娘との会話から私は思いついた
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文/米国の大法弟子

  【明慧日本2021年8月8日】半月前、朝、起きて記事を書こうとして、パソコンの電源を入れようとしたとき、突然、激しい痛みを伴い右手が上がらなくなり、腕が言うことを聞かなくなりました。その時、私は『片麻痺』という現実を目の当たりにしました。 私はすぐに否定して認めませんでした。 でも、どうしても手を上げることができなかったのです。

 私は左手を使って右手を持ち上げようと思っていました。しかし、その考えがどこから来ているのか、すぐに気づかされました。この間違った考えは、私を騙すための餌のように感じました。それは、私の左半身には異常がないのに、右半身には非常に深刻な症状が出ていることを認めさせるものでした。 もちろん、私はこの考えを認めることをしませんでした。

 この問題を認識した瞬間、腕が少し上に上がるように感じました。私は正しい認識に至ったと感じ、旧勢力が私に仕掛けた最初の一歩を見破りました。

 少しずつパソコンの電源を入れることができるようになり、まだ痛みはあるものの、我慢できるようになりました。旧勢力に隙を与えてはいけないと、時々自分に言い聞かせていました。この時点で、旧勢力が少しずつ後退していくのが感じられました。否定と拒絶を何度か繰り返した後、最終的に8時半からのグループ学法の前までには、記事を書き上げることができました。

 一日の終わりには、腕の痛みが完全に消えていないにもかかわらず、十分に興奮していました。 夕方、娘が仕事場から電話をかけてきたので、自分がいかに正しい考えで行動しているかを伝えるためにこの時を待っていました。私は電話に出て、その日の出来事を陽気に話し、いくつかの経験を加えて、娘からの褒め言葉を聞く準備をしていました。 しかし、電話の向こうでは、「お母さんは、いろいろ考えているんだね」とだけ言われました。

 私は「これはどう言うことなの? 褒め言葉にも聞こえなかった。 聞き間違いだったのか」と思いました。先週、娘から聞いた話ですが、お腹が痛くなったときに「お腹が痛くなるのは嫌だから、痛くならないようにしよう」と思ったそうです。そして仕事で家を出るときに足が痛くなり、足を引きずっていました。彼女は「誰にも見られてはいけない」と考えました。すぐに足の痛みがなくなりました。 彼女は、これらのことはすべて「法」に書いてあると言っていました。

 娘の言葉は淡々としていて、私はとても恥ずかしく思いました。娘の言葉は鏡のように、私の歓喜心、顕示心、認められたいという心を映し出してくれました。

 師父が娘を使って私の執着心を見せてくださったことに感謝しています。これは師父が弟子を少しずつ浄化してくださっているのです。 大法を修煉している人は自我に執着しないので、自我を取り除く修煉をして自分を清めて行きたいと思います。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/7/23/428362.html)
 
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