文/アイルランドの大法弟子
【明慧日本2023年9月18日】 法輪大法を修煉する前、私はクリスチャンでした。 成長する中ずっと聖書を学び続けてきました。両親は、私がクリスチャンとしてしっかりと育つことを望んでいて、私たち家族は毎晩一緒にお祈りをしていました。
初めて人々に法輪大法を説明し真相を伝えるための街頭に出た時、何人かの宣教師が私たちのブースの前に来て、聖書を開き中の一節を我々に読み聞かせました。彼らは、私がすでにこれらの聖句に精通しており、さらに多くのことを知っていることに驚きました。 私は彼らの立場を理解し彼らを尊敬し、口論になることはありませんでした。それから、このようなことは二度とありませんでした。
友人たちは時々、私がなぜキリスト教の信仰を放棄したのかを尋ねてきます。私は「キリスト教の信仰でやるべきことをやり終えました。今、私は法輪功の修煉者で、この修煉法を確信して、安堵感に包まれています」と答えました。
街で真相を伝えていると、「あなたは中国人でもないのに、ここで何をしているのですか」とよく聞かれました。聞く人たちは、私がどのようにして法輪功を修煉するようになったのかを尋ねているのです。私はこう説明しました。オーストラリアに私のビジネスパートナーがいて、彼とはまだ会ったことはないのですが、ある日、彼から『轉法輪』という本が送られてきました。私は、こんな遠いところまで送ってくるのだから、この本はきっと特別で重要な本に違いないと思いました。本を真面目に2回読んでから、修煉したいと決心しました。私はよく人に、もし夜中に家を出なければならなくて、何か一つしか持っていけないとしたら、『轉法輪』の本を持っていくと言ったものです。
修煉する前、中国で生きたまま臓器狩りが行われていることは知っていましたが、その犠牲者については何も知りませんでした。修煉してから迫害について知った時、この筆舌に尽くしがたい邪悪に非常に恐怖を感じました。そして、真相を伝えるために街頭に出たくなかったのです。15年前からアイルランドにいても、私は迫害に対して恐怖を覚えました。
迫害について知れば知るほど、私は修煉者たちの勇敢さに感動しました。街頭でビラを配ったり、人前で横断幕を掲げたりすることは、とても小さなことのように見えたかもしれませんが、それは言葉では表せない勇気だと思います。彼らは知的で、親切で、賢い人で、過去の生活を捨ててアイルランドに来たのです。母国から根こそぎ引き離される苦しみに耐え、不平を言わなかったのです。彼らはもともと中国に帰って家族や愛する人と一緒になり、高収入の仕事に就き、楽で幸せな生活を送ることもできたはずですが、しかし、信仰まで捨てて共産党の暴政に屈しないため、彼らはすべてを捨てて、祖国の愛する人たちから遠く離れる苦痛を耐える道を選びました。
私は、アイルランド人と中国人の女性大法弟子の思いやり、美しさ、勇敢さに驚かされました。彼女たちは命の危険にさらされる子熊を守る母熊のようで、誰も彼女たちを止めることはできません。また、邪悪な拷問に直面した中国人学習者の慈悲、堅い意思、正義を記した記事にも感動しました。アイルランド文化の、跪いて生きるより立ち上がって死ぬほうがよいという言い伝えはずっと昔に学びました。もし中国から来た素敵な修煉者たちが公の場に出て大法の素晴らしさと迫害の真相を世界に知らせることができるのなら、私にも同じことができるし、そうしなければならないと思いました。勇気はすべての成果の根源だと思います。
よく寄せられる質問
法輪功はどういうものなのか、私たちの立場は何だろうか、法輪功を修煉することは何の価値があるのか、および迫害に関するさまざまな質問を我々はよく受けています。私はまず、法輪功の基本的な理念である真・善・忍を紹介します。私たちは神を信じ、命と家庭を大切にし、婚姻は忠実にすることを推奨する、功法を教えるのはボランティアで金を請求しない、寺院や建物を持たない、煉功する時間や場所にはこだわらない、私たちの師父は学習者に金銭を要求したことはない、本はネットから無料でダウンロードできる、修煉をするかしないかは当人の自由で強制されることはない、中国共産党は自分の罪から注目をそらすために法輪功を誹謗中傷しているのだ、と皆に説明しています。
(続く)