観念を変えれば、インターネット不調も直る
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2024年4月1日】2006年から10年以上、ネット封鎖を突破するソフトウェア「自由門」を使って明慧ネットにアクセスしてきました(他のサイトはほとんど利用していない)。アクセスはほぼ常にスムーズで、ネットの規制やアクセスできないなどの状況にはほとんど遭遇していません。

 しかし、過去半年間、実家でインターネットに接続できない問題に直面しました。普段、週末は母(同修)の家で過ごすので、そこにもパソコンを1台置きました。初めは、周囲の同修もインターネットの接続に苦労していたため、内に向けて自分を探すことも、妨害を否定することもしませんでした。自分の家では問題なくアクセスできるので、自分のやるべきことには影響がないと考えていました。しかし、実際には大きな影響がありました。たとえば、母の知り合いの同修から「三退」リストを受け取り、ウェブに入力しても、送信できないことがありました(時々、師父にお願いすると送信できた)。結局、データをUSBに保存し、自宅で送信するしかありません。また、他の同修とサイト内のメール機能で連絡を取り合っており、緊急に対応が必要な時は、わざわざ自宅に戻って連絡を取ることもしばしばありました。

 数カ月もこのようなことを繰り返していたので、いつの間にか習慣づいてしまい、観念が形成されました。3月8日、自宅で文章を整理し、明慧ネットへの送信準備をしていたところ、突然インターネットが切れました(普段は滅多に起こらない)。他の方法を試しても一向に直らず、焦りを感じ始めました。というのも、その日家族と実家に帰る予定があり、10分後に出発しなければならないからです。この時、文章の送信は数日後に戻ってからになると思いました。次の瞬間、自分の間違った観念に気づきました。無意識のうちに、実家でネット接続できないことを受け入れていたのです。ネットに繋がらなかったこの出来事は、私への警告です。もし自宅で文章をスムーズに送信出来たら何も疑問を持たずに、そのままこのことを忘れていたでしょう。

 認識した後、すぐにそれを否定しました。文章をUSBに保存し、自宅のパソコンをシャットダウンしました。師父は『轉法輪』の中で「人の考えは錯覚を生むこともあれば、幻覚を引き起こすこともあります。そのうちに本当に一つの観念が形成され、錯覚が生じ、喫煙で目が覚めるような気がします。実際はまったくありえないことで、タバコにそのような働きはありません」と説かれました。今日、この誤った観念を正したので、実家のインターネットは使えるだろうと思いました。

 実家に到着した後、夜9時過ぎにパソコンを起動し、自由門を開きました。頭の中は何も考えず、他の仕事をしていました。どのくらい経ったのか、明慧ネットのホームページが表示されました。自分の悟りは正しかったと知り、USBに保存した文章を送信しました。この時、私は心の中で静かに師父に感謝しました。弟子が考えていることを、師父はすべてご存知なのです。この2週間、実家でほぼ毎日明慧ネットにスムーズにアクセスできました。これはここ半年近くの間で初めてのことです。

 知り合いの同修の中には、インターネットに接続すると、ほとんどの時間をタイムラインや新唐人などを閲覧することに費やし、明慧ネットのウェブサイトをあまり見ない人もいます。時々彼らに「私たち修煉者は常人のことに過度に注意を払ってはいけません。常人のことに惑わされてはいけません」と言うと、「真相を伝えるには現在の情勢を理解する必要があり、真相を伝えるにも有利だ」と言い返されてしまいます。しかし、これらの同修たちは会った後、常人のことしか話さず、時には興奮します。もちろん、常人社会の情勢を理解したいと思うのは良いことですが、修煉者としてはバランスを取り、それに惑わされてはいけません。

 上記の同修たちは、インターネットへのアクセスは非常に難しい状況が続いています。ある同修は、時々私の家に来てインターネットを利用し、必要なファイルや明慧ネットの記事をダウンロードしています。彼女はもはや自分の家のネットワークを使おうとせず、時間の無駄だと言いました。この半年間、地元の同修たちがインターネットの接続困難について交流する際、技術の同修や協調人は基本的に常人の視点から問題を解決しようとしてきました。しかし、誰もこのような妨害が生じる根本的な理由を真剣に探そうとしませんでした。よく口にするのは「邪党がまた会議を開いてインターネットを封鎖した」という言葉ですが、これは問題を外部に求めていることに他なりません。実際、師父は『二〇〇三年元宵節での説法』の説法で「明慧ネットは今まで一度も封鎖されたことはありません!」と説かれています。

 私自身は修煉の過程で、明慧ネットを利用することの大切さを深く実感しています。法を学び始めた初期には、邪党による法輪功への迫害が始まったばかりで、知り合いの同修も少なく、なかなか接触する勇気もありません。また、大法を深く理解していないため、あの頃は毎日明慧ネットを閲覧し、同修たちの体験文章を読むことで多くの啓発を受け、今日に至るまで自分の修煉を深めていくことができました。

 ある日、同修から「経文」と称する文書を渡されたので、家に帰ってすぐに明慧ネットで文章を探しました(師父の新しい経文はいつも明慧ネットに掲載される)。しかし、彼女が渡してくれたいわゆる「経文」は明慧ネットには掲載されていなかったので、すぐに偽物だと分かりました。私は直ちにその同修に状況を説明し、これまで配布した偽の経文を速やかに回収して焼却するよう伝え、偽の経文を広めている人の行動を直ちに制止するよう警告しました。

 皆さん考えてみてください。もし明慧ネットがなければ、法に反する問題が多く発生していたでしょう。特に中国においては、共産党による激しい迫害が続く中、25年にわたる反迫害の中で、「三つのこと」をしっかりと実践し、法を正す進行についていき、師父と大法への信念を持ち続けることができた同修は、いずれも定期的に明慧ネットを閲覧したり、「明慧周刊」を読んだりしています。これが絶対的なわけではありませんが、少なくとも私が接触した同修たちの中ではそうでした。実際に、師父は説法で明慧ネットの重要性とその役割について何度も言及されています。私たち弟子は、無条件で協力し、無条件でこのプラットフォームを守るべきだと思います。

 ある同修が交流文章の中で「明慧ネットは私たち修煉者の家だ」と述べたのを覚えています。私もこれに賛同します。明慧ネットには全てが揃っています。メインページでは師父が常に私たちを見守っておられ、師父の全著作、煉功音楽、大法の音楽、交流の記事、伝統文化、明慧ラジオ、詩や絵画など、さらには世界中の大法弟子の修煉状況も載っています。ですから、ここで心から同修たちにもっと頻繁に「明慧ネット」を訪れることをお勧めします。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/3/26/474555.html)
 
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