文/山東省の大法弟子
【明慧日本2015年11月21日】十数年前の私は全身が病に侵され、日常生活も自分で処理できず、腰痛や鼻炎、乳腺炎、腎臓病による苦しみが生活の大半を占めていました。2003年、腎臓病の悪化により病院を転々とした後、済南市の某病院で治療を受けることにしました。高価な入院費は本来貧困なわが家の家計を更に悪化させました。
最も絶望的なのは、私の二つの腎臓は既に正常な機能を失っていて、左はずっと炎症を起こし、右は完全に壊死していました。手術後の数日の入院で3万元かかりました。子供たちに経済的負担を負わせたくないので自ら退院を求めました。
帰宅後、子供たちは退院に反対し、継続して治療を受けられるよう私を青島市の某病院に送りました。そこに入院してから1週間経ったとき、ある若者が「おばさん、ここから離れた方がいいです。ここでは到底治してもらえないですよ。あるおばさんは既に6年もここに入院しています」と言ってくれました。毎日千元以上の費用がかかることを考えて、私は治療を放棄し帰ることを決意しました。帰宅後、家族は再び私を県立病院に送りました。
ある日、若者が道端で法輪功が迫害されている資料のビラを拾って、病室で見ていました。「何を見ているの?」と尋ねた私に、「あなたは学んでみますか?」と聞き返しました。私は首を左右に振りました。彼はビラを渡してくれました。ビラを繰り返し見ているうちに、「やはり大法を学んで初めて生きていける!」という一念が生じました。
大法の本を得てから、私は昼間に本を読み、夜は座禅して煉功し始めました。
数日後、私は退院し、家で誠心誠意に大法を修煉しようと決めました。3カ月後、健康を回復した私を見て夫も喜んで、「不思議! 不思議だ!」と言いながら大法の素晴らしさに感心しました。
隣り村の患者達は私が健康を取り戻した理由を尋ねに来て、私は「法輪大法が私に2度目の命を下さった」と伝えました。
71歳になった私は既に11年大法を修煉してきました。今の私は農作業や家事全般を簡単にこなすことができます。再び、師父の慈悲なるご済度に感謝致します。