文/中国の大法弟子
【明慧日本2024年11月12日】この交流文は、私が6年以上にわたり年金の返還を求めた過程について記したものです。自身の体験を通じて、いまだに中共の邪党によって年金を剥奪されている同修たちに、この状況が経済的な迫害であることを認識してほしいと願っています。私たち大法弟子は決してこれを受け入れるべきではありません。年金を取り戻す過程は、衆生を救う過程であり、また自身の修煉と向上の過程でもあると悟りました。
すべての始まりは難しい
2015年、私は法輪功迫害の元凶・江沢民を告訴したとして、中共により不当に3年間の刑を宣告されました。2018年に帰宅したところ、年金が不当に停止されていることに気付きました。すぐに現地の社会保障局に原因を問い合わせに行くと、職員は「服役期間中は退職者に年金を支給しないという規定がある」と言いました。そこでその規定を見せるよう求めると、彼は「ここにはないので、市の社会保障センターに行って確認してください」と答えました。
私は市の社会保障センターの年金支給窓口に行き、事情を説明しました。すると、職員が分厚いファイルを持ってきて、その中の一節を指さしながら言いました。「これは、省レベルの人力資源と社会保障庁が服役者の年金保険料の支払いおよび年金受給に関して出した回答です。ここに『基本年金を受給する者には、服役期間中は基本年金を支給しない』と規定されています」
私は彼らに、「私は犯罪者ではなく、不当に投獄された者です」と訴えました。しかし職員は、「ここでそう言われても意味がありません。裁判所に言ってください。私たちはただ規定に従っているだけです」と返答しました。私は担当部長に会わせてほしいと頼みましたが、「会議中です」と言われました。局長に面会を求め、局長室がある4階に向かいましたが、各階に警備員がいて、事前予約がないと会えないと言われました。局長も「会議中」とのことで、何度行っても同じ対応をされました。
私は再び現地の社会保障局に戻り、局長に会いに行きました。そして、「私は一人で生活しており、年金が唯一の生活費なのです。これを絶たれるわけにはいきません」と訴えました。局長は担当課長を呼び、私の未払い額を確認するよう指示しました。しかし、課長は「ここでは確認できません。市の局で調べる必要があります」と答えました。
翌日、課長は市の社会保障局から差し引きの決算書を持ってきて、「あなたは〇〇年から〇〇年の間に16カ月分の年金を多く受け取ったので、それを返還しないと年金の支給を再開できません」と言いました。私は、「その期間、私は留置場にいましたが、まだ自由の身としての資格があるはずです。受け取った分は過剰受給には当たりません」と返しました。しかし局長は、「私たちは規定に基づいて対応しています」と答えました。そして、「こうしましょう。あなたの生活が困難で一括返済が無理だという証明を、地域コミュニティからもらってください。その上で、双方で協定書を作成し、毎月650元を生活費として支給し、残額を差し引いていく形で全額返還が完了するまで続けることにしましょう」と提案しました。
私はこの提案に同意できませんでした。なぜなら、もし返済契約にサインすれば、それは私が彼らにお金を借りていることになり、その後、毎月の差し引きが合理的かつ合法的な行為とされてしまいます。このような経済的迫害は受け入れることができません。私はもともと法を守る良き市民でしたが、江沢民を告訴して法輪功への迫害を訴えたため、不当に3年間の刑を受けました。今、さらに経済的に私を追い詰め、食べるものもなくさせようとしているのです。それによって私を「転向」させようというのでしょう。実際、国保隊長に相談した際、彼は私に「態度を表明せよ(『五書』にサインせよ)」と言いました。それができるわけがありません。どうして良心に反し、師と法を誹謗するようなことができるでしょうか?! 私は正々堂々と年金を取り戻すつもりです。
その後、私は2、3日おきに現地の社会保障局長を訪ね、「X政発24号文書と人社庁函287号文書、これらの二つの文書は違憲の行政規範的文書であり、法的効力を持たないため、行政行為の執行根拠にはなりません。あなたたちは間違っています」と説明しました。局長は「これは上の指示です」と言い、その後、私を避けるようになりました。
