観念を変えると、歯痛がなくなった
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 文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年2月23日】旧正月の数日前、左上の2本の大臼歯が痛くなり、手で触ると根元が露出していました。 冷たい物にも熱い物にも敏感に反応し、水もお湯も飲むことができず、時には飲み食いをしなくてもいきなり痛くなり、ひどい場合は左側の頭と目まで痛くてたまりませんでした。

 痛みが来る度に、私は「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」を唱えるとともに、口を修めていなかったとか、食べ物に好き嫌いがあったとか、内に向けて探しました。そして、歯痛を起こす生命に「心からの九文字を覚えなさい。どんな因縁関係があったとしても善解を求めます。私ができなければ、師父はそれをしてくださる」と意思を疎通させました。それと同時に、善解に関する師父の法を暗唱していました。

 旧正月の2日目から、歯がまた痛くなりました。大法を修煉してから、患っていた数々の病気は治りましたが、なぜ歯の状態は一向に改善されず、逆にますます深刻になったのでしょうか? 明慧ネットで同修の交流文章を読んだことがあります。同修は功能を使って穴ができた歯を修復することもできるし、歯が正しくない状態にさせる生命と善解することもできますが、私はどうしてできないのでしょうか?

 私は内に向けて探したところ、自分の中に一つの観念を見つけました。それは「私は歯が悪い」ということです。修煉する前から歯医者に行くことが多く、修煉後も何度か歯を治しに行きました。長い間、私はいつも常人の方法で歯を守ろうとしていましたが、執着すればするほど歯に問題が多くなってしまいました。身体のほかの部分に正しくない状態が現れると、私は正念を持って対応できましたが、歯の状態が正しくないことは、体のほかの部分と同じではないでしょうか? こんなに大きな執着があるのに、なぜ今まで気づかなかったのでしょうか? 少なくともこの問題については、私は師父と法を信じていませんでした。神と佛は歯痛で不機嫌そうな顔をして頬を抱えることがあり得ますか?

 それを見つけ、すぐに楽になりました。私は心から歯が痛いことを良いことだと思い、「必ず自分を良く修める」と歯痛の原因となった生命と善解しました。すると、翌日から歯が痛くなくなり、普通に食べたり飲んだりできるようになりました。

 今回の難関を乗り越えることで、私は10年以上気づかなかった観念と執着心を見つけることができました。師父は「ですから、良いことにあっても、悪いことに遭っても、大法さえ修めていれば、全ては良いことです。これは揺るぎのないことです」 [1] と説かれました。私は師父のこの法について、さらに深く理解しました。

 注:
 [1]  李洪志師父の著作:『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/2/21/438778.html)
 
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