文/中国大陸の大法弟子
数日前、他の地区の同修が数年間ここを離れようとしていました。南方に行って仕事をする準備をしていました。私に大法の書籍のメモリーカードをコピーして欲しいと言ってきたので、私はコピーすることを約束しました。決して遅らせないようにと思いましたが、次の日には彼女は行ってしまいました。彼女の家を知っているのは私1人だけで、他の同修も彼女とは面識がありませんでした。私が法輪功迫害の実態を伝えている時、彼女と知り合ったのです。
当時、私は歩くことも困難で、壁を伝うように歩かなければならず、ゆっくりと前に向かって一歩ずつ進めていました。私はその同修が明日ここを離れるのだとばかり思いこんでいました。飛行機に大法の書籍を持ちこむことはできないし、その同修が行く所は知らない場所でもあるので、他の同修に会う事も難しいし、その同修の学法を滞らせてはならないと思い、何があってもメモリーカードを同修に渡してあげなければなりません。
姉は私がこのような様子で家を出て、どうやって持って行けるのかと見ていました。私は、「私は絶対にできます。必ずメモリーカードを同修の手に渡さなければなりません」と言いました。私はゆっくりと玄関を出て壁を伝い、階段の手すりを伝いながらゆっくりと一歩一歩下りて、手を壁の手すりから放すと、身体の感覚は不安定で、前方に一歩進むと体中がゆらゆらしました。私は師父に弟子の正念をどうか加持してくださるようにとお願いしました。私の身体を迫害し妨害している一切の邪悪を解体し、世の人に私のこの様な状態を見せてはならず、決して大法に良くないイメージをあたえてはいけません。
このようにして、師父が正念を加持してくださったことで、身体は揺れ動くことなく、前に向かって歩けるようになりました。私は、ゆっくりと近くの停留所まで歩いて行き、バスに乗ると、私が座っている座席の前方に2人の老夫婦がいて、上海なまりで話しているのがわかりました。心の中で出会ったことも縁であり、今回の機縁を失ってはいけないと思い、話しかけました。その時話したことはあまりはっきりと覚えていませんが、私は2人の老人にゆっくりと話しかけました。「お会いできたのも縁です、『法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい』を覚えてくださいね。あなた方の幸福と平安を祝福いたします」と言うと、老夫婦は感激して、「ありがとうございます、あなたの幸福と平安もお祈りします」と言いました。バス停に着いてバスを降り、老夫婦に手を振って別れました。
バスを降りた後、前に向かって歩くことも怖くなくなり、歩くスピードも少し早くなりました。同修の家に着いた時、同修は私に会うと、とても嬉しそうに、「あなたはとても信用できる人です。私は明日にはここを離れるつもりです」と言いました。私は、「私は何か変わったように見えますか?」と彼女に尋ねると、「何も変わってませんよ。いつも会う時と同じですよ」と言いました。私は彼女に「ほぼ3日間で、病魔の妨害を受けながら私がここまで来る中、私の正念に対する師父の慈悲なるご加持のおかげで、とても速く邪悪による病魔の妨害を片付けることができました」と言うと、同修は「師父がおられることは本当に素晴らしい、大法を学ぶことは本当に素晴らしい」と非常に感激して言いました。
同修と別れた後、私は家に帰る途中バスに乗るのをやめて、歩くことにしました。商店街に行って同修の代わりに2台のビデオCDを買いました。買い物が終わった後、私は姉の家に行かなくてはなりませんでした。姉が私の事を心配しているのではないかと思ったからです。姉の家の近くまで来た時、姉と姉の夫はちょうど窓から外を見ていました。私が手に箱を持って、嬉しそうに歩いて行くと、すべてが正常な様子であると分かると、姉の夫(修煉していない)は「これはとても不思議なことだ。ふらふらしながら家を出て行って、戻って来た時は一切正常な状態に回復している、本当に不思議だ。大法を学ぶことはとても凄いことだ」と言いました。
また、離婚後も夫に対する情を放下できず、情の中に陥ってしまい、劣等感をもつようになりました。他人が自分の虚栄心を見下すことを怖れ、情の中で自分で悩みの種を作って苦しんでいました。このようにしているうちに、邪悪に身体を迫害する隙に付け入られてしまいました。
新年の間に高熱が出て、鼻から大量に出血し、話をしようにもあまりはっきりとしゃべれなくなり、肘および手足に痺れが出て動かせなくなりました。頭の中も空っぽになり、法も思い出せなくなりました。学法したいと思っても口が動かせなくなり、法を音読したくても声が出て来なくなりました。発正念もどうやったら良いか分からなくなりました。しかし、頭の中で大法に対して泥を塗ることはできない、という一念だけがありました。法を勉強できない時は、心を込めて「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍はすばらしい」の一字一字を唱えていました。このようにして、心を込めて、ゆっくり念じていると、一時間以上経った後、私は徐々にはっきりして来て正常な状態に回復し、大法の本を読めるようになりました。
今回の邪悪な迫害の妨害で、私は絶えず内に向けて探し、内に向けて心を修め、肉親の情を放下していない執着心を認識しました。邪悪に隙に付け込まれたことで、私は人心を放下し、肉親に対する執着を放下することを決めました。もし私がよく修めず、よく行わず、肉親に対する態度も良くなく、自分の心を改めなければ、彼らも苦しみの中で生活することになります。なぜならこの宇宙空間の全体が対応関係にあるからです。自分の修煉を良い方に変えなければ、放下できない人心の執着があれば彼らも変わることができませんし、家族に対して苦痛や悩みを引き起こすかもしれません。このようにし続け、これらの人心を放下しなければ、旧勢力は隙に付け込んで、迫害や妨害をし始めるでしょう。それでは大法にマイナスの影響を引き起こし、世間において衆生済度に大きなマイナスの影響を与えることになります。
師父は慈悲をもって弟子のために非常に多くのことを引き受けてくださいました。師父の慈悲なる苦労に背かないために、私は世間に対する一切の執着と自我を放下し、大法の基準に自分を照らし合わせて、自己を良く修めなければなりません。
このような考えに到ると、師父のご加持のお蔭で、私はもう一度病魔の迫害の関からなんとか突破することができ、私の身体は再び正常な状態に回復しました。このことで、もう一度家族と世間の人は大法の奇跡を目にした証人となりました。大法は何度か家族や親戚に奇跡と素晴らしさをもたらしてくれました。たとえ邪悪が、私が修めていない人心を利用して隙に付け込んでどんなに迫害による妨害をしようとも、私は動揺したことがありません。始終一貫して私は固く師父を信じ、大法を固く信じ、大法を守ってきました。この数年間、私と家族や親族は、旧勢力による迫害と妨害を経験しましたが、私はいつも師父を固く信じる心を抱き、大法の正念を固く信じたことによって、親族も迫害と妨害の魔難から抜け出すことができました。
私は徹底的にこの一切の旧勢力の邪悪な迫害を否定し、大法を最後まで固く修めるつもりです。法がこの世を正すまで、法を正す時期が終わるその日に、正々堂々と師父について家に帰りたいと思っています。