観念を変えたあとの玄妙さを体験
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子 小洁  

 【明慧日本2021年4月27日】2、3カ月前から左足が痛くなり、どうやら腱がねじれているようでした。座禅した時、足が突っ張った感じがしました。一生懸命内に向って探しましたが、何の執着も見つけられませんでした。私のどこかに大法に反しているものがあると分かっていたので、様々な面から探してみましたが、足は良くならずどうしようもありませんでした。

 今朝、静功を煉り始めたとき、足を組もうとしてもやっぱり痛くて、結跏趺坐はできなかったので、単盤にしようと思いました。しかし、「今日単盤にしようと思ってしまうと、明日はもっと楽な方法にしたいと思うのではないか」と思っていると、突然頭の中で、ある一念が浮かびました。「もし、自分の世界の衆生のために何かを負うことだったならば、あなたは喜んでやりますか? 」、私は「はい」と答えました。そして「あなたがあと1秒我慢すれば、多くの衆生を救うことができるならば、全力で我慢できますか?」、私は「はい」と答えました。

 すると突然、数秒間足が上に上がり、しかもとても快適で、体はまっすぐになってすべての痛みが消えたのです。それは素晴らしいものでした。1時間坐禅しましたが、足は完全に正常になっていました。

 私はこの考えは、私利私欲のためではなく「大法の要求に従って、すべての衆生のためのものである」と理解しました。師父の説かれた「観念転ず 腐敗物は滅され 光明が顕れる」[1] のように、大法の威力が明らかになりました。

 僅かな体験なので、適当でない所があれば、ご指摘をお願いします

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟』「新生」

 
(中国語://www.minghui.org/mh/articles/2021/4/19/423530.html)
 
関連文章