内に向けて探すことができるようになった
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2022年6月16日】長年の修煉の道で、内に向けて探すことを理解しているものの、とても浅くて表面的でした。生活の中で些細な出来事に対して、どのように内に向けて探すのか、どのように確実に修煉するのか、よくわかっていませんでした。

 仕事や生活の中でトラブルに遭ったとき、表面上では自分の内に向けて探すことができても、家族とのトラブルはどうしても乗り越えられませんでした。妻も同修ですが、内向的な性格で話すことが苦手で、特に少しの挫折や打撃に遭遇するとすぐ落ち込んで、誰とも交流しなくなるのです。そのとき、私はいつも妻を助けようと思って、妻の欠点を改善させるようにしていました。しかし、妻は話すのが苦手であまりしゃべらず、私ばかり話をし、道理をひたすら説明し、一見大法に則っているようですが、2時間以上話し続け、止まらないことも多かったのです。結局、私は話せば話すほど腹が立ち、妻のためになると思って話したのですが、妻に「あなたが何を話したのか覚えていないし、イライラするし、最後はフラフラになってしまう」と言われました。妻の話を聞いて、私はさらに怒りが増しました。

 このような状態が何年も続き、本当にすごく悩んでいました。夫婦関係は修煉者のように和やかであるべきだと思いつつも、どう打開すればいいのかわかりませんでした。ある日、妻と一緒に法を学んでいたとき、突然、解決の道が開いたのです。

 師父はこう説かれました。「『あの人の態度がなぜいつも良くないのか、なぜ誰に対してもこの態度なのか』といつもこのように強調している人がいます。『皆あの人に対して不満がある』と言っている人もいます。師父である私に言わせると、皆間違っています。皆ほめ言葉を聞きたいという心がなく、罵られても心が動じなくなった時、相手がまだこのように言うのかを見てみてください。皆さんにこの心があるからこそ、皆さんの心を刺激する要素があります。皆さんにこの心が生じたから、皆さんは反感を覚えてしまいました。皆さんにこの心があるから、皆さんが嫌がっている自らの心を刺激する人を現させたのです。強い言葉に刺激されても、心が落ち着いており、まったく動じなければ、このような要素がまだ存在するかどうかを見てみてください」[1]

 それまで私は、いつも外に向けて探し「妻を助けている」とばかり考え、自分の言葉は優しくないとか、言い方が強すぎたとか考えもせず、たまに妻に反論されると「言い逃れをしているのだ」と思いました。実は、家で亭主関白の私は家事をやらず、「家事は女性がやるものだ」と妻の立場に立って物事を考えておらず、ずっと妻に原因があると思っていました。私は自分のことを「誰よりも優れている」と思い込んで、話がうまくできない人を軽蔑していました。

 やっと、内に向けての探す方法と自分自身の修め方がわかるようになりました。実際、社会生活の中で出会ったすべての出来事に対して、なかなか放下できず、イライラしていれば執着心が取り除かれておらず、露呈してきたのだと思います。その執着心があるからこそ、穏やかでいられない要因になっています。もし、この機会を捉えることができれば、深く隠れていた執着心を取り除くことができると思います。

 人間社会は、私たちが修めて取り除くべき執着心に対応する鏡です。今の私は、以前ほどモヤモヤせず、率先して行動しています。その目的は、自分の様々な執着を探し出すことです。修煉の中で常にあらゆる執着を取り除き、根から掘り起こす必要があると思っています。

 今の私は妻に優しく接することができ、焦燥心、顕示心、闘争心を重点的に取り除くようにしています。物事に対して、相手の立場に立って考えるようになったので、妻が善良で純粋、大法に対して揺るぎない信念を持っていることなど、妻の優れたところがたくさん発見できました。

 現在、私たち家族は和やかになり、一緒に大法を学び、ともに精進し、三つのことがよりよくできるようになり、使命を果たす道で頑張っています。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法四』「二〇〇四年シカゴ法会での説法」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/5/15/443600.html)
 
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