文/中国の大法弟子
【明慧日本2024年7月15日】私の夫は、法輪大法を学んでいません。しかし、彼は大法を非常に支持しており、法輪功迫害を伝えることの重要性も理解しています。彼はテクノロジーの専門知識を活かして、自宅の材料生産現場の維持を手伝ってくれています。彼の話を同修の皆さんと交流したいと思います。
夫は、私の法輪大法の実践を手伝う
それは1998年後半のことでした。私は関節の痛みのために歩くのに苦労していました。大法を学び始めていた妹が私に法輪大法を紹介し、現代医学で治療できないときに役立つかもしれないと言いました。私は試してみることにしました。
1カ月後、地元の数人の同修が郊外での大法宣伝活動を計画しました。120Km以上の道のり、私は自分が自転車に乗れないのではないかと心配していました。彼らは、私の関節問題はすでにすべて回復しており、師父の保護があれば大丈夫だと私を励ましてくれました。それで私は宣伝活動に参加しました。昼食の時間頃に帰ってくると、夫が「疲れたか?」と尋ねました。関節に不快感もなく、疲れもまったく感じないことに、私はとても驚きました。嬉しかったです!
1999年に迫害が始まったとき、私は修煉環境を失い、意気消沈しました。私はほとんど煉功をせず、本も読みませんでした。私を励ますために、夫は私と一緒に煉功をしてくれました。彼の助けを借りて、私は毎日の修煉を再開しました。しかし、その後、夫が煉功をやめてしまったのは残念でした。
技術を習得
共産党政権の悪魔化プロパガンダにより、多くの人々が大法と学習者に対して深い誤解と憎しみを抱くようになりました。大法はテレビで言われているようなものではないことを、世界の人々に知らせるのは私たちの責任です。そのために、多くの学習者が自費で資料を印刷し、命がけで配布していました。誰もが自分の能力の範囲内で何かをしました。私の場合は、自宅で資料を印刷する作業を引き受けました。
大量印刷の経験がなかったため、少しずつ技術を学びました。夫は製本、裁断、材料の購入を手伝ってくれました。機械を頻繁に使用すると、故障したときに修理の問題が出てきます。私の夫もその点で大いに協力してくれました。夫と私が初めて機械を解体したときのことを覚えています。夫が分解しているときに、私は元の場所に戻す方法をメモしていました。
またあるとき、私たちの機械が始動できなくなり、技術者の同修が来ましたが、問題を見つけることができませんでした。同修が去った後、夫は機械の前に座って見つめ、何が問題になったのか? 疑問に思っていました。師父は彼が心配しているのを見て、彼にヒントを与えてくださいました。夫は銅線を見つけて、それを機械のソケットに差し込み、プラグに接続すると、機械が回転し始めました。私たちは師父にとても感謝しました。
別のとき、ある同修がインクジェットプリンターを購入しましたが、カートリッジにインクを入れる方法がわかりませんでした。彼女は私の家には技術者がいるとからかって、プリンターをくれました。夫は確かにインクカートリッジの補充方法を教えてくれ、プリンターは私にとって非常に重要な法器になりました。
その後、プリンターの修理を容易にするために、地元の学習者は全員同じモデルを購入したので、部品が必要になったときは、壊れた機械から部品を取り出すことができました。しかし、言うは易く行うは難しです。最初は、プリンターの分解の仕方が分かりませんでした。子供がまだ8カ月で、80代後半の姑の世話もしていた頃でした。それでも、夫は時間をかけ技術を独学し、最終的には専門家になりました。
夫は自分の機械だけではなく、他の学習者の機械も修理します。彼らが技術を学ぶために家に来ると、いつも忍耐強く一歩ずつ教えてくれます。夫は同修たちの安全に注意を払い、機械を修理するために彼らの家に行く必要があるときも、同修らの住所は私にも教えません。
夫の献身的な努力のおかげで、私は、新しい機械を購入する必要がなく、多くのお金を節約できました。
法輪功学習者の家族として、夫は大法の素晴らしさを直接知っています。師父と、私たちの子供達も、大法を支えてくれたおかげで健康に恵まれました。私たちは皆、師父に深く感謝しています。私たちは大法に関する情報を広め続け、私たちのように、もっと多くの人たちが大法の恩恵を受けられるようにと願っています。