの世話をしなくてもいいのかもしれない。何処か部屋を借りようかな。ここに住んでいたら婿が嫌がるだろう」と、自分を探してみました。

 偶然にも、その日、同修のAさんが家にやってきて、「〇〇さん、私の家に来て手伝ってくれませんか? 父のために2人の家政婦を雇って父と一緒に学法をさせたのですが、誰もうまくいきませんでした。〇〇さん、来て貰えませんか」と言ったのです。私は、「いいですよ、手伝ってあげます。しかし、三つのことに影響したらいけないので、給料のことは全然気にしません。私は月曜から金曜まで同修に荷物を届けなければならないので、朝の9時には行けます。帰りは午後の5時が理想で、途中真相を伝えることができるからです。土日は学法をしなければなりません」と言いました。心の中では、娘の家を離れて、彼らに自立させたいという思いもありました。

 私が仕事に出かけた最初の数日は、孫たちには新鮮な感じがあったようです。孫娘はかなり喜んで「おばあちゃん、おばあちゃんが家にいないときは、お父さんがお金を渡してくれて、出前を注文したよ。美味しい物を食べているよ。お父さんが毎日餃子や肉まんを買ってきてくれるの」と話しましたが、数日後には孫娘は飽きてしまい、「やっぱりおばあちゃんの手料理がおいしい」と言い出しました。

 以前、婿と私はいつも対立していました。婿は遅く帰ってくると、私は時間通りに発正念をすることができず、学法もきちんとできないので私はいつも、「5時に仕事を終えて6時に帰ってきたら、発正念ができる。でも、仕事が終わってもすぐに家に帰らなければ、外でぶらぶらしても何の意味もない。発正念をしっかり行わないと、自分だけでなく、他人にも害を及ぼすから、自分の空間場をきちんと管理しないといけない」と言い聞かせていました。私が頻繁に言うので婿は私にキレていたのです。同修の Aさんの家に手伝いに行った当時は、まだ婿に恨みがありました。「今回は早く家に帰らなくていい」と思っていたので、Aさんの家を出てから他の同修の家に行って一講を勉強し、それから8時頃家に帰っていたのでした。

 家に帰って見ると、彼らの夕食はまだできていませんでした。娘たちは勤務が終わってから作るので、夕食が9時になっていたのです。学法の時、娘は数ページしか読んでいないのに、すぐに眠くなり、発正念の時も掌が立てられなくなりました。私が家事をやらなくなると、娘と婿は忙しくなりました。娘も家事が楽ではないと身をもって実感したようで、たった数日だけで、「あー疲れた」と愚痴をこぼしました。私は「疲れたの? 私は何十年もやっているのに、まだ疲れていないよ」と言いました。以前、娘たちに食費を払うようにと言ったことがありましたが、一度も払ったことがありませんでした。お金に執着しているわけではありませんが、常人の理から見ても、私は無償で料理をしたり子供の面倒を見たりして、食材を買うための生活費をある程度払って欲しいのですが、全く払ったことがありませんでした。婿が娘に給料を渡さず、家のものをほとんど買わないことや、娘には金銭の余裕がないことを知っているため、私は心の中で婿に対してずっと不満があったのです。

 数日間、同修と一緒に法を学んでから帰り、娘たちが遅くまで食事をしているのを見て、「自分は修煉者だ、自分が間違っているのだ、自分はあまりにも利己的だった。早く帰って夕食の準備をするべきだった。そうすれば彼らが帰ってすぐに食事ができる」と自分に向けて探しました。服も洗濯してないのを見て、洗濯しました。私は修煉者です。師父は私に他人のための生命になることを教えられました。新しい宇宙の生命はすべて他人のためであり、私はひたすらこれらの恨む心、人心を取り除きました。

 執着を放下する

 私が、婿の修煉状態への執着を完全に放下できたのは、1カ月間、家政婦を勤めたおかげです。これはまさに師父の慈悲なる按排であり、師父は、私の最大の難関を乗り越えさせてくださったのです。

 同修のAさんは家では気にすることなく、時々年配の父親に悪い態度を見せることがありました。これを見た私は、「修煉者がどうしてこのようになったのか」と驚きました。しかし、考えてみると私も家では、このように人を仕切っていたのではないでしょうか? 家できちんとできていたでしょうか? これで、どうやって大法の素晴らしさを実証できるのでしょうか? 私が変わらなければならず、徹底的に変わらなければならないのです。自分がずっと向上していないため、婿にどれだけ苦労をさせていたでしょうか。婿はいつも私のために演じてくれていたのです。良くなったり、また悪くなったりしていたのは、自分の執着が根本から取り除かれていなかったためです。私は、「師父、私は根こそぎ取り除かなければなりません。これは旧勢力が按排したものだからです。私が自分自身を高めなければ、この人も家に帰ることができなくなり、彼の衆生はまだ彼を待っているのです」と師父に言いました。 