20日余りが過ぎ、この局長が退職し、新たに2人の局長が派遣されました。私はまず局長に会いに行きましたが、局長は対応せず、副局長に言ってくれと言われました。副局長は熱心に迎えてくれたので、私は「以前、私は病気でほとんど動けなくなり、さまざまな治療を受けても効果がなく、病気退職を10年早くしました。しかし、その後法輪功を学んで元気を取り戻しました。こんなに素晴らしい功法が、江沢民グループによって残酷に迫害され、法輪功学習者(以下、学習者)は違法に監視され、逮捕され、家宅捜索され、無実の善良な人々が信仰のために傷つけられ、精神的におかしくなり、命を落とし、さらには臓器を生きたまま摘出されることさえあります。私は江沢民を告訴する手紙を送ったことで、不当に3年間の冤罪を受けました。命がけで辛うじて出所したのに、今度は年金が差し引かれ、生活ができなくなっています」と話しました。副局長は同情の意を示しましたが、どうすることもできない様子でした。
彼はただ、「まず契約にサインして、目の前の食事問題を解決し、それからゆっくりと問題を解決していけばいい」と勧めました。私は言いました、「その契約書には絶対にサインできません。サインすれば、それは私があなたたちにお金を借りていることを法的に認めることになります。年金はもともと私の財産であり、あなたたちがそれを差し押さえたので、むしろあなたたちが私にお金を返さなければならない立場です。どうして私があなたたちに借金を認める書類にサインしなければならないのでしょうか? これは真実が逆転しており、事実に反していますよ」と。彼は「私も差し引きたくはないのですが、上の規定で差し引くように言われているんです。だったら、上に行って自分で解決してください」と言いました。彼のこの言葉のおかげで、私は上の各機関に訴えることができるようになりました。
私はすぐに市の社会保障局に行くと、年金部門の部長が受付で私を迎えてくれました。私は彼に法輪功を修煉する理由、どのようにして拘束され、家宅捜索され、不当な投獄を受けたか、そしてその中での迫害について説明しました。私は、法輪功の修煉が違法ではないことを伝え、公安部の[2000](39)号文書と新聞出版総署の第50号令を見せました。彼は突然驚き、「こんなものがあるのですか?!」と言いました。その後、慌ててその二つの文書をズボンのポケットにしまいました(他の人に見られるのを避けたかったようです)。彼の表情は、厳しいものから優しいものに変わり、最後には笑顔を見せました。しかし、彼は「これには文書があるので、誰もそれに逆らうことはできません」と言いました。そして、私に「まず現地の社会保障局長に行き、その局長と連絡を取って、別の方法を考えてみます」と言いました。
数日後、私は現地の社会保障局長を訪ねました。彼らの検討の結果、私に返済計画を立てて、5年間で返済するようにと言われました。そうすれば、毎年4000元以上を支払えば済むとのことでした。私は、彼らがこれ以上できることはないと思い、彼らの親切に感謝しました。これは、彼らが真実を理解している証でもあります。しかし、私は受け入れられませんでした。なぜなら、迫害が本当に解消されたわけではないからです。
その後、私は現地のコミュニティ、街道、派出所、司法所、市の国保大隊などに行き、区、市、県の信訪局を訪れ、法的解決を求めました。市政府、司法局、社会保障局、人力資源社会保障局、省レベルの人力資源社会保障庁などにも足を運び、食事の問題を解決してほしいと求めました。しかし、すべての部署の職員は責任を回避し、私を他の部署に押し付けました。
最後、私は法的手続きを進めるしかないと思いました。しかし、訴状をどう書けばよいのか、どの部門に苦情を申し立てるべきなのか、私は法律に関して全く知識がありませんでした。そこで、私はインターネットで似たような記事を探し始めました。やがて、ある日、私はある同修の経験談を見つけました。その同修は、失われた仕事を取り戻すために8年かかり、ついに退職年齢に達して退職手続きをしてもらったというものでした。この同修も私と同じように法律に無知で、偶然インターネットで「公義フォーラム」という存在を知り、公義フォーラムの支援を受けながら一歩一歩成功に向かって進んでいったとのことでした。彼の道は非常に厳しく、その途中で家族を失い、個人のすべてを失ったと言っています。
私は「もし私も8年、あるいはそれ以上の時間がかかるなら、私はそのような試練に耐えられるだろうか?」と自問しました。何日も考えた末、「できる、絶対にできる。師がいて、法があれば、私は何も恐れない」と決心しました。それで、私は公義フォーラムに助言を求め始めました。
フォーラムの同修たちは、どのようにすべきかを丁寧に指導してくれ、一歩ごとにテンプレートも提供してくれました。私はそれを一つ一つダウンロードし、1週間かけて真剣に読み、理解し、公義フォーラムから提供されたテンプレートに従って、最初の「行政訴状」を作成しました。同修に修正してもらった後、私はそれを区裁判所に提出しました。
(続く)