【応募作品】天法が来た 衆生を救い済度する私に神佛の加護あり
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文/河南省の大法弟子

 【明慧日本2012年7月1日】私は1999年4月2日に大法に出会い、とても嬉しく思っています。それ以前の私は肝硬変、腎臓炎など多種の病気を患っていて、全身がむくみ、クラクラして立っていられませんでした。医者は薬を処方してくれず、私はもう不治の状態になってしまいました。病院側からは死を宣告され、医者は家族に「私においしい物を食べさせるように」と言いました。しかし私は、生きる希望を捨てませんでした。あちこちの神や佛像に礼拝してすがり、何か変化が現れるのを待っているかのようでした。

 以前、私は仙人が飼っている鶴や仙人に仕える少年が、1冊の本を持ちながら「天法が来た、天法が来た」と言う夢をいつも見ていました。しかし、何の意味なのかは分かりませんでした。小さい時から天上の白馬、龍、鳳凰、天女が花びらを散らすなど、多くの美しい光景が見えました。私は「自由自在に天空を飛べたら素晴らしいな・・」と心の中でつぶやきました。他人に話しても誰も信じませんでした。しかし、私は神佛の真の存在を分かっていましたので、小さいころから神様を信じ、佛にすがってきました。

 ある日、王おばさんが1冊の本を持っているのを見つけました。本の背面の蓮の花と夢で見た蓮の花が同じであることに気がつきました。私は急いで王おばさんを呼びとめ「持っている本をちょっと見せてください。どうして私が夢で見た蓮の花と同じなのでしょう?」と、王おばさんに言いました。私は『転法輪』を受け取り、開いてみると、本の中の師父の写真と夢の中で会った人は同じだと分かりました。なんと師父だったのです! 私は本をしっかりと抱きしめると、涙がとめどなく流れ「私はあなたを探し当てることができました。なんと師父だったのですね! これで、救われます!」と、心の底で叫びました。その貴重な書物を手に持つと、放すのが惜しくなりました。王おばさんも、「私は誰に話しても聞いてくれなかったのに、あなたは私を呼び止めて、本を読むと言ってくれるなんて。これは本当に縁によるものですね」と、感極まって言いました。

 その時、私は全身が発熱したように感じ、体はかつてない心地よさを感じました。『転法輪』の本をまだ読み終えていないのに、7回もトイレに行きました。師父が身体を浄化して下さったのです。その時から、私は生まれ変わったように変化しました。青黒い顔は白くてほのかに赤みがさし、無病で気持ちが良く、薬漬けだった夫の病気も全快しました。本当に「一人が煉功すれば、まわりの者に恩恵を与えることになります」(『転法輪』第六講「心を正しくもつべし」)の通りです。師父は私に第2の人生を与えてくださいました。師父の慈悲と済度に感謝いたします。世の最も美しい言葉を用いても、師父のご恩に対して表現することができません。

 大法の超常さを身をもって実感したので、これから私は生きた広告です。人と顔を合わせれば「大法は素晴らしい、大法は人を救います」と言います。多くの人が私の変化を目にしたのですから、次々と大法の修煉に入ることでしょう。

 しかし7.20、迫害が始まってから、私は泣きました。そして「まだ多くの人が大法の素晴らしさを知らないのに」と心の中でつぶやきました。私は己を捨てて、大法の真相を人に伝えるために外へ出て行き「私たちの師父は無実なのです」と言いました。すると、派出所の警官は私を強引に留置場まで不当に連行し、49日間監禁しました。私はそこで毎日、警官に大法の真相を伝えました。一部の警官は真相を理解し、大法は良くて、大法弟子は善人であることを知っていて、私たちに同情しました。一部の警官も「こんなことはしたくないのですが、上層部からの命令なので仕方がないのです」と言いました。

 解放されてからも、やはり私は真相を伝えました。ある日、私と他の2人の同修が地方へ真相を伝えに行った時は、雪が降っていて、すでに夜になっていました。私たちは大法の資料を持ち、車の中で真相を伝えていると、なんと相手は私服警官だったのです。警官はすぐに車を降りて電話をかけました。私たちは焦りましたが、師父は私たちに知恵を与えてくださいました。私たちはすぐにコートを脱ぎました。この時、何台かのパトカーがコートに身を包んだ人を探していましたが、見つけられませんでした。師父の援助のおかげで、すぐに危険な状態から脱することができました。

 私たちは大通りを歩くのはまずいので、山に向かって歩いて行きました。空は暗くて、道は滑りやすくなっていました。果てしない山の中では、どこが道で、どこがくぼみなのか、区別がつきませんでした。私たちは師父に救いを求め、師父に助けを請いました。この時、カンテラ(携帯用の照明)を持った1人の老人が現れました。老人はちょうど息子を訪ねるところでしたが、私たちを大通りまで連れて行ってくれた後、行ってしまいました。空はとても暗くて、歩くのがとても困難でした。この時、1つの灯篭が私たちから3、4歩先で、常に前面で照らしながら道案内をしてくれていました。1時間以上歩いてやっと家に着きましたが、灯篭の明かりもなくなりました。師父が私たちを道案内してくださったのだと、私たちには分かっています。

 ある時、夢の中で、師父が私に啓示してくださいました。私は、ある廟で1人の老人に会わなければなりませんでした。2日目、私は廟の中に来て、元気のいい老人(山中の道観の道士で90歳くらい)に会いました。その老人は私の方に歩み寄り「名前に『玉』がある女性の施主を探している」と言いました。私は「あなたは探し当てました。私はあなたが光輪を頭上に乗せているのを遠くで見ました。私はせっかく出てきたのですから、今回、もしあなたを見つけられなければ、一生遺恨を抱くことになります。このために私は七世も待っていたのですから」と、その老人は言いました。私はその老人に大法の真相資料を渡しました。老人は「探していたのはこれです」と資料を見ながら言いました。老人は涙を流しながら「貴重な宝物を見つけた」と言いました。私もとても興奮し、帰る間際に、多くの師父の著作をその老人にあげました。乗車する時、私たちは涙を流しながら別れを告げました。

 中共(中国共産党)当局が大法を迫害した後、中共のデマの害毒を受けたことにより、私が大法を修煉することを親友たちは阻止しようとしましたが、自身が身を持って体験したことを例にあげて、常に親友たち真相を伝えたため、今では私を支持してくれるようになりました。学法したい者や、お守りが欲しい者、9文字の縁起のいい言葉(法輪大法好、真善忍好)を覚える者など、誰もが、法輪大法は正しくて良いことを知っています。そして、誰もが三退し、本当に救われました。

 私は天目が開いて修煉しています。師父が私に天目を開いて修煉させて下さるのは、きっと、私に多くの衆生を救い済度させるためなのだと分かりました。私も1日中、人を救うために奔走し、いろいろな縁を利用して人を救っています。師父は私に知恵を授けてくださいました。私が話しかけると、私の話は他人の心の中にとても簡単に入って行きます。救いを得た後、たくさんの人がいつも私と離れがたいと思い、話を聞かせてほしいと心待ちにするのです。

 世の人々が真相を知って大法の素晴らしさが分かり、救い済度されることを願っています。師父の慈悲と救いに感謝いたします。私は、師父について家に帰ります。

 合掌。

(明慧ネット「法輪大法が伝え出されて20周年記念」応募作品)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/5/15/256849.html)
 
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