 私は「他人に要求せず、自分に要求し、自分が良くなれば、すべてが良くなる」と思うようになりました。婿が発正念をしなければ、私が代わりに発正念をします。婿の空間場の悪いものを取り除き、いつも彼を外出させる悪い要素を取り除き、彼の修煉がうまくいくように、すべての衆生を家に連れて帰れるように加持しました。そして、婿のことについて何も疑わなくなりました。長年にわたり、私は魔の罠にはまり、今日はこの人、明日はあの人、と魔の考え方に沿って疑っていました。今、自分は悟ったので、今までの自分を振り返って、自分がいかに滑稽であったかが分かりました。1人の大覚者として人間のことを考えるはずがありません。人間のことを考える自体間違っています。衆生を救うことを考えず、人間のことを考えてしまっていたのです。根本から探してみると、自分が大きな過ち、大変な過ちを犯したことが分かりました!

 師父は、「佛の境地に達することができれば、そういう低能なものは全くなく全て高尚なものです。何でも知っており、牛や馬の考えすら知っていますが、心が動じることなく、考えたくもなく、念を動かさなくても全てを知っているのです」[2]と説かれています。

 人間のことを考えるというのは、人間の次元にいるということではないのでしょうか。婿の良くないことばかり考えて、婿を下へ引っ張っていることであり、 邪悪がやりたいことをやっているのではないでしょうか? 邪悪こそが修煉者を害しようとし、トラブルや隔たりを作り、みんなを上がらせないように引っ張っているのではないでしょうか。

 これらを悟った自分は恥ずかしくなりました。今は、婿を疑う考えがあったら、すぐにそれをキャッチして「滅」の一念を発し、何も考えず、自分の行うべきことを行います。家政婦の仕事をした1カ月間は、家の環境を離れて自分自身を見つめ直すことができたので、決して無駄ではありません。仕事を終えたら、心を静めて法を勉強し、自分のどこが法の基準に達していないのか、何がいけなかったのか、勉強しながら自分自身と照らし合わせました。このように考えてみれば、すべて私が間違っていたのです。

 師父は、「時には強い常人の心をもって一途に思い込んで、なかなか抜け出せず、考えれば考えるほど執着し、考えれば考えるほど心が沸き立ち、考えれば考えるほど魔があなたを利用しています」[3]と説かれています。

 私は師父にこう言いました。「師父、私はまさにそのようでした。長年来私はこのことについて修めませんでした。自分はこんなにもみっともなかったのです! 今回は根こそぎ、そのような念を一切考えないように努力します。物事を考えるときにはすべて覚者の念で考え、悪いものを消滅すると同時に、悪い思想を滅します。それらは本当の自分ではなく、邪悪が押し付けたものであり、師父が認められなければ、私も認めません。また力を入れて、婿の背後にある悪いものを除去しました。

 慈悲心が生まれる

 婿に対する悪い考えを完全に捨て去ったとき、婿も変わって私に話しかけるようになりました。今まで、婿は私と話すらしようとはしませんでした。以前は彼らの世話をしても敵のように扱われ、私を見ようともしません。私が家にいないと、婿はとても喜んでいるようで、私が家にいるとまるで彼の自由がなくなったかのようでした。なぜなら、私はいつも彼に「本を読みなさい、学法をしなさい、発正念......」と促していたからです。修煉を強要することは、良いことではありません。自然に任せて、師父が管理して下さるので、私は心配しなくても良いのだと思いました。

 私は心から変わり、婿に対する慈悲心が生じたので、婿も一緒に法を学ぶようになり、穏やかになりました。娘は、婿が笑顔で話すようになり、横目で見たりすることが少なくなったことに気づいたと言いました。私は心の中で申し訳ない気持ちでいっぱいでした。婿と長年一緒に暮らしてきたのに、私の人心が取り除かれていないせいで、婿を害してしまいました。以前は婿を見るとあれこれと想像していましたが、それは邪悪の仕掛けた罠であることに気づいたのです。

