醜い容貌を神が改める
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文/玉潔  

 【明慧日本2023年4月11日】

 醜い容貌を神が改める

 『小豆棚』によると、清の時代、寧波に樊道済という学者がいました。ある年の7月、道済は杭州に行って試験を受けようと思っていましたが、家にはお金がありませんでした。ある人が彼の才能を惜しんで、彼にお金を贈って受験を助けました。

 杭州に向かう途中、道済は道端で置き去りにされた赤ん坊が、息絶えそうになっているのを見て、かわいそうに思いました。彼は、持っていたお金をすべて豆腐屋の夫婦に預け、赤ん坊を育ててくれるように頼みました。

 杭州に着くと、一銭も無い道済は、知り合いの僧侶の宿坊に泊まりました。その夜、夢の中で、各地方の守護神が文昌帝君に謁見し、今年の郷試の名簿を帝君に送ったのを見ました。名簿の中には資格を取り消された空欄があり、善人を探して補おうと待っていたのです。寧波の守護神は「樊道済は人を救う心があり、選出させることができます」と推薦したのです。

 文昌帝君は道済を連れてくるように命じましたが、彼の容貌が卑しくて醜いのを見て「この人の風采を上げるには、どうすればよいか?」と困っていました。

 「彼の髭と眉毛を変えれば、堂々とした男になります」と、守護神は提案しました。

 道済の容貌が醜いのは、髭がないからでした。そこで、守護神は一人の髭の濃い判官を指さして「あなたの髭を彼に貸してください」と言いました。判官は、すぐに顎から自分の髭をはずして、道済につけてあげました。

 僧侶は、夢が覚めると不思議に思い、すぐさま起き上がり、夢で見たことを道済に伝えようとしました。しかし、道済を見ると、髭がなかったはずの彼は、一晩のうちに急に立派な髭が生えていたので、思わず笑ってしまいました。道済は自分の変化にまったく気がつかず、僧侶のわけのわからない笑いに戸惑いました。

 僧侶は、夢で見たことを道済に告げました。案の定、道済は今回の郷試に見事に合格しました。故郷に帰ってきた道済を見て、村人は皆変わりすぎた彼の容貌に驚きました。「昔の無名の樊髭(あだ名)は、今ではただの君子ではない!」と口々に言いました。その後、樊道済は刑務所訴訟の役人まで務めました。

 樊道済は人を助けて善行を施したので、守護神が醜い彼を堂々とした男に変え、しかも受験に合格させました。昔の人は義を重んじ、他人が困っているときは助けてあげます。思いやりの心ですべてのことに対応すると、福徳をもたらすと共に、災いが遠ざかるのです。まさに心によって、環境も変わるのです。

 徳を重んじることは、すべての福と福報の根源であることを理解することができれば、気風が日に日に堕落している今の社会の中でも、恩恵を受けることができます。ここでは明慧ネットから抜粋した実話をご紹介します。

 この写真が証拠です

 私の家には、私が法輪功を修煉する前に撮った写真があります。家に来た人は、この写真を見ると「この人は誰ですか?」と聞きます。「私です」と答えると、誰も信じようとしませんでした。そのたびに妻が「それは本当です」と証明してくれます。すると誰もが驚き、私を見て、写真を見比べながら、首を傾げて不思議に思います。

 正直に言うと、私は法輪功を修煉した後、本当に生まれ変わりました。これは言葉で簡単に言い表せることではありません。今の私は四角い顔で、顔立ちが整っています。修煉する前の私は、顎が尖っていて、三角の目をしていて、鋭い目つきが怖いとよく言われました。妻の話で言うと、醜くて恐ろしい形相をしていました。私の以前の写真を見て「あなたじゃないでしょう? 指名手配の凶悪犯に見えます」と言って、大笑いする人もいました。実は昔、私は賭博や人に暴力を振った主犯として、地元の警察に捕まったことがありました。

 私は生まれた時、栄養不足のため発育が悪く、生まれつきの猫背にO脚でした。7歳の時、母が亡くなり、父は遊び人で、私を可愛がりませんでした。私は親の愛を知ることがなく、教育を受けたこともなく、父親の悪い影響を受け、社会の中でさまざまな悪習に染められました。飲酒や喫煙、賭博、それに女遊びのほかに、盗んだり奪ったり、他人を殴ったり、物を壊したりして悪事ばかり働きました。猫背のため、歩く時はいつも手を後ろ手に組み、人を正面から見るのではなく、頭を後ろに傾けて歩く癖がつき、右や左を見ながら歩きます。周りの人は、皆遠くから私を見つけると避けて歩くようになり、私と何か問題があったとき、私に殴られるのではないかと恐れていました。

 私はよく喧嘩をして、隣近所の迷惑者になっていました。妻にも時々、頭から血が出るほど殴りつけ、妻が離婚すると言うと、私は包丁を妻の首に当てて「これでも離婚するつもりか?」と脅かしました。私は相変わらず外で遊んでいるばかりで、それに対して、妻は黙っているしかありませんでした。私を「命知らずの輩」と言う人もいて、皆私のことを恐れていました。

 このような生活の時間が長くなると、私の体も悪くなる一方でした。病院で検査したところ、地元の病院に匙を投げられ、転院させられました。あの頃の私は、体も心も救いようのない状態でした。

 そんな時、ある人から1冊の『轉法輪』をもらいました。私は2カ月かけて読みましたが、本に述べられている道理に感服させられました。「人とは何か? いかに良い人になるのか? さらにそれを超える人になるには?」など、たくさんのことが分かりました。そこで私は、法輪功を修煉することにしました。

 法輪功は人の心を浄化することができる、これは虚言ではありません。私は法輪功を修煉した後、真・善・忍に基づいて自分の言動を厳しく律し、人と接する際には高い基準で自分に要求し、良くない習慣をすべてやめました。私はより純粋で明るくなり、思いやりの心を持つようになりました。そして、薬を飲んだり、治療したりすることもなく、すべての病気が治りました。現在の私は、背筋がピンと伸びていて、足も真っ直ぐになり、三角の目も正常になり、堂々した容姿になりました。

 私はこの生まれ変わった変化に、親友や知人たちは皆法輪功の素晴らしさに感心し、法輪功の奇跡を目の当たりにしました。妻も私の変化を見て、法輪功を修煉するようになり、私たち「羨ましい」と言うほど、睦まじく幸せな家庭となりました。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/4/3/452637.html)
 
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