師父はいつも弟子の側におられる
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2021年5月16日】私は幸運にも1994年3月に石家荘で開催された師父の法輪功講習会に参加しました。最初の2日間の報告会で、私は演壇に上がる階段の入り口で、人が演壇に上がり、師父に近づこうとして、師父が説法されることに影響しないように阻止するように現地の気功協会に依頼されました。

 私は両手で印を結び、師父を眺めながら、静かに師父の説法を聞いていました。空間は静止し、静かで、説法される師父の声だけが空中に響いていました。2時間の説法を聞く間、私は少しも動かず、両手で印を結んで立っていました。疲れを感じることもなく、当時は氷室の中に立っているようで、両脚と両膝以下はとても冷たかったのですが、寒くありませんでした。それ以降、私は寒さを恐れなくなりました。

 師父の説法が終了後、会場から出た時、何もかも変わったと感じました。空も以前より綺麗になっていて、周りの環境も綺麗になっていました。私は今までなかった幸せを感じ、世界観も変わったようでした。まるで師父が説かれたように「われわれの多くはこの講堂を出たら、自分が別の人に生まれ変わったように感じられるに違いありません。あなたの世界観も間違いなく変わり」[1]のとおりでした。

 3月3日、師父の講習会が始まりました。師父が8日間で説かれた一部の現象を私はほとんど自ら体験しました。初日に師父の説法を聞き、夜寝ていた時、白いひげの老人が空中に立っていました。私は手を合わせて拝み「神様、感謝します。恵まれて幸いなことに私を師父の講習会に参加させて下さいました。これは本当に千年に一度、万年に一度出会えるかどうかの機縁です」と感謝しました。。

 師父はすべての学習者に法輪を植え付けてあげたとおっしゃった後、帰宅後ベッドに横たわっていると頭がくらくらして目が回り、屋根も回っていると感じました。自分が大きな円盤の上に横たわっていて身体全体が大きな円盤と一緒に非常に速い速度で回り、その速さに眩暈がして目を開けれらませんでした。

 師父はこう説かれました。「受講中、ずっと眠っている人もいますが、講義が終わると目が覚めてきます。なぜでしょうか? それは頭の中に病気があって、その調整をしてあげなければならなかったからです。 頭の調整は、とても耐えられないものなので、本人に自覚はありませんが、昏睡状態に入らせなければならないわけです」

 私は説法を聞く時、眠ってしまう状態が現れました。なぜなら私は以前よく三叉神経痛に悩まされていたからです。その痛みは、体験していない人には理解できません。本当に苦しみのあまり死にたいと思いました。一度私は歯が痛くなり、顔が大きく腫れ上がりました。頭やこめかみと目が跳ねるように痛みだし、一晩中眠れられませんでした。痛み止め薬を4粒飲んでも効きませんでした。私は床に転んだり、歩きながら頭を壁にぶつけて、ドンドンと音がしていました。心の中では、「これほど痛いのに、まだ生きていて何をするのか? 死んでしまおう」と思っていました。講習会で師父は私を眠らせ、私の身体を調整し、浄化して下さいました。

 法輪功を修煉する前、私はまだ若いのに身体に問題が多くあり、心筋炎、気管支炎、吐血、肺炎などがありました。風邪をひくのは日常茶飯事で、ほとんど毎月一回ぐらいひいていました。子供を抱くこともできず、子供を抱いたら、数歩も歩いていないのに、頭のてっぺん、首、肩から脊椎まで引っ張られてとても痛く、しかも注射も点滴もできず、液状の薬ではアレルギーがでました。

 師父の講習会に参加してから、これらの痛みの症状がすべて消えました。これらはすべて大法の師父が按排して下さったと私は知っています。私は心から師父と大法の恩に感謝します。

 法を得てから私は毎日修煉の幸せの中に浸っていて、学法煉功が好きです。お昼に動功を一通りしてから、食事を取ります。夕飯後、同修の家に行き、集団学法に参加し、皆で修煉体験を交流します。家に戻ると11時になりますが、静功をはじめます。夜寝る時、何時であれ、一旦目が覚めると坐禅を始めます。普段3、4時に目覚めます。それから煉功場に行き、集団煉功と法を広める活動に参加します。

 一度偶然にある文章を読んだとき、常に避妊薬を飲むと乳がんと子宮頸癌にかかりやすいということでした。そこでふと思い出したことは自分の身体の中に、避妊薬を入れたビニール管が2本あることでした。病院に行き、手術をして取り出そうかと迷いました。夜学法する時、ある弟子が師父に「以前、化学療法を行なうために体内に人工血管装置が入れられましたが、それを取り出す必要があるでしょうか?」と質問した内容を読みました。これはまさに私が質問したい問題でした。師父は「以前どんな手術を行なったにしても、何かをしたにしても、もうこれ以上構わないでください。本当に修煉する人になれば、どんなことでも起こり得るのです。以前、ある修煉者は足の骨にスクリューやプレートが入れられ、また一部の臓器も取り替えられました。そのうちそれらのものがいつの間にか無くなりましたが、身体は完全無欠の状態を保っているのです」と答えられました。師父、ありがとうございます! 師父が弟子の側で見守って下さっていることを知っています。

 時間は飛ぶように過ぎ、私はすでに二十数年も修煉しています。いつも精進している時、師父が私の側におられると感じます。師父は私に全く新しい生命を与えてくださいました。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の著作:『カナダ法会での説法』

 
(中国語://www.minghui.org/mh/articles/2021/5/8/422133.html)
 
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