 それと、嫁に対する慈悲心も現れました。以前は、嫁は我が家のお金が目当てだと思っていました。しかし今では、「嫁はいつもお金を握り、息子と安心して暮らすつもりがないのだ」と考えなくなりました。嫁はこの家に入った以上、家族の一員であり、お金を使うことや管理することは当たり前のことです。自分は嫁などを区別すべきではありません。嫁が前夫との子供を気にかけることも普通のことであり、みんな衆生です。嫁も大法のために来た生命であり、善であるように、救われるようにと、ポジティブな考え方に切り替えました。

 それからは、婿は今では好きなように行動しており、私はもう何も考えません。残業であるかどうか、考えたりすることはありません。それを考えることは私(し)です。私はやっと旧勢力の罠から抜け出すことができました。

 以前、婿はいつも3人で外食しようと誘っていましたが、私が家にいるので、娘はたいてい「行かない」と言い、孫娘も「おばあちゃんが家にいるから、私も行かない」と言っていたため、婿はとても機嫌が悪くなっていました。今は、婿に自分の空間を持たせ、プレッシャーを与えないために、私は朝の食事の支度をしたら自分の部屋に入り、部屋の中で法を勉強するようにしました。婿が洗面や食事を済ませて勤務に出てから、それから私は部屋からでるようにしました。昼間は、婿と娘は家に帰らないので、夕食後も、私はずっと部屋の中で学法や、発正念をしています。婿の帰りが遅いので、3、4日会わないこともあるので、婿は孫娘に「おばあちゃんはいるの?」と聞いたりしているそうです。私は「子供たちにプレッシャーを与えないように、他人のための生命になる」と思うようになりました。私は孫娘に「おばあちゃんの本当の気持ちは、あなたの、お父さんにプレッシャーを与えないように、安心して暮らせるようにすることなのよ」と話しました。

 内に向けて探す

 実は、家庭は本当に修煉の最も良い環境なのです。一つの考え、一つの念は、自分が常人なのか修煉者なのかを気付かせます。修煉者は口を修めるだけでなく、考えてもいけません。いろいろなことを考えてしまうと、すべてが常人のもの、汚いものです。

 例えば、以前は3人のタオルが汚れているのを見て、自分のタオルを使われるのを心配し、自分のタオルはきれいに洗って寝室に掛けていました。 しかし、その後、修煉において、小さいことは気にしないようにし、これは私利私欲の心ではないかと悟ったので、彼らのタオルをきれいに洗っています。

 そして自分の歯磨き粉やスリッパを他の人に使われるのも嫌だったのですが、今私は変わりました。もうあなたのもの、私のものという心はありません。汚れているのを見たら、全部きれいにします。

 トイレに行ったときも、子どもたちが中にいたら「急いで出てよ、かなり待っているんだよ、まだ出て来ないの!」と催促していました。それが党文化であり、余計なことなのです。今、私はゆっくりと扉を動かし、鍵がかかっているのを見たら、静かに戻り待つようにしています。他人のことを考えられるようになりました。

 彼らのバスタオルを使いたくないと思っていました。そのため新しいバスタオルを買ったのですが、その新しいバスタオルがなくなったのです。タオルがなくなった理由について考えました。バスタオル買って、「彼らと一緒に使いたくない」と言う考えがあり、これは彼らに使わせたくないと言う心があったのです。新しいタオルがなくなったのはここに原因があり、このことがあったので自分の人心を見つけることができました。

 また以前子どもたちの汚れたものを洗わず、すべて私が洗っていたので、不満がありました。しかし今では、子どもたちが早く出勤し遅く帰り、かなり忙しいので、私が手伝うことによって、彼らも多く学法することができると悟りました。今は、料理に対する不満もなくなりました。以前は日曜日も食事の支度をしなくてはならないので、私は心のバランスを崩していましたが、今はもうすべて放下しました。

 当時、同修Aさんから父親の世話を頼まれた時、1カ月だけ手伝うと言いました。そのため1カ月後には家政婦の仕事を辞めました。しかしちょうどその頃、また家政婦を探している別の同修がいて、私と出会いました。私は家族に、「また家政婦の仕事が見つかったので、家を出るつもりだよ」と言いましたが、孫娘は「おばあちゃん、家にいてほしいの、仕事に行かないで」。娘も「お母さん、行かないで」と言いました。 今回は今までのように自分で勝手に決めるのではなく、自然の成り行きに任せ、家族が私を必要としているので、「私は家にいて孫娘の世話をし、私たち4人で法を学び、しっかり修煉して、師父について本当の家に帰ろう」と思いました。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の著作:『ニュージーランド法会での説法』
 [3] 李洪志師父の著作:『各地での説法二』「二〇〇二年ボストン法会での説法」

 (明慧ネット第19回中国本土の大法弟子による修煉体験交流会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/11/13/451562.html)
 